第15話 不審者のお出迎え

 カーテンを開けて朝日を浴びて、ふわふわのスクランブルエッグを食べる。

 それだけで、何だか少し幸せで、穏やかな気持ちになる。

 きっと、今日の学校はこの朝のように穏やかに過ごせるだろうって、玄関のドアを開けるまでは思っていた。


「里桜、おはよう」


 開けたドアをそっとしめる。あれ、この流れデジャヴ。

 まだ頭が寝ぼけているのか、ドアの先に幻覚が見えたし、なんなら幻聴も聞こえた気がした。幻聴の方は気持ち悪いことに、語尾にハートマークが付いていた気もする。


「里桜、何やってるの!早く行かないと遅れちゃうわよ!」

「だってお母さん、玄関になんか変なのいた!!」

「変なのって何。虫?」


 小さい子じゃないんだから、自分でなんとかできるでしょなんてぼやきながら、庭掃除用のホウキを持って、お母さんはドアを開けた。


「おや、ご婦人マダム。おはようございます。」

「あら、まあ、お早うございます!」


 見間違いであってほしいなんて希望はあっさり打ち砕かれた。

 お母さんが持っていたホウキをさりげなく玄関の角に戻しながら、髪を手ぐしで整えるのを、遠くの出来事のようにぼんやりと眺めていると、御園君と微妙に目があってしまった。


「里桜、おはよう。迎えに来たよ。」

「来なくて良かったです。」

「ちょっと里桜、せっかく来てくれたのに失礼でしょ。ほらっ、早く行きなさい!」


 お母さんが問答無用とばかりに背中をぐいぐい押してくる。


「そうだ里桜、帰りも御園君に送ってもらいなさいよ。なんか最近変質者が出たらしいのよ。」

「え、大丈夫でしょ。ちゃんと一人で帰ってくるよ。」

「お任せください、ご婦人マダム。僕がきちんと責任を持って送り届けます。」

「あら!じゃあお願いしても良い?お母さん安心だわ。」


 ……聞いて。私が置いてきぼりで会話が進んでいく。なんだかもう面倒だから、この隙に一人で学校に行ってしまおう。

 二人を無視して庭先を小走りで抜けると、見覚えのある黒い車の前で、やっぱり見覚えのある上品なお爺さんが立っていた。


「おはようございます。」


 さあどうぞとばかりに後部座席のドアを丁寧に開けられ、自然な動作についそのまま乗り込みそうになってしまう。


「え、歩いていくから良いです。」


 顔の前で手をふってノーの意思を示しているのに、藤堂さんはニコニコとした表情を変えずに見つめてくる。

 ……なんか高齢者の純粋な善意を無下にするようで地味に凄い罪悪感がある。でも断らないとこれからも御園君と車通学になって、あらぬ噂を立てられてしまうかもしれない。

 ここは、強い意志で……!


「あの、」

「ごめん里桜、お待たせ。」


御園君がドアの前に立つ私を突然抱き上げる。突然の浮遊感に驚いて目を瞑ると、目を開けたときには車の中で、隣に御園君も乗り込んできた。


運転席に藤堂さんが乗り、エンジン音がほとんど聞こえないくらいの静かさで車が発進していく。


「なんか慌ただしくなってしまったね。」

「主に貴方のせいだよね?」


ちくちくとした意地悪な言い方になってしまったのに、御園君はなぜか頬を染めて、目に見えてテンションが上がりはじめた。


「まさか里桜から『あなた』って呼ばれるなんて……!里桜も僕との将来を前向きに考えていてくれたんだね。嬉しいよ、ハニー。さあ、その素直な気持ちを僕に聞かせておくれ。」

「……ネット翻訳でとんでもない誤訳をされた時みたいな気持ち。」


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