第13話 王子と弁当
なんか疲れた。
1限目からずっと、背後からの視線を感じて、何をしたわけでもないのにどっと疲れてしまった。
漫画やアニメで「眼で殺す」なんてセリフが出てきたりするけれど、今なら実際に視線で殺されそうな気がする。
もちろん死因は心労若しくは胃潰瘍だ。
「……お弁当、どうしよう。」
結局女の子の友達はまだできないし、前後の子は中学のときのグループがあったみたいで、期待していた「良かったらウチらと食べない?」なんていうラッキーも起きないままそれぞれのグループで固まったみたいだ。
……これはツラい。お弁当のかばんも雑貨屋で一目惚れした可愛いのにしたのに。
斜め右下に印字されたワンポイントの花束の絵柄が、今はやけに寂しく見える。
「里桜、どうしたんだい?元気がないけれど。馴れないクラスで疲れちゃったのなら、僕とランチにしよう!!」
「あなたが一番疲れるんだけど」
「さあ早くランチに行こう!昼休みなんてあっという間さ。」
都合の悪いことは聞こえない耳のようだ。ちょっと冷たかったかと思ったけれど、気にすることはないみたいだ。
「でも私、女の子と食べたいな。」
初日から御園くんとしかつるまないというのは、女子社会的に大変よろしくない。
「あれ?この子ボッチなのかな?」と多少かわいそうな子の烙印を押される方が場合によってはマシだ。
というか、そう思われてもいいから恵梨ちゃんのところに行こう。恵梨ちゃんはそういうのを「いーよいーよ!」って言いながら輪に入れてくれるはずだ。
……クラス離れたのにしつこい子って思われたりは、しないはずだ。
「ねえ、君たち。」
唸りたいほど考えている私を余所に、御園くんは2人でご飯を食べている女子に声をかけ始めた。
……なんだ。結局私でなくても良かったんだ。結局女子とご飯が食べたくて、たまたま話しかけたのが私だったんだ。
しつこくされて嫌だったのに、こんな風に考える自分もなんかめんどくさい。
弁当箱の入ったかばんを思わずぎゅっと抱き締め、古びて傷の入っている床に目を落とした。
「良かったら、僕たちも混ぜて貰えないかな?」
予想しなかった一言に、御園くんの顔を見上げる。
「まあ、ウチらで良ければ。ハルもいいよね?」
「うん、うんっ!」
二人とも少し顔を赤らめながら、空いていた隣の机をくっつけようとしてくれる。
「ごめん!もう食べてたのに。私がやるよ。ちょっと待ってて。」
「ああ、僕がやるから里桜は座って。」
「や、自分の分は自分でやるから。」
御園くんが手伝う前に、秒の速さで机をくっつける。御園くんも机をくっつけ終えて座った。真向かいなのでなんだか落ち着かない。
「御園は目立つから覚えたけど、あんた名前なんていうの?」
「メグ……それ失礼……。」
「そんなことないよ!えっと、清水里桜っていいます。あの、よろしく。」
「おー。真面目!ウチラのことはメグ、ハルって呼びなよ。」
「うん!」
姉御肌といった感じで、どことなく恵梨ちゃんにも似たメグは気さくに自己紹介をしてくれた。
思わぬ形だけれど、クラスの女子と仲良くなることが出来たので、ちょっと癪だけれど御園くんには感謝したい。
「ねえ、ところで御園、弁当は?」
「食堂で食べようと思っていたんだけど、購買で買ってこようかな。」
「……ハル。うちどっちもないよね?」
「うん、ないね……。」
「では皆はどうするんだい!?弁当を忘れたら餓死してしまうじゃないか!」
「途中で買ってくるとかかなー。確か途中に良さげなパン屋あったよね。」
「なるほど。少し席を外すから、皆は気にしないで食べていてくれ。」
御園くんは自分の席に戻って携帯を手にすると、廊下へ出ていった。
「パン屋、微妙に遠いけど大丈夫かなー。」
「男子の足なら大丈夫、たぶん。」
二人の会話に心が痛む。私のことを無視して別の人とさっさと食べていれば、もっと早くに購買も食堂もないことに気づいただろうし、買いに行く時間もあったはずだ。
「私、」
やっぱり一緒に行こうかな、と言おうとして椅子から立ち上がると、正面のドアから御園くんが戻ってきた。
「里桜?どうしたんだい。早く食べないと昼休みが終わってしまうよ。」
「御園くんこそ、ご飯、大丈夫?」
「手配したから問題ない。さ、ランチを続けよう。」
……手配?皆の頭の上に疑問符が浮かんだと思うけれど、誰も突っ込まない。
「あの、良かったら、これ。」
カラーピックの刺さった卵焼きを手に、向かいの御園くんに話しかける。
「ん?」
「いらないなら、いいけど」
「神よ……!」
持ってもいない十字架を胸に抱くようなポーズを取り、御園くんは祈るように目を瞑った。
「御園ってリアクションが海外だよね。帰国子女かなんか?」
いちごミルクを飲みながら、メグが問う。
「まさか。海外なんて旅行で何回かくらいだよ。」
「普通に凄くね?海外とか行ったことないわ」
「凄いね……。」
「だね。」
本当に凄いと思う。主に、誰にも嫌みとして受け取らせないあたりが。
「玲司坊ちゃん」
「藤堂」
この前の、車を運転していたお爺さんがいつの間にか玲司君の横にいた。教室の皆は自分達の会話に夢中になっているのか、お爺さんが紛れ込んでいるのにざわついたり、変に静かになったりしなかった。
このお爺さんは忍者の血筋かなんかなんだろうか。
「こちら、お電話のとおりご用意いたしました。」
「ああ、ありがとう。」
紙袋を受け取った御園くんの言葉に綺麗な一礼を返すと、そのまま藤堂さんは教室を出ていった。
「お待たせしたね。ではランチを続けようか。」
「やっぱ御園はすげーわ。」
「凄いね……。」
「だね。」
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