第11話 (穏やかな)高校生活終了のお知らせ

 入学式が終わり、帰ってきた後の教室に広がる雰囲気は、一言で言えば異様だった。

 ぽぅっと夢見心地で半ば意識を飛ばしている大人しそうな子、きゃあきゃあとお気に入りのアイドルについて話しているようなテンションの子、浮かれた様子の女子たちにそわそわと様子を伺う男子。


「さっきの人、一体どこのクラスなんだろね」


 聞き耳を立てているわけでもないのに、そんな話し声ばかりを拾ってしまう。

 確かに、私も気になる。好奇心というよりは、予見される災害に備えるための情報収集的な意味で。でも、このクラスの名簿には御園なんて名字の人はいなかったはずだ。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。クラス名簿というものが、彼がこのクラスの人間ではあり得ないことを証明している。

 そのはずなのに、この悪寒はなんなんだろう。何か、嫌な予感がする。


「ねえ、犬丸君、」


 不安を紛らわそうと隣の席へ声をかけた途端、教室の後ろ側の扉が少し乱暴に開けられた。


「すみません、ちょっと通ります。」


 やけに若い用務員のおじさん(お兄さん?)が、窓際後ろの席で会話していた女子たちに退くように促しながら、1つだけだった机の横に、新しく出してきたような机と椅子を置いた。

 ……あ、さっきの嫌な予感たぶん絶対当たる。


「え、これもしかしてさあ、」

「うそ、マジで!?」


 どっと沸き立つような女子の反応と反比例するように、胃のあたりがずんと重くなってきた。


「清水さん、」


 華やいだ女子たちの喧騒の中、それとは違う澄ました声が私を呼んだ。


「犬丸君。どうしたの?」

「いえ、気のせいであればすみません。先程呼ばれた気がしたのですが。」

「ああ、あれね。ちょっと不安なことがあって、誰かと話せば気が紛れるかなって思ったりしたんだけど、まあ、もう解決したというか。」

「はあ……。」


 解決というか、不安に思っていた事実が嫌な方向で確定したからもう悩みというより暗い気持ちになるしかないって言うのが本当だけれど、さすがに今日あったばかりの男子に聞いてもらう話ではない気がする。


「清水さん、」

「はい?」

「宜しければどうぞ。」


 犬丸君はその言葉とともにそっと、私の机の左角にガチャガチャのカプセルを置いた。

 中身が分からないままのものを受けとることもできないので、カプセルを開けてみる。あまりこういうものを開ける機会もないから開けられるか不安だったけれど、一度開けたものだからか、案外簡単に開いた。


「~癒しのグッズ~ 猫のにくきう」


 丸っこいファンシーな字が刻まれているポップな色使いのタグがついているそれは、猫の手のひらを模したストラップだった。茶色の肉球のところを押すと、プニプニとした感触が適度な弾力を持って帰ってきた。


「これすごく癒される……。」


 ぷに、ぷにぷに。親指で押すと返事のように柔らかな弾力を返してくる「にくきう」に、だらしなく頬が緩んでいくのが分かる。疲れたときの温泉みたいな癒しが、心に染みていく。


「犬丸君、ありがとう。なんか元気出た。……返すね。」


 名残惜しいけれど、猫好きの犬丸君にとっては大事なものだろう。病みつきになってしまう前に返そうと、犬丸君にストラップを向けたけれど、犬丸君が手を広げてくれなかった。


「清水さんに差し上げます。"クロのにくきう"はあと3つほど重複しているので。」


 ガチャガチャに入っていた小さい紙を見ると、「全4種」の文字と、それぞれのストラップの写真、紹介文が並んでいた。

 私の手にあるストラップは、茶色い肉球に、手のひら全体の色が黒いもので、これが「クロのにくきう」らしい。


「じゃあお言葉に甘えて貰っちゃおうかな。実は結構欲しくなっちゃってたんだよね。」

「そうでしょう。」


 学者が自分と同意見の学説を聞いたときみたいに頷く犬丸君の反応が、何だか仰々しく見えて面白い。


「ちなみに犬丸君はどれ狙いなの?」

「金太郎です。」


 先ほどの商品紹介の紙の上の、「金太郎のにくきう」の文字を、お琴を習っていそうな細い指先が指した。

 シロ、ミケ、クロに並んでいる金太郎は何だかちょっと場違いな感じがする。でも、犬丸君が金太郎を熱心に好きなら、そこを突っ込むと怒ってしまうかもしれないし、なかなか反応に困る。

 これはもともとアニメか何かで存在するキャラクターなの?

 ……うん。この素朴な疑問を聞いた方が無難だし、いろいろ犬丸君のことが分かって良い気がする。


「ねえ、」


 犬丸君に話しかけようとしたのと同時に、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、教室の前のドアが開いた。



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