第10話 新入生代表

 結局、入学式が始まる前にできたクラスの友達は犬丸君1名様のみだった。しかも、あちらが自分を友達として認識してくれているかも微妙なところではある。

 女子の友達が欲しい。移動のときに廊下でちらっと見た恵梨ちゃんは、2~3人の女子と冗談を飛ばしながら話していて、もうすっかり馴染んだようだった。

 ……今日、もしこのままクラスで友達ができなかったら、お弁当の時間は恵梨ちゃんのところに混ぜて貰えるだろうか。後でお願いしてみよう。

 お弁当のことを考えていたら、なんだかお腹が空いてきてしまった。お腹、変な音が鳴ったりしませんように。

 ……なんて、全く頭に入ってこない校長先生の長話を聞き流しながら、とりとめのないことを考えていると、校長先生が礼をしてステージの階段を降りていったのが犬丸くんの背中越しにちらっと見えた。

 それにしても、司会役の先生の声が聞こえにくい。マイクを通さなければ優しく穏やかな声だと思うけれど、声の音の部分よりも空気の部分を拾ってしまっているかのような音の入り方に、こもって聞こえてしまう声質が重なって、かなり聞き取り辛い。

 聞くのを諦めて、空腹を訴えそうなお腹を少し強く押さえていると、周りがざわざわしはじめた。


「……挨拶、……じゃなくなったらしいよ。」

「えー、ウソっしょ。だって……君ってさ、全国模試の…………。」


 挨拶、新入生、成績。そんなワードがポツポツと聞こえて来る。よく聞こえなかったけれど、新入生代表の挨拶が始まるみたいだ。

 こういうのはだいたい、受験の時の成績が1位だった人がするものだけれど、一体どんな人が1位だったのだろう。

 1人1人の女子の小声が重なって、ザワザワとした雰囲気が少しずつ膨らんで行く。この色めき立ち方は、単純にどんな人か気になるというより、町で芸能人を見つけた時のような、普段見ないようなかっこいい人が出てきてときめいているという感じだ。そんなにイケメンなら、私もちょっと見てみたい。

 しかし、犬丸くんは座高が高い。もともと身長が高いのもそうだけれど、背筋がピンと伸びていて、姿勢が良いから他の人よりも余計に背が高く見える。

 その肩越しに、窓からの光を受けて金色に光る髪の男性がステージへの階段を登っていくのが見える。ステージ中央を目指すその人の、すっと鼻筋の通った横顔。


(あいつだ……!)


 心臓がドクリと、大きく鼓動を打った気がした。もちろん恋の予感的な意味ではない。一番見つかりたくない人に、見られてはいけないものを見られてしまったような、そんな動悸だ。

 ステージ中央から皆へとスピーチする新入生代表は、私の穏やかな休日を台風みたいに奪っていった不審者、御園玲司みその れいじで間違いなかった。

 馬鹿と天才は紙一重なんて言うけれど、彼はきっとまさにそういうタイプなんだろう。

 確かに彼は試験の順位が1位だったかもしれないけれど、彼の言動は大いに不審だと言うのに、スピーチなんか任せて大丈夫なのか、何だかとても不安だ。

 ……意外と、まともだ。時候の挨拶や入学式開催のお礼、ありがちで無難な内容だけれど保護者受けの良さそうな高校生活への抱負。話し方も、原稿に視線を落とすことなく、若手アナウンサーのように明朗な声で、堂々としている。先ほどのよぼついた校長先生がかわいそうになるくらい、御園玲司のスピーチは完璧だ。

人生は一度きりであり、高校生活の3年間は、あっという間に過ぎていくことでしょう。勉学に励むことは勿論、この高校でしか築けない友人や先輩と、部活動や行事に精一杯取り組み、かけがえのない日々を、悔いのないよう大切に過ごしていきたいと思います。

 先生、並びに来賓の方々、私たちのことを温かく、そして時に厳しくご指導下さいますようお願い申し上げます。新入生代表、御園玲司。」


 穏やかな声が自分の名を告げ、整った一礼をしたのと共に、堰を切ったかのような拍手が巻き起こった。

 スタンディングオベーションが起きていないことが不自然なほどの拍手の中、御園玲司が降壇していく。

 学校の体育館を一瞬で劇場に変えてしまった彼。挨拶の締め括りと共に告げられた名前は、確かに休日突然現れた男と同じだったはずだけれど、彼と今の男性は同姓同名で顔も良く似た別人だったりするのだろうか。

 御園玲司という男は、やはりよく分からない奴だ。




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