第9話 はじめての友達はインテリ癒し系

 目の前に止まったのは、見覚えのありすぎる、あの黒い車。


「ひいっ!」


 先週の出来事を思い出して、喉から変な声が出てしまった。


「ははっ、里桜~!高そうな車だからって驚きすぎっしょ!……にしても、どっかの坊っちゃんでも入学するのかね?」

「い、行こ!恵梨ちゃん!早く新しいクラスにも慣れたいしさ!?」


 恵梨ちゃんの肩をぐいぐい押して、他の入学者たちを追い越す。

 入学1日目で、あの車から出てくる人と顔を合わせてしまったら、何かが終わってしまう気がする。

 必要以上のキラキラなんて要らない。私は平凡な友達を作って、それなりに楽しいささやかな高校生活が送れたらそれで万々歳なんだから。



 ――ああ。きっとさっき見てしまったあれは呪いの車で、不幸の前兆だったんだ。

 恵梨ちゃんとはクラスが別々になってしまったし、クラスの中も既にグループができてしまったような雰囲気だ。

 両隣の席の人は既にどこかのグループに溶け込んだのか、カバンは置いてあるけれど誰もいない。前後も同じく。これは不利な出だしになってしまったかもしれない。

 キラキラな毎日は要らないけれど、友達の一人くらいは欲しい。できれば今日のお昼、お弁当を一緒に食べてくれるような、そんな友達が。

 誰かと偶然目が合ったりとか、話しかけに行きやすそうな雰囲気のグループとか、自分が違和感なく溶けていけそうなサインを探してみたけれど、そんな都合の良いものはどこからも出ていない。

「はあ……。」

 小学、中学の時は何もしなくても気がついたら友達なんてことがいっぱいあったし、むしろその方が普通だったのに、なんだか友達の作り方が急に分からなくなってしまった。


「初日からため息ですか。」

「え……。」


 突然の玲瓏と澄んだ声の方を向くと、左斜め上から見下ろすようにこちらを見ていた鋭い瞳と、眼鏡越しに視線が合った。


「私のため息、聞こえてたの?」

「大きかったですからね。」


 平淡な抑揚で質問に返事をくれた彼は、眼鏡のブリッジを人差し指で上げ、隣に座った。座高が頭1つ分以上違っていそうだ。

 敬語。そして眼鏡。整髪剤は使っていなさそうだけれど、若手サラリーマンみたいな七三分けの黒髪。肌は色白、むしろ少し不健康に見えるくらい青白い顔に、やや痩身の長身。柳眉、ややつり目の涼しげな目元。そしてそれを飾る細縁の眼鏡。

 隣人さんはどこからどうみても完全にインテリ系だ。話しかけても大丈夫な人か、全然分からない。心の底で「君みたいな馬鹿とは話したくない。参考書を読んでる方がよっぽど有意義だ」なんて思っていたらどうしよう。

 迷っていたら隣人さんは早速机から何か取り出した。あ、やっぱり私と話すより勉強したい感じなのか。

 ……って、え!?

 出てきた本は表示にでかでかと写真が載っている。これは雑誌だ。やたらかわいいフォントで「ねこぐらし」というタイトルが飾っている。


「猫好きなの?」

「ええ。それはもう。」


 雑誌のページから目を離さず、返事だけを返してきた。


「ねえ、名前なんていうの?」

「ポン太君だそうですよ。」

「その猫じゃなくて。貴方の!」


 読者の投稿写真のらしい明るい茶色のとら猫の横に書いてあるポン太(7才)という字を指しながら律儀に答えられたが、このタイミングで雑誌の猫の話はしないでしょ、普通。


犬丸 瑛太いぬまる えいたです。よろしく。」

「名字は犬なんだ。」

「……?はい、まあ。」


 読んでいた雑誌から顔を上げ、犬丸君はこちらの目を見ながら答えた。コミュ障かと思ったけれど、意外とそうでもないのかもしれない。あと、本当に猫好きで、この名字の突っ込みの前フリで雑誌を読んでいたわけではなかったみたいだ。私がスベったみたいな空気はちょっとつらいけれど、話したら会話のキャッチボールはそれなりにしてくれるみたいだ。


「それで、貴方のお名前は?」

「えっと、里桜りお清水 里桜しみず りお。よろしくね。」

「ええ。こちらこそ、よろしく。」


彼から呼吸のようにふっと微かにこぼれた笑みが春の教室の空気に溶けていく。

ちょっと変な人な気はするけれど、醸す空気がなんとなく優しくて、仲良くなれそうな気がした。

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