第3話 不審者の訪問

 土曜日の午前中。私の一番好きな時間だ。

 ゆっくり寝て、起きてからものんびり好きな本を読んでいられる。

 リビングのソファーでごろんと寝転びながら、最近見つけてすっかり気に入ってしまった本を読んでいたら、玄関チャイムの音が鳴った。

 こんな時間に誰だろう。栞を差して本を閉じ、パタパタと玄関へ向かった。


「やあ。会いたかったよ。僕のお姫様マイ・プリンセス。」


 ――ガチャン。

 私は疲れているみたいだ。今、ドアを開けたら、昨日の不審者が見えた気がする。

 そんなバカな。きっと外にいたのは宅配便の茶髪のお兄さんで、背格好が似ていてそう見えてしまったんだ。それか、チャイムは幻聴、今見えたモノは幻覚。もうちょっとしたらもう一回だけ開けてみよう。


 ――そろそろいいかな。あのあとチャイムは鳴っていない。宅配便ならポストに不在屆が入っているはずだし、幻覚なら何もいないはずだ。


「えいっ!」

「やあ。さっきは突然閉めてしまうからビックリしたよ。でも僕は気にしていないよ。レディーの支度は準備がかかるも」


 ――ガチャン。

 ……なんかいた。

 金に近い茶髪の、人形めいた美しい容姿の、人語を話す何かが。完全に昨日学校の前にいた電波な人だ。

 なんで家バレしたんだろう。撒いたと思っていたのに、実はついてきていたとか!?

 だとしたら、なんですぐに現れず、1日経った今になって出てきたんだろう。ダメだ、分からない。不審すぎる。

 どうしよう。お母さんは買い物だし、警察を呼ぶしかないのかな。うん、そうしよう。とにかくこれ以上の接触は危ない。家に入れるのも断固阻止しないと。

 リビングに戻り、警察に電話するために、家電いえでんの受話器を取る。初めての通報にドキドキしながら、震える手でボタンを押そうとしたら、ガチャリ、と玄関の鍵が回る音がした。


「たっだいま~!!」


 いつもより上機嫌な、お母さんの声が響いた。電話で出しているよそ行きみたいな高い声だけれど、スーパーで特売品でもゲットしたのかな。


「おかえり、お母さん。機嫌良いけどどうしたの?お肉でも安かった?」


 玄関にスーパーの荷物を降ろしているお母さんに声をかける。


「そんなことより、里桜リオ、アナタどうして教えてくれなかったの~?」

「え?」


 何のことだろう。聞き返そうとすると、母の背後に明るい茶髪の青年が歩いてきた。


ご婦人マダム。お荷物をお持ちしましたよ。」

「まあ!ありがとう、玲司君。あとは里桜と私が持っていきますから、ここに置いていってちょうだい。」

「たいした荷物ではありませんので、宜しければ僕がこのままお持ちしますよ。里桜さんとご婦人マダムはおやすみになっていてください。」

「んまあああ!」

「いやいやいや、待って。何この状況!」

 なんて良い子なの!!なんて言いながらお母さんがヒートアップしていくうちに、不審者が買い物袋を持って上がりこもうとしてくる。入らせてたまるか。とりあえず持っている袋を奪って、家に入る口実を奪わないと!

 不審者の持っている袋へ手を伸ばすと、すっと頭上へ上げて避けられてしまった。


「大丈夫だよ。これは僕が運ぶから、里桜は休んでいて。」

「さらっと呼び捨てにしないで!あと、私とあなたは昨日が初対面ですよね?なんでここにいるんですか?」

「ああ、ちょっとお誘いしたいことがあって来たんだ。そうだ!君だけでは決めかねる部分もあるだろうし、お母様にも同席いただければ」

「まああ!結婚のお話かしら!?良かったらぜひ上がっていって~!!」

「待って待って待って!!!」


 まずい。思わぬところからの裏切りだ。お母さんが背後からバンバン攻撃してくる。すっかり舞い上がってしまって、昨日のことを言っても信じてくれなそうだ。

 とにかく、この状況はまずい。家に上がられるのは絶対に嫌だ。それを許してしまったら、これからも当たり前のように家に来るようになりそうだ。嫌すぎる。なんとかしないと!


「外で、二人だけで話しましょう!!そうしましょう!!すぐ準備してくるので、大人しく待っててください!」


 お母さんがいると絶対こいつの思い通りに話が進んでしまう。なんとか私1人で話をつけなくては。


「里桜からそう言ってくれるなんて嬉しいな。では支度ができるまでの間、僕はご婦人マダムの手伝いをしているよ。」

「あら、もうあとは私一人で大丈夫よ。玲司君こそ上がってゆっくり休んでいって。」

「いや、お母さん待って!それはちょっと!!」


 急いでこいつの手からスーパーの袋をふんだくって玄関に起き、そのままドアの方へ背中をぐいぐいと押して、外へ追い出す。


「里桜、もう出かけられるのかい?」

「そんな訳ないでしょ。着替えてくるから、すぐ出かけられるように、このまま待ってて!お母さんになんて言われても、絶っっ対に外で待っててね!!」

「なんだ。さっきから様子がおかしいと思ったら、お母様に嫉妬していたんだね。不安な気持ちにさせてすまなかったね。でも何も心配することはないよ。僕の愛は君だけに捧げ」

「……。」


 ――ガチャン。

 ちょっと何を言っているのか分からなすぎて、思わずドアを閉めてしまった。


「あら、里桜!せっかく来てくれたんだから、待っている間だけでも、上がっていって貰いましょうよ。」

「早く出かけたいから外で待ってるって!」

「あら、そう?じゃあ今度来たときはぜひって言っておいてね~。」

「はーい」


 そんな日は二度と来ないけどね。

 とりあえず適当に話を聞いて、さっさと帰ってもらおう。


 土曜日の午前中。のんびりできて、一番大好きな時間。だけど、今日は平日よりも目まぐるしく、あっという間に過ぎてしまった。

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