第10話 畜生道

私は餅つき大会での顛末で完全にひねくれて、完全に滅茶苦茶になりました。

糸の切れたタコ状態でした。


誰もが嫌がる事ばかりするようになったのです。


女の子のスカートをめくるなんてのは生易しいほうで

(私個人としてはかなり抵抗ありましたがあえてやってました)

男の子のズボンをおろして回ったり、

私の痣を生理的に嫌がっている子の近くにわざと寄って行って無理矢理触らせて、泣きじゃくるのを見て呵々大笑したり、完全に畜生になりました。

腹をくくって悪い事を悪いと思いながらも敢えてやっていますから、先生がいくら注意しようがそんなものきくわけがありません。


お弁当を差し押さえられようが、真っ暗な物置小屋に放り込まれようが、知ったこっちゃありません。最初の数回は確かにつらかったけど覚悟を決めて悪さをし、体罰にも慣れてしまえばどうといったことはありません。それにこの程度では体罰にすらなりません。


山根先生はどこかの時点で、急に悪童になった私の事を真剣に反芻して原因の一端が自分にある事に気づいてはいました。だから、「私にわるいところがあれば言って」というフレーズを多用していました。しかし、最初は意図的にやっていた悪事も習慣化しエスカレートするともう自分で本当に自分に歯止めが効かなくなっていました。


無茶苦茶な自分に腹が立つことはなかったのですが、制御できない自分には腹が立っていました。


自分がされて辛くて嫌だったことも平気でやるようになっていたからです。


特定の子に的を絞るようなことはしなかったのですが、勝手に人の弁当を開けて食ってしまったり、教室の中で放尿して走り回ったりと思いついた悪い事は推考する前に遂行していました。


幼稚園に私を預けて内職をしていた母が呼び出されて、母が一日授業参観というような日も増えてきましたが、母が居ようと関係なしに、一人だけいつも違う事をして迷惑になるようなことばかりやっていました。


ある日の事、いつものように迷惑行為ばかりを繰り返していて、先生がそれを注意した時に、「先生は、何で結婚しないの?

うちのおかあさんと同い年なのに。

結婚出来ないなんて変だよね。しこめ(醜女)でもないのに。

・・・ああ、そうか石腹だから、行かず後家なのか。可哀想に。

女に生まれてきて子も産めないんじゃ、片輪の極みだなあ。あはははははは」


ぜ~んぶ、言葉の意味を解って使っているんです。


そして彼女が一番嫌う「差別」という琴線に敢えて触れて挑発しました。


この時、完全に切れたのでしょう。


無言で物凄い勢いで私を捕まえようと走ってきました。

私は急いで逃げだし、自分の靴ではなく、たまたまそこに合った靴を履いて外に逃げだしました。


山根先生と母は本当によく似ているんです。

顔は似てませんが、背丈が同じくらいなんです。

つまり昭和15年生まれとしては異常な身長174cmある巨人なのです。

まともに競争すればその歩幅であっという間に追いつかれます。

だから路地など狭いところを通ったりして逃げ回るしかありません。

いつもなら、路地に逃げ込めば追いかけてこないのですが、この日は違いました。

路地に逃げ込んでも執拗に追いかけてくるし、母と同じく女性にしては出るところが引っ込んでいるから狭いところでも子供と同じ幅でも平気で潜り抜けてしまいます。


いつもと違うという感触は掴んでいたので、適当にではなくこれは真剣に逃げないとやばいと思い、必死に逃げ回りましたが、どんどん差を詰められてついには捕まえられてしまいました。


無言で首根っこを捕まえて、無造作に持ち上げて、抵抗しようとすると珍しい事に、バシンと叩きました。しかも手加減なしに。

それで激しく抵抗しようとしたら本気で叩くのではなく腹を殴られて、あまりの痛さに声が出ません。

多分、もうこの時、山根先生の中では、こいつと無理心中してもいいや。幼稚園教諭楽しかったけどもう出来ないなあという覚悟も決めていたのかもしれません。幼稚園へ連れ帰る途中で私が泣きまねをして許しを請うふりをしていましたが、全く聞く耳も持たずに無言で幼稚園に連れて帰ると、そのまま無言で物置小屋の中に怒りを込めて全力で投げ込みました。物置小屋の中は真っ暗で硬い物も結構あったのですが、運よく硬い物にはぶつからずに勢いよく段ボール箱かプラスチック製の灯油缶にでもぶち当たったのでしょう。私が逃げださないように投げ込んだ瞬間に扉を閉めてカギをかけ、中で私が大声でわめいて反省しているふりをしても全く聞く耳持ちませんでした。


私は私で別に全然反省なんかしていません。


畜生、あのババア、ガチになりやがって。

け、まあ、ええわ。走りつかれたし、しばらくここで寝とくか。

そのうち時間が経てば開けて呉れるだろう。


完全になめていました。


暴言吐いて追い回されて捕縛されたのが10時前、

普段は8時から9時の間に入園し、10時におやつ、12時におひる。2時におやつ。そして3時に帰宅なのですが、10時のおやつを食べる前に逃げ回ったので、おやつ抜きは確定。まあ昼飯の時には起こしに来るかと思い、そのまま爆睡していました。爆睡して目が覚めたら物置小屋の中が真っ暗なのはわかるのですが、外の明かりが見えません。扉の隙間から外の様子を見ると外も真っ暗。


え?


ええ?


えええ?


おいあのその・・・


ち、ちょ、ちょっと・・・


じ、じ、じょ、じょ、冗談だろ?


あの女、おれを忘れて帰りやがったのかあ~!!


忘れて帰ったのか、首を覚悟でやったのかはわかりませんが、完全に真っ暗です。


暫く、声を出したり、がたがた物置小屋を揺らしたりして、ここに人が取り残されてますよアピールをした後、何の反応もない、つまりは誰も気づかないので、諦めて、もう一度寝ました。

無駄に動いて消耗するよりも寝ていた方が楽です。

そのうち誰かが気づいてどうにかしてくれるでしょう。

それにこれが土曜の夜なら焦りますが、平日の夜で翌日も確か何曜日かは憶えてませんが、平日でした。だから翌朝には誰かが開けて呉れるはずです。

幼稚園で使うルーチンワークの中で必要な材料も物置小屋にしまっています。

だから、絶対に誰かが必ずここを朝開ける事は解っていました。


完全に熟睡していたところ、急に大きな音がしてびっくりして目を覚ますと、そこには母と山根先生と、園長夫人がいました。母と山根先生はやじろべえのようにともにお辞儀しあっていました。


どうやら本気で忘れて帰ったのか意図的に首覚悟で置いていったのかわかりませんが、母が心配して幼稚園に電話し、園長夫人が応対したものの、鍵がないので、山根先生に連絡を取り、山根先生が自宅に間違えてカギを持ち帰っていたため、山根先生が幼稚園にもどるまで鍵が開けられません。それで山根先生が戻ってきたところで改めて、母に園長夫人が連絡し、3人立ち会ってカギを開けたという事です。


幼稚園の表に掲げている大型時計を見ると、9時半を回っていました。


「午前様にならなくてよかった」

などとまた減らず口を叩いて、母にはどやされました。

多分、餅つき大会以降スラングのような言葉を平気で吐くようになっていきました。


でも母も「あれ、あの子帰ってきてないどうしたんだろう」と心配したのかと当時の事を聞いてみると、内職に夢中になってて気が付かず、気づいたら夜なのに帰ってない。きっと友達の家にいるんだろうと思っていたら、その友達の家の母親が廊下で話している声が聞こえてきたから、あれ?と思って、それで、あいつまたろくでもないことして叱られてるんだなと、幼稚園に連絡したといってました。


つまり、そんなに心配はしていなかったみたいです。


家に帰ってこない=誰かの家で遊んでいる。

家に帰ってこない=幼稚園で折檻されてる。


母にはどうやらこういう認識があったみたいです。

こう思われるくらいに私もすさんだ幼稚園生活を送っていたという事になります。


そんな母でも私がいなくなって焦った事があったそうです。

私は全く覚えていないのですが、一度家に帰ってきて紙芝居見るために小遣い持って外に遊びに行き、紙芝居見終わった後、同じように紙芝居を見ていた友人と一緒に神社のお祭りに行ってしまったときは母も相当に慌てたそうです。隣の家の奥さんがお祭り会場で私を見かけてくれていたからよかったものの、もし隣の家にピンポン鳴らして家にもいないし、どこに行ったかも知らないと言われたらパニックになってたかもしれないといってました。紙芝居を見るといってその次の予定を話していなかった私が一番いけないんですけどね。


ところで母は一体何時ごろに私がいない事に気がついて、そして幼稚園に電話したのでしょう。聞いてみてもそんなの覚えてないと当時も言い逃れしていましたから今更聞いてももう忘れているでしょう。まあ逆算すれば大体の勘定はできるんですが、山根先生が当時どこに住んでいたかで時間が違ってきます。

親元から通っていたといってましたがどこだったのやら。


にしてもここらあたりが昭和ですよね。

今のご時世で幼稚園児がこんな夜遅くまで放置してたら社会問題です。

まあ、でも常態化していたわけじゃないですからジンケンガーやマズゴミが騒ぐほどでもなかったんでしょう。

うちの両親も教師に対しても園に対しても苦情を言ってないんです。

今の親ならいくら自分の子供が悪くても苦情言ってるんじゃないでしょうか。


昭和50年代はまだまだ教師は権威ある存在で一度子供を教師に委ねたら基本的に親は文句を言わずに教師に全権委任するというのがまだまだ当たり前の時代でした。

一方でモンスターペアレントなども散見するようにはなっていましたね。

このことについてはのちの話で触れる機会があろうかと思います。







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