59~その拳、届く時~・4

 ずる、ずるる。


 アラムンドの大地に満ちた障気に紛れる一人の影。

 ツクリモノの肉体を引き摺り、道化師はよろめきながら歩く。

 高く括ったマゼンタの髪は解けて乱れ、顔の半分を覆い隠してしまっている。

 噛み合わずガチガチと鳴る歯は怒りか、それとも別の感情のためか……


「くそっ……チクショウ……!」


 あわや消滅という瞬間に空間を裂き、生じた隙間にうまいこと身を滑り込ませたお陰で辛うじて形は保っている。

 それで逃げられたとしても、異なる時代に転移する力も残っていなかったこの分身が崩れ去るのは時間の問題だし、何より……今まで下に見ていたカカオ達にこれほどやられてしまっては、テラのプライドもボロボロだった。


「消してやる、消して……だが、その前に補給を、回復をっ……!」


 分身の性質については、先刻指摘された通り……それと、もうひとつ。

 自由に動き回る身軽な分身だが、定期的に本体のもとで力を補給しなければそれを維持できない。

 基本的に手駒を向かわせてばかりで、分身ですらあまり姿を見せなかった理由はそこにあった。


……と、


『見つけた』


 何人もの声が重なったような不気味な囁きがテラの耳に届く。


「!」


 声の主を探し、足元に視線をやると……“それ”を見つけたテラの目が見開かれる。


「アンタは、お前は……いや、」

『わかってるはずだ』

「……そう、そういうコト……」


 瞬間、全てを理解した。


 テラは“それ”を両手で掬いあげ、じっと見つめる。

 直後、彼女の口がニヤリと弧を描く。


「それじゃあ、かえりましょう」

『ああ、かえろう』


 紫色の靄に包まれて、コツ、コツと靴音が響く。


「ゲームはまだ、終わりじゃないわよ……アラカルティアの虫ケラちゃん達」


 その足取りは先程までとは違い、心なしか軽やかになっていた。

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