第3話 転☆校☆生 その1
新学期になった。
舞い散る桜の花びらと、新入生、クラス替えに一喜一憂する生徒たちの声で、校内は華やかに色めき立っている。
晴れて二年生となった私は、新しい靴箱へと向かった。
七クラス分の表が貼られた靴箱は、案の定大変な混雑を催していた。私は人のすき間をぬって首を伸ばした。
(えーっと、私のクラスは……)
「結衣ー!」
どんっ、と後ろから強めに衝撃がきた。
私は何とか前の人にぶつかるのを踏みとどまり、体当たりしてきた人物を笑って振り返った。
「おはよう、まーやん」
「ねえ、私たち同じクラスだよ! やったね!」
あいさつを返すことも忘れ、友達の真奈実ことまーやんは心底嬉しそうに言った。
私はちょっと目を丸くした。
「本当? やったぁ、私も嬉しい」
「ねっ、今年は楽しくなりそう」
二人で談笑しながら教室までの階段を上る。
新しい教室は、おもはゆくも、わくわくするような空気感をまとっていた。友達が同じクラスにいることで、新年度に抱きがちな不安感は一気に取り払われる。教室の後ろで立ち話をしていると、時間が経つのはあっという間だった。
「あっ、もうこんな時間。そろそろ席につかないと」
教室の壁時計を見て、まーやんがはっとして言った。
ロッカーにもたれていた背中を起こし、私は残念そうに笑った。
「うん、そうだね。じゃあ、続きはまたあとで――」
そのとき、ダンッと横で大きな足音がした。
見ると、教室の入り口に一人の男子生徒が立っていた。急いで走って来たのか、肩で荒い息をしている。
「あっぶねー。遅れるかと思っ――」
手の甲で汗をぬぐっていた男子生徒は、私と目が合うとふと言葉を止めた。
日に焼けた肌、穏和な顔立ち、私より頭半分高い背丈。
柊二だ。
まだクラス表を見ていなかった私は、目を見開いて固まった。
まさか、同じクラスになるなんて思ってもみなかった。七クラスもあるこの学校で、一緒になる確率は決して高くはない。
柊二も、ろくに表を見ずに来たのだろう。その表情は、私と同じくらいには驚いているように見える。柊二の半開きになった口がゆっくりと動いた。
「え、ゆ――」
キーンコーンカーンコーン――……
びくり、と私たちは同時に飛び上がった。
はいはい席につけよー、と言いながら担任の先生が教壇に立つ。生徒たちは興奮冷めやらぬ気持ちで、がやがやと新しい席についていく。
私もあわてて自分の席に向かおうとした。えっと、私の席はどこだっけ。
その時、柊二がひとこと言った。
「一年、よろしく」
柊二の目は真っすぐ私の方を見ていた。それから、にっ、と白い歯を見せて笑った。
そこに昔の面影を見つけ、私は思わず微笑み返していた。
「うん――」
柊二と会話するだけで、こんなにも心が軽くなる。
私は明るい気持ちで自分の席についた。
最初は柊二と同じクラスなんて気まずいと思ったが、考えてみれば話すチャンスは増えるのだ。案外いい一年になるかもしれない。
ふと隣の席を見ると、そこは空席になっていた。今日は欠席だろうか。
「――そうだ、小倉さんの隣の席だが、」
一通り自己紹介と連絡事項を話し終えた先生が、思い出したように言った。
「引っ越しの都合で少し到着が遅れるそうだ。来たら、みんな仲良くしてやってなー。……以上、朝のホームルーム終わり! 始業式、遅れるなよ」
体育館への移動に向けて、生徒がばらばらと席を立ち始める。
一緒に移動しようと席にやってきたまーやんが、うきうきと弾んだ声を上げた。
「転校生なんて珍しいね。どうする? クールでイケメンの御曹司だったりしたら」
きゃっ、と自分の頰に手を当てて言うまーやんに、私は苦笑した。
「あんたは少女漫画の読みすぎ。せいぜい、メガネの真面目系イケメンってとこでしょ。編入試験ってちょっと難しいらしいし」
あっ、でもそれはそれでありかも、とまーやんがうんうんとうなずく。
それから私たちは、金髪碧眼のハーフ、地味でゲーム好きのオタク、高身長スポーツ万能男子など、まだ見知らぬ転校生に対して様々な妄想をふくらませながら体育館までの道のりを歩いた。
でも、結局は冴えないフツーの男子学生が来るんだろうなと二人とも思っていた。
――しかし、やってきた転校生は、私たちの想像のはるか斜め上を行く人物だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「チーッス! 神奈川県から引っ越してきました、
黒板の前に立った男子は、ぱちんっとウインクを教室に飛ばした。
教室中の生徒が、あんぐりと口をたてに開けた。
新学期が始まって一週間が経った。ひと足遅れて一組に入って来たのは、編入生の大成優人だった。色白で背が高く、跳ね返った髪は薄い茶色だ。あれで地毛なのだろうか。
「ねえ、結構いい感じじゃない?」
大半の生徒が引く一方、一部の女子はひそひそとささやき合う。確かに、顔はなかなかのイケメンだ。だが、私の好みではない。断じて、ない。
ここは曲がりなりにも進学校だ。その編入試験を突破してきたということは、それなりに頭はいいのだろう。しかし、このチャラ男が頭がいい? ありえない。
だが、もっとありえないことがある。
それは、
―― こ い つ が 私 の 隣 の 席 っ て こ と だ ――
先生の指示を受けて、チャラ男は軽い足取りで私の隣まで来た。そして、今まで空だったその席に座った。一生空席だったらよかったのに、と私は思った。
「やぁ、きみ。名前は?」
座るなり、チャラ男はにこにこと話しかけてきた。
私は愛想笑いを浮かべて答えた。
「小倉結衣です。よろしくね、大成くん」
「大成じゃなくって、『ナル』な! お隣同士よろしくぅ、ゆいちゃん!」
今、私の笑みは盛大に引きつっているに違いない。
男子に下の名前で呼ばれるなんて、柊二を除いて初めてだ。初対面でこんなに慣れ慣れしくできるのも、ある意味特技なのかもしれないが、なんだかむかつく慣れ慣れしさだ。
絶対にナルって呼んでやるか、と私は心に誓った。
そしてこの後、たった一日にして、なぜこいつが隣の席なのか盛大に頭を抱え込むことになる。
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