本城朝陽は如何にしてオーヴァードとなったか。(自卓ネタ)

@bakudannjin

第0話

夢を、みていた。


 鉛色の空から音を立てて雨が降っている。

 竹林に降り続く雨は、冬の寒さをよりいっそう際立たせていた。

 −−紅。

 そんな空の灰と大地の緑で構成された情景に、一点だけ紅が混じっていた。

 僅かに差された紅い色。

 流れ出る紅は、少女であったものから流れ出ている。

 既に呼吸は止まり、急速に体温を失いつつある少女の体。

 両腕を喪い、胸にはおよそ拳2個分ほどもある穴が空いており、貫通した先の地面が見えている。

 しかしそれでも倒れた少女の顔は安らかであり、微笑みすら浮かべていた。

 雨とともに、流れ出た紅が少しずつ世界に溶けていく。

 少女の死体の傍らには、その紅をただ見つめる少女が立っていた。

 コートを着たショートカットの少女。

 年の頃は高校生といったところで、動きやすそうな格好をしているため活発な印象を受ける。

 彼女は雨だというにも関わらず、傘もささずにただその紅を呆然と見下ろしていた。

 彼女の顔は生気がないように見える。

 というよりも何が起きたのか理解できていないという風にぼうっとしていた。

 溶けゆく紅に染まった、ヒトであったモノ。

 紅く染まったモノを見続けていた彼女は突然ハッと我に返り、改めて自分の目の前に広がる惨状を目の当たりにする。

 すぐに彼女は気付いた。

 そのヒトであったモノは自らの友人であるということを。

 理解と同時に吐き気がこみ上げ、立っていられなくなった少女は地面に倒れこむ。

 衝動的な生理現象に身を任せ胃の中のものを吐き出す。

 自分の目の前にあるこの光景を理解したくないというかのように、全てを吐き出そうとする。

 呼吸が乱れ、もはや息をしているのか嘔吐しているのか分からなくなる。

 時にして約1分、しかし彼女にとっては永遠とも思える時間が経ち、ようやく吐き気が治まった。

 荒くなった息を整え、汚れてしまった口元を腕で拭う。

 口元に当たるゴツゴツとした硬い感触、驚いて腕を見る。

 −−あぁ、そうだ。

 自身の腕から目が離せない。

 わたしは、もう−−

 そこには真っ黒で、常人のそれとははるかにかけ離れた大きさを持つ異形の腕があった

 爪は鋭く、あらゆるものの命を奪うことができるだろう。

 手は大きく、あらゆるものを簡単に握りつぶすことができるだろう。

 腕は長く、眼に映る全てを一瞬で薙ぎ払うことができるだろう。

 初めはソレが自身の腕だとは分からなかったが、手のひら、腕と視線を這わせると、ソレは自らの肩から生えている。

 ところどころが紅く染まった腕を見て改めて実感する。

 −−わたしは、もうバケモノなんだ。

 瞬間、何があったかを思い出す。

 手を広げる友人の少女、徐々に距離は近づいて、友人の顔はそれでも安らかで、唇は何かの形に動く。

 腕を伝う暖かい液体の感触、誰かの嗤い声。

 思い出したくない断片、しかし堰を切ったように思い返される鮮明な記憶。

 友人であった少女の命を奪ったのは彼女自身であると示していた。

 思い出したくない、もう見たくないと思う心とは裏腹に、何度も何度も繰り返す記憶。

 たまらず彼女は蹲り、紅く染まった異形の腕で自身を抱いて慟哭する。

 握りしめた拳を地面に叩きつける。

 そのたびに衝撃が起こり、周囲の竹が揺れ、葉を落とす。

 何を叫んでも、何を吐き出しても、何度自分を責めても。

 それでも、尽きることのない激情を抑えることができない。

 湧き上がる後悔、恐怖、絶望、怒り。

 溢れ出る感情に身を任せないと、私が、壊れてしまう−−。

 あぁ、私は、私は!!

「ぁだっ!」

 突然、頭に衝撃を受けて、本城朝陽ほんじょうあさひは夢から覚めた。


「ダメですよー、作業中に寝ちゃ。」

 上から降ってくるどこか間の抜けたような、ゆるりとした雰囲気を持つ声。

 半ば寝ぼけた意識でその方向を見ると瓶底メガネをかけた、優しそうな雰囲気の女性がにこやかに微笑みながら、カナヅチ程度の大きさのピコピコハンマーを右手に握っていた。

「んぁ、すません。」

 はっきりしない頭でとりあえず謝罪の言葉を述べる。

 どうやら仕事中に眠ってしまったようだ。

 といってもこれは私個人の仕事であり、目の前の彼女には基本的に無関係なものであるのだが。

 この目の前にいるピコピコハンマーを持った、茶髪で多少くせ毛のロングヘアにメガネにゆるっとしたワンピースを着ている女性は、私の上司である。

 直属の上司という訳ではないのでどちらかと言うと先輩、といった方が適切かもしれない。

 辺りを見回したあたりでようやく意識が覚醒してくる。

 どうやら、いつものように先輩の仕事場に上がり込んで自分の仕事を片付けているうちに眠ってしまっていたようだ。

 といっても彼女は仕事をしないことが仕事らしく、日がな1日読書に耽っている。

 ただでさえウチ—UGN、ユニバーサルガーディアンズネットワークの略だ—は人手不足が深刻なのに、仕事をしないことが仕事っていうのも彼女の過去に何かあったのだろう。

 まあ詳しくは聞いてないんだけど。

 そんな彼女の部屋に転がり込んでは、UGNの書類仕事や雑誌の編集者としての仕事をやらせてもらう事も多い。

 彼女はまだ寝ぼけているような私に、花柄でレースのついたハンカチを懐から私に差し出した。

「はい、とりあえずこれで拭いてくださいー、よだれと、なみだ。」

 そう言われてサッと目元に手を当てる。

 どうやら私は寝ながら泣いていたようだ。

「っ、すいません。」

 慌ててハンカチを受け取り目元と口元を拭う。

 何度も何度も見た夢のはずなのに。

 私はまだ涙を流すのか。

 仕事中に居眠りはおろか、その上泣いていたなんて、と恥ずかしくなって俯く。

 私の先輩−−兵頭香也ひょうどうかや、29歳、独身−−はハンカチをそっと私の手から受け取り、緊張感のない声で俯く私に説教を始めた。

「いいですかー?作業中に眠くなるのはわかりますー、けどだからってお仕事してる時に寝ちゃダメですよー。あと独身は余計だぞ。」

 最後だけドスの効いたハスキーな声。

 なんで私が思ったことにまでツッコミを入れられたのだろうか。

 彼女には色々と謎が多い。

 なんにせよ一瞬で眠気が飛んだ。

 やっぱりこの人はニコニコしてる割に怖い、というかニコニコしてるからこそ怖い。

 しかし、何かを察したらしい彼女の顔からニコニコとした笑顔が消える。

 彼女のメガネの奥の瞳がスッと鋭くなり、私を見据えてくる。

 こうなった時の彼女はいつものゆるりとした雰囲気はなくなり、無意識のうちに姿勢を正してしまうほどの凄みがある。

「また、あの夢かい?」

 少し返答に困ったが、無言で頷く。

「そうか。何度も言うがアレはアンタの−−。」

「大丈夫です、今度は絶対に、迷わないんで。」

 香也さんの言葉を遮るようにそう言って笑って見せる。

 ……うまく笑えているだろうか。

 少しの間、ほんの一呼吸の間沈黙が流れる。

 香也さんは一度大きくため息をつき、いつもの調子に戻った。

「あんまり頑張りすぎちゃダメですよー、あ、でもお仕事は頑張ってくださいねー。」

 ピコピコハンマーを放り投げ、自分のデスクに戻っていった。

 放り投げられたピコピコハンマーは鈍い音を立て地面にめり込む。

 待った、あれで殴られたの私。

 オフィスの床にクレーターできてんだけど。チタン製とか?

 まあ、おかげであの夢を見続けなくて済んだんだけど。

 頭を振り、軽くストレッチをして残った眠気を飛ばす。

 もう何度目だろう、あの夢を見るのは。

 目を閉じて過去のことを思い出す。

 6年前のあの日、初めて非日常に触れた日。

 そう、私は。

 本城朝陽はあの日、オーヴァードとなった。


 冷え込みも酷くなってきた12月。

 発展してるとは言えないが、田舎とも言い切れないような日本のとある地方都市にある男女共学の普通科公立高校。

 地域の中でも偏差値は高い方であり、進学校になっている。

 制服のブレザーもデザインが人気で、この制服に袖を通すためだけにこの学校を志すという受験生も多い。

 その高校の夕日の差し込む放課後の教室。

 入り口には学年とクラスを示す3年C組という札がついている。

 いつもは多くの生徒で賑わっているであろう教室内に残っている生徒はもう1人だけとなっており、暖房も消えた教室は非常に寒々とした印象を受ける。

 そんな教室に1人残る生徒、当時18歳の本城朝陽は1人自らの机に向かってひたすら悩んでいた。

 木と鉄で作られた机の上にあるのは「進路希望調査票」と書かれた一枚の紙。

 第一志望第二志望第三志望まで書く欄があるが、彼女のそれは一つも埋まっていない。

「進路って言われてもなー。」

 右手でシャーペンを玩びながら1人呟く。

 脳裏をよぎる先週の担任教師の声。

『この先の人生を左右する重要な選択になります、しっかり考えて記入するように。』

 明日のことさえわからないのにこの決定が人生を左右する、っておかしくはないだろうか、なんでたったの18年で人生の全てが決まってしまうのか。

 そんな不満ばかりが浮かび上がり、肝心の空欄は埋まらない。

 やりたいこと。

 朝日はそう考えて、専門学校に進んで自らのやりたいことをやっているであろう中学時代の友人を思い出していた。

 そんな時、教室のドアがガラリと開き、朝陽の友人である香坂小麦こうさかこむぎが隙間からひょこりと顔を出す。

 茶色いセミロングのツーサイドアップが印象的で、丸い目をしたいかにも小動物系といった彼女は、朝陽を見つけるとスキップするように駆け寄ってきた。

 しかし当の朝陽はそれに気づかずに目を閉じて1人うんうんと唸っている。

 小麦は朝陽の後ろからそっと机を覗き込む。

「朝陽ちゃんまだ進路の紙出してなかったんだ。」

「ふぇっ!?」

 突然後方からの声に驚いた朝陽は思わず仰け反り、椅子ごと転びそうになる。

 それを小麦が小さな身体でなんとか押しとどめる。

 小麦の助けもあり、なんとか朝陽は体制を立て直し、椅子に座る。

「あー、もうびっくりした!」

「えー、小麦別に驚かそうと思ってないよ?」

 口を尖らせる小麦に対し朝陽は手を合わせて笑う。

「ごめんごめん、集中しててさ。」

「こんな美少女を目の前にして他のことに集中とか、朝陽ちゃんのうわきものー!」

 小麦は言葉とともに朝陽にテンション高く抱きつく。

 しかし、同年代の女子と比べて小柄な彼女は朝陽によって簡単に引き剥がされてしまう。

「小麦っていつもスキンシップ激しすぎ。」

「うぅー、朝陽ちゃんのいけず!」

「いや、いけずって……」

 いたずらっぽく抗議する小麦に冷静に対処する朝陽。

 そして小麦はマイペースに話を進める。

「あ、そうだ!進路、小麦のお嫁さんってのはどーお?」

「どーお?じゃない、怒られるっての。」

「えー!いつか小麦のものになるって言ってたじゃん!」

「なるか!そして言うか!」

 そんな漫才じみた2人のやりとりを遮るように大きなため息が聞こえた。

 2人がため息のした方を見ると、眼鏡をかけた黒髪のルーズサイドテールのスタイルのいい少女が呆れた顔で立っていた。

 彼女もまた朝陽の友人の緋阪茜ひさかあかねである。

 いかにも優等生然とした茜はきつめの目元をさらにきつくしながらゆっくりと顔を見合わせている2人に歩み寄る。

「何やってるんですか、2人とも。そろそろ下校時刻になりますよ。」

 朝陽が驚いて時計を見ると、悩み始めてから相当時間が経っていたらしい。

 差し込んでいた夕日も沈み、かろうじて近づいてくる茜の表情が分かるかどうかまで暗くなっていた。

「あ、ていうか朝陽ちゃんと一緒に帰ろうと思って誘いに来たんだった。」

「邪魔にしに来た、の間違いでしょう。」

 呟く小麦に茜はピシャリと言い切った。その言葉に小麦はぶーぶーと口を尖らせる。

 ふと茜が朝陽の手元を見る。

「進路希望調査票、ですか。それで悩んでいたのですね。」

「あぁ、うん、そうなの。」

 その言葉に朝陽は少し照れたように笑ってその紙を持ち上げる。

「確か提出は今日までだったよね。」

「やりたいこと、などは特にないのですか?」

 2人の問いに朝陽は考える。

 やりたいこと。

 再度自身に問いかける。

 わたしは、何がしたいのだろう。

 高校では3年間美術部をやってきた。とても楽しかったし、小麦や茜に出会えたのもそこに入ったことがきっかけだ。

 だけど、その美術部でやってきたことがやりたいことかというと疑問が残る。

 黙って悩み始めてしまった朝陽を見かねて茜が紙を持ち上げる。

「私からも、もう少し先生に待ってもらえるようにお願いしてみます。」

「え、いやいいよ、なんとかするって。」

 遠慮する朝陽をよそに小麦が傍から茜の方へと跳ねる。

「あ!じゃあ小麦も!」

「あなたは話をややこしくするので、職員室の外で待っててください。」

「えー!」

 小麦を無視して朝陽の進路希望調査票を手に茜は教室をあとにする。

 そんな茜を横目に小麦は朝陽にだけ聞こえるように囁く。

「茜ちゃんってやっぱり冷たいよね。」

 小麦の目はいつもの彼女らしくない冷たい目をしていた。

 獲物を狙う肉食獣のような殺気を放つ小麦に朝陽は少したじろぐ。

「そ、そうかな?」

 そう返した朝陽を小麦はじっと見つめたあと、ニコッと笑って茜を追いかけ、教室の出口付近で立ち止まる。

「いこ、早くしないと下校時間すぎちゃう!」

 すでに小麦には先ほどの冷たい雰囲気はなく、いつもの明るい小麦だった。

「う、うん。」

 そんな彼女に少し違和感を覚えたが、追及はせずに朝陽は教室を出た。


 放課後、3人並んで歩く帰り道。

 陽は沈みきり、夜空には冬の星が数多く輝いていた。

 帰り時のラッシュの時間はとうに過ぎており、閑静な住宅街に人通りはほとんどない。

 そんな人通りの少ない住宅街を歩く3人を等間隔に並んだ白く薄く光る街灯が照らしている。

 吐く息の白さは夜の暗さによって際立ち、冷え込んだ夜の空気の冷たさを感じさせた。

 朝陽の進路希望調査票の提出延期は茜のおかげですんなりと認められたので、朝陽も小麦も驚いていた。

「すんなり先生が認めてくれたみたいだけど、どんな手を使ったの?色仕掛け?」

 笑いながら茜に問いかける小麦に、茜は軽く手刀をお見舞いする。

「誰がしますか。普段の行いの差ではないでしょうか?」

 頭をさすりながら倒れこむ小麦。

 茜の発した言葉に思うところがあったのか、朝陽もげんなりとした顔をする。

「茜、ソレ私にも刺さる。」

 その言葉に茜はふっと口元を緩める。

「では、朝陽も生活態度を正さねばいけませんね。」

「いーやーみー。」

 小麦は地獄から蘇った亡霊のような動きで立ち上がる。

「あら、それはわかったんですね。」

「小麦そこまでバカじゃないしー!」

 茜に飛びかかる小麦。

 ひらりとかわす茜。

 着地した小麦は猫のような動きで体勢を立て直し、手をぐるぐると回しながら突撃を仕掛けるも、背の高い茜に簡単に阻まれてしまう。

 そんな2人を見ていた朝陽は突然ぷっと吹き出した。

「ふ、あははは!」

 その笑い声に2人がじゃれ合うのをやめて不思議そうに朝陽の方を見つめる。

 視線に気づいた朝陽は、なおも笑う

「あ、ごめんごめん、ただ−−。」

「ただ、こんな風にずっと過ごしていたいなって−−。」

 その言葉に2人は顔を見合わせる。

 ハッとした朝陽は自らの、半ば無意識の言葉に赤面し、両手で顔を覆う。

「ごめ、やっぱ今のなし……」

 少しの沈黙。

 恥ずかしくなったのか、朝陽は俯いて足早に歩き出そうとした。

 小麦は微笑み、先を歩く朝陽の手を掴み引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

「笑わないよ、そうだよね、小麦も同じ気持ちだよ。」

 それに覆いかぶさるように茜もまた朝陽を抱きしめる。

「確かに、進路が決まることで私たちの道はそれぞれ別のものになってしまうかもしれません。ですが−−。」

 そう言って腕の力を少し強める茜。小麦もまたそれに合わせるようにぎゅっと力を強める。

「−−ですがきっと、そのあともお互いに望むのならば、私たちはこうしていられるはずです。」

「って、茜ちゃん硬いよ〜。小麦たちべすとふれんどふぉーえばーだよ!」

 その言葉を朝陽は抱きしめられながら、黙って聞いていた。

 また、わずかな静寂が流れる。

 ふと、心配そうに小麦は後ろから朝陽の顔を覗き込み、笑う。

「ふふ、なんだ、朝陽ちゃん、嬉しそうじゃん。」

 朝陽の横顔から見える口元は嬉しさを抑えきれないかのように、確かに笑っていた。

 自分でも思いもしなかった反応を指摘され、驚き、照れる。

 抱きしめてる2人を軽く突き放して慌てて距離を取る。

「ち、ちが、いや、違くないけど!」

「ほらほら、大通りで小麦たち美少女がいちゃついてるとギャラリーの視線が痛いよ?」

「へっ!?」

 その言葉に驚いた朝陽はバッと顔を上げる。

 しかし日も沈んだ通りに人気はない。

「ほら、バカやってないで帰りますよ。」

「だ、騙されたぁ……。」

 声こそ沈んでいるが、朝陽の顔はやはり少しだけ緩んでいた。

 そんな朝陽の笑顔を見て小麦は何かを閃いたらしく、ニヤリと笑う。

「あ、そうだ、明日土曜日でしょ?小麦いいこと思いついたんだけどぉ……。」

 そこでもったいぶるように言葉を切る。

「早く言ってください。そろそろあなたも私も門限でしょう。」

 学校を出た時間も相当に遅かった、そこから歩いているのだ、世間でいう夕飯時は過ぎかけている。

 家の人が厳しいらしい茜と児童擁護施設に住む小麦はそろそろ門限の時間が迫っていた。

「ぶー。まあいいや。みんなで買い物行かない?」

「なるほど、それは確かにいい考えです。」

「でしょー。とりあえず明日駅前集合でどう?」

「時間は10時頃でどうでしょう?」

「りょうかーい!」

 顔を緩めている朝陽をおいてあれよあれよという間に話がまとまる。

 朝陽が慌てて声を上げた頃にはもう終わっていた。

「ちょ、私の予定は?」

「空いてないの?」

「いやほら、デートとか、」

「ありえませんね。」

茜はバッサリと朝陽を言葉で切り捨てた。

「ひどくないっ!?」

「では、明日の10時に。」

茜は朝陽の言葉を無視して、集合時間だけ言い残し先に帰ってしまった。

 気づけば、いつもの分かれ道。

 小麦も、腕時計を見て驚いた顔をする。

「って、マジで時間やばい!小麦も帰るね!ばいばい!」

 そう言って駆けていった。

「もう、明日はゆっくり進路について考えようと思ったんだけどな。」

 そう1人こぼして、朝陽もまた歩きだす。

「明日、かぁ。」

 そういった朝陽の口元は、少しだけ緩んでいた。


 次の日、天気は朝から生憎の曇り。

 少しだけ暗い空が窓から覗く、少女の部屋。

 いわゆる普通の女子高校生の部屋、勉強机やベッド、テーブル、本棚などがどれも綺麗に整理されて配置されている。

 薄桃色の布団が敷いてあるベッドの近くで目覚ましがうるさく響いていた。

 その音で目を覚ました朝陽は軽く伸びをして、目覚ましを止める。

 時間を確認し、布団から這い出て机の上にあるラジオをつける。

 冬の朝の寒さに体を震わせながら、乱れた布団を直していると、雨が降るでしょう、という声がラジオから流れ出す。

 今日の天気予報だろう。

 雨が降るのか、と少し落胆するも、それでも朝陽の表情は明るかった。

 朝食を済ませ、準備していたジーンズ、ニットを着て、軽くメイクを済ませて、チェスタコートを掴む。

 家を出る手前で、傘を持たなければいけないことに気づき、傘を持つ。

 「いってきます。」

 玄関を出て、逸る心を押さえながら、それでも足早に駅へと歩きだした。


 駅前は休日ということもあり、それなりに人がいた。

 ちょうど、駅のすぐ近くに大学があるせいか、私服の若者が多く行き交っている。

 そんな中で朝陽は茜を見つけるのは少しだけ苦労した。

 茜はただでさえスタイルがいい。それに加えて雰囲気も落ち着いているため、いつもの制服を着ている方が違和感があるとまで言われるほどで、周りの大学生に紛れてしまうのだ。

 辺りをキョロキョロと眺め探す朝陽に気づいたのか、茜は読んでいた本を閉じて茜に見えるように軽く手を振る。

 それに気づいた朝陽は笑顔で茜の方へと駆け寄った。

 ロングカーディガンにロングスカートという出で立ちは茜にとてもよく似合っていた。

「おはよう、早いね、集合5分前なのに。」

 朝陽に声をかけられた茜は腕時計をちらりと見る。

「正確には7分前、ですけどね。ちなみに15分ほど前からこちらにいました。」

「すごいね、茜は……寒くなかった?」

「曇りのおかげで冷え込みはそこまで酷くありませんでしたし、防寒もしましたから。それに集合時間は香坂さんがいつも守らなさすぎるだけで、普通だと思うのですが。」

 メガネの位置を直しながらここにまだ来ていない小麦をバッサリと切り捨てる。

「厳しいねー……」

『茜ちゃんってやっぱり冷たいよね。』

 そう言った小麦の言葉がふと思い出される。

 なんとなく、気になってしまい、疑問がそのまま口を突いて出る。

「あのさ、茜ちゃんって、小麦ちゃんのことどう思ってるの?」

「どう、とは?」

 茜の視線に少しだけすくむ朝陽。

 −−しまった、言わなきゃよかった。

 恐れている答えが返ってこないことを祈って。

「えっと、なんていうかな、その、2人の仲って実はあんまり良くないのかな、なんて。」

 茜はほんの一瞬目を見開いたが、すぐに平静な表情を取り戻す。

 そのまま口元に手を当て、表情を隠すように黙り込んでしまった。

 どう答えるべきか迷っているような、そんな風だった。

 少しの間、沈黙が流れる。

 ああ、こんなやっぱりやめておけばよかったと朝陽が後悔し始めたところで、茜が口を開く。

「そうですね、確かに、いいとは言い切れないかもしれませんね。」

 どこか含みのあるような言い方に朝陽は表情が固まる。

 私はもしかして、踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまったのではないか、そんな考えが頭を満たす。

「少なくとも友達でいたい、とは願い続けていますよ。」

 そう言って微笑んだ後、言葉を続ける。

「ええ、友達でいられれば、どれだけ幸せでしょうね。でも、友人なんてそんなものじゃないですか?」

「そんな、もの?」

 問い返す朝陽に、茜は笑みを絶やさない。

「簡単に崩れて無くなってしまうものじゃないですか。」

 朝陽はとっさに言葉が返せなかった。

 そんなものなのか?

 茜の言葉に嘘はないのだろう。

 友人でいたいというのは本当だろう。

 それはわかる、でも。

 でも、私たちの関係ってそんな簡単に諦められるものなのだろうか。

「ごっめーん!!」

 突然の声に思考は中断させられる。

 見ると、一直線にこちらに走ってくる小麦の姿が。

 パーカートレーナーにスカート、チェックシャツを腰に巻いたシンプルながらも、可愛らしい服を着た小麦は2人の前で止まり、両手を合わせる。

「ごめん!ちょっと世界救ってたら時間かかっちゃった!」

 嵐のような小麦のいつも通りの勢いに、朝陽もなんとか笑顔を浮かべてみせる。

 先ほどのやりとりを知らない小麦は些細な変化に気づくはずもなく、なぜか遅れた理由を並べ立てている。

「いやーまさか魔王が変身を3回もするとは……」

「大丈夫ですよ、今日はそんなに遅れていませんし。」

 焦る小麦に腕時計を示す茜。

 小麦は茜の腕時計を見て、自分の腕時計を見、そしてもう一度茜の時計を見た。

 今までしたり顔で魔王との戦闘を語っていた小麦の顔色がみるみる驚愕の色へと染まる。

「時計、止まってるみたい……」

 小麦の時計の針は11時を少し過ぎたところで止まっていた。

「また、タイミングのいいところで止まったね……」

「腕時計見て慌てて準備して出てきたのに……」

 肩を落とす小麦。

 時計が止まっていることと、空回りしたやるせなさのせいか小麦がより一層小さく見える。

「ついでに今日時計屋さんに行ってその時計も直してもらいましょう。」

「うー、せっかくのデートなのにごめんね、2人とも。」

「デートて。」

 申し訳なさそうにする小麦にさらりと朝陽は突っ込んだ。

「3人デート!それでいいの!」

 むくれる小麦。

 すでにいつものペースを取り戻しているようでその顔には笑顔があった。

「まあ名称はともかく、行きましょうか、せっかく集まったんですし。」

「おー!」

「うん。」

笑いながら駅へと向かう3人、しかし、朝陽の顔はほんの少しだけ、曇っていた。


 電車を乗り継いで1時間、都市部に出た朝陽たちは様々なお店を回った。

 まずは時計屋で小麦の腕時計の修理を依頼し、その後様々な店を回った。

 服屋ではマネキンが着ている服に小麦が興味を示した。

「あ!見て見て!この服朝陽ちゃんに似合うんじゃない?」

「ちょっと派手すぎない?」

「むしろあなたは私服が男らしすぎるのではないですか?」

「いや、だって可愛いの似あわないし。」

「いいじゃん!ほら着てみなって!」

「可愛い小麦とかスタイルいい茜ならまだしも私はそういうの……ちょ、ちょっと!」

 朝陽は2人に押されて結局試着室に押し込まれてしまう。

 その数十分後、通りを歩く朝陽の手には紙袋が握られていた。

「結局買ってしまった……しかもフルセットで……」

「似合ってたしいいと思うな!朝陽ちゃん可愛いし!」

「そんなこと……ってあれ、茜は?」

 辺りを見回すと、茜はクレープの露天の前で立ち止まっていた。

 ぼーっとしている茜に朝陽は駆け寄って声をかける。

「クレープ食べたいの?」

 茜はハッとして、メガネの位置を直す。

「いえ、食べたことがなかったものですから。いい匂いがするんですね。」

 踵を返し、歩き出そうとする茜の手を朝陽が握り引き止める。

「食べたことないなら体験してみなよ、おじさん、クレープ3つ!」

「いえ、私は別にそういうのは……」

 そこに小麦が駆けてくる。

「あー!ずるい!小麦もクレープ食べる!!もうお腹ペコペコ」

「年がら年中お腹空いてるよね小麦は。買ってあるから平気だよ。……バナナキャラメルでよかった?」

「さっすが朝陽ちゃん!いいチョイスだね!」

 出来上がったクレープを朝陽はそれぞれに渡す。

「はい、これ小麦の。これは茜のね。食べてみて。」

 茜はいただきます、と呟き受け取ったクレープに恐る恐る口をつけた。

 かぷ、と一口。

「どう?美味しいでしょ?」

 笑う朝陽、しかし茜から返答はない。

「あれ?茜ちゃん大丈夫?」

 小麦もクレープを食べる手を止め、心配するように伺う。

 そして茜の表情を見て、何かを思いついたのかニヤリと笑い、背伸びして茜の耳元で何ごとかを囁いた。

「ば!な!なにがです!?」

 その反応を見て小麦はケラケラと笑う。

 珍しく動揺している茜を見て朝陽も笑う。

 そして朝陽は思う。

 やっぱりこの関係は崩れないのだろう、と。

 先ほどのこともきっとうまく言えなかっただけで、感じた違和感なんてものは杞憂なんだろうと。

 きっとこの先も私たちは笑いあえる。

 何も知らない彼女はまだ、そう信じていた。


 あっという間に時間は過ぎ、陽が沈んだ夕暮れ時。

 相変わらず空は曇天のままだが、雨は降っていない。

 人通りの多い繁華街を3人は駅の方向へと歩いていた。

 一歩先を行く小麦が大きく両手を上げて伸びをして振り返る。

「はぁーたのしかった!じゃあ小麦は時計もらって帰るからここでお別れね!」

「いいよ、せっかくだしついて行くよ、ね、茜?」

「ええ、まだ時間に余裕もありますしね。」

 そう言う2人に対して小麦は首を振る。

「いいのいいの、実はちょっとした用事もあるし。じゃ!またね!」

 2人が引き止める間も無く小麦は勝手に駆けて行ってしまった。

「じゃ、2人で帰ろっか。」

「そうですね。」

 そして、朝陽たちの最寄駅も近づいてきた時、おもむろに茜は自分の荷物から小さな紙袋を取り出した。

「これ、よければ。クレープのお礼です。」

「そんな、いいのに!でもありがとう!」

 遠慮しながらも素直に受け取る朝陽を見て、茜は微笑む。

「開けて見てください。気にいるといいのですが。」

 言われて開けてみると、中には星を象ったヘアピンが入っていた。

「綺麗……」

「あなたに似合うと思ったので。」

 その言葉を聞きながらさっそく朝陽はヘアピンをつけた。

 それを見て茜はまた微笑む。

「やはり、よく似合いますね。」

「本当に、ありがとね。いつかまた私もお礼するから!」

「いえ、いいんです。それより、そろそろ着きますよ。」

 車内に降車駅を伝えるアナウンスが流れる。

 駅に着くと、朝陽たちとともに何人かが電車から降りる。

 ホームに降り立った朝陽は少し歩いたところで足を止め、後ろから来ていた茜の方へと振り返る。

「今日の朝の質問、覚えてる?」

 振り返った朝陽と向かう合う形になった茜は黙って頷く。

「私さ、今日遊んで思ったよ。私たちなら大丈夫、きっと、ずっと友達でいられるよ。」

 その言葉に茜は少し俯く。

 朝陽はそれに気づかずに言葉を続ける。

「私はさ、茜の過去に何があったのかよく知らない、もしかしたら友達に裏切られたりしたのかもしれない。でも、私たちなら平気だよって、そう思えるんだ。」

「……じゃ…い……す。」

 朝陽の言葉に茜は小さく呟く。

「もし最近何かあったとして喧嘩したなら謝ればいいし、それは協力するしさ。だから−−」

「そうじゃないんです!」

 茜が俯いたまま叫んだ。

 いつも静かなタイプの茜の大声に、周囲の人間だけでなく朝陽さえもが驚いて、固まってしまう。

「私だって友達でいたい!けどあなたは!何も知らないから……!!」

 顔を上げた茜の目には涙が浮かんでいた。

 今にも泣き出しそうな顔を必死に堪えている。

「え……?」

 普段感情をあまり露わにしない茜の行動に驚いた朝陽は言葉が出てこなかった。

「……っ!」

 茜はまた俯き朝陽の横を足早に歩いて改札を抜けて行った。

 一瞬遅れて朝陽が追おうとした頃には茜の姿はもう見えなくなってしまっていた。

「どうして……?」

 その場に1人取り残された朝陽の言葉が誰かに届くことはなかった。

 

 どうやら天気予報は外れなかったようで、朝陽が駅の改札から出たあたりでポツポツと雨が降って来た。

 雨は次第に強さを増し、今は音を立てて雨が降っている。

 傘をさして、いつもの帰り道を1人歩く。

 −−−−私は何か間違っていたのだろうか。

 −−−−それに、何も知らないって一体。

 後悔とやり場のない怒りが混ざりあい、俯いてしまう。

 ため息が漏れる。

 気がつくといつもの別れ道にいた。

「朝陽ちゃん。」

 顔を上げると先ほど別れたはずの小麦が傘も差さずに目の前に立っていた。

 顔は土気色で、いつもの元気は見る影もない。

 驚いた朝陽は慌てて駆け寄り、傘を差し出す。

「どうしたの!?なんで傘もささずに。」

「あはは、傘、わすれちゃって。」

 元気なくうなだれる小麦は、息も上がっていた。

「時計は?ていうかどうやって追いついたの?具合悪そうだけど平気?」

 矢継ぎ早に質問する朝陽に困ったように笑う小麦。

「ちょっと、しんどい、かな。送ってもらってもいい、かな?」

「大丈夫?施設の人呼ぼうか?」

「平気、歩けるから大丈夫だよ。」

 力なく笑う小麦の肩を抱き、歩き始める朝陽。

 前を向く彼女は気がつかない。

 舌なめずりをする、醜く歪んだ笑顔の小麦の表情に。


 雨が降る中、2人はゆっくりと竹林を歩いていた。

 雨水が笹に当たり弱まるおかげで、雨の勢いの強さはそこまで感じない。

 しかし気温は相変わらず低いままであり、容赦無く濡れ細った小麦の体温を奪っていく。

「ね、ねえ、施設ってこっちの方だったっけ?」

 時間はすでにもう夜と言ってもいい時間であり、不安そうに朝陽は歩を進める。

「うん、こっち、近道なんだ。」

 そしてもうしばらく進んだところで、小麦は自身を支えていた朝陽を振り払う。

「小麦?」

 突然の出来事に朝陽は戸惑う。

「もうね、我慢できないんだ。」

 下を向いているせいで小麦がどのような表情をしているかはわからない。

「大丈夫?やっぱり救急車とか……」

 心配する朝陽を首を振って制し、首を傾げて小麦は嗤う。

「本当に何も知らないままなんだね、家畜としては合格かな?」

 その瞬間、朝陽の体は鉛の海にでも浸されているかのように、重く感じられるようになった。

「な、なに、こ、れ。」

 当時の朝陽が知る由もないが、ワーディングが展開される。

 ワーディング、それはオーヴァード、すなわち超人にあらざるものの動きを制限する、彼らだけの空間を作り出す特殊能力。

 動けなくなった朝陽にゆっくりと小麦が歩いてくる。

「ああ、私の近くにいたからオーヴァードに半覚醒状態なのかな。運がいいのか悪いのか、意識を保っちゃうなんてね。大丈夫だよ、痛いのは一瞬。小麦が感じていた飢餓感に比べたら、なんてことないよ。」

 小麦に先程までの弱った様子はなく、むしろおもちゃやお菓子を前にした子供のようにはしゃいでいる。


 いつもと同じようでいながら、その奥にいつもと違う違和感を、底知れぬ恐怖を感じた朝陽はなんとか身をよじって逃げようとする。

 しかし動けない。

 目と鼻の先まで小麦の顔が近づく。

「な、なんで……」

 その言葉を聞いて、小麦はふふっと嗤う。

「なんで。なんで、かぁ。そろそろしないとって思ったし、お腹もすいたし?」

「な、何、言っ、てるの?」

 うまく言葉が発せない、ワーディングの影響で呂律も回らないのだろう。

 涙目になりながらもなおも問う朝陽の頰を小麦は打ち払った。

 その顔からは笑みは消え失せ、苛立ちの表情のみが見てとれた。

「はぁ、ほんっと理解力のない低脳と話すのって疲れる。アンタとの友達ごっこは終わりだって言ってんだよ!」

 打たれた頰をかばうこともできず、朝陽はそのまま倒れこむ。

 状況が理解できない。

 ただ1つ、わかったのは。

 つい先程まで信じていた友情なんてものは、目の前にいる少女にとってとるに足らないものであった、ということだ。

 信じていたのに、昨日まで笑いあえていたのに。

 自然と目に涙が浮かぶ。

「くすくす、泣いたって遅いのにね。友情ごっこはもうおしまい。はぁ、もう小麦お腹ペコペコ。いただきます。」

小麦の口が朝陽の首筋に到達するか否か、というところで突然小麦は半歩後ろにさがる。

 その刹那、小麦のいた地面が衝撃によって大きくえぐれる。

「朝陽ッ!」

 声とともに茜が突然朝陽の前へと降り立った。

 小麦は茜から距離を取るように、10メートルほど離れる。

「あ、かね?」

 茜は朝陽の方を少し振り向き、そして小麦へと対峙する。

「なんだ、喧嘩別れしたからもう来ないと思ってたのに。」

 憎々しげに呟く小麦。

「長い潜伏期間でしたね、“ハーヴェスター”紅坂小麦。」

「あは、気づいていながら小麦と友達を演じてくれていたんだね、やっさしー!それともバカなのかな?」

 顔を歪ませて嘲笑する小麦を茜は静かに睨みつける。

「あなたに語らう言葉を私はもう持ち合わせていません。私も、あなたとの友情を、まがい物でも、消えてしまう物でも、信じていたかった。」

「あなたは、本当は−−」

 それを聞いて小麦は吹き出し、大笑いする。

「あっはははははは!家畜の考えにでも影響されたの?長く一緒にいたもんね、3年も!私も我慢した!家畜を食べるのを、3年も!」

「いったい、なに、がどう、なって。」

 必死に状況を理解しようとする朝陽に茜は静かに言葉を紡ぐ。

「全て終わらせます、それまで、我慢しててください。」

 言葉とともに茜の両腕が真っ黒で現在の2倍近くの大きさへと変化する。

 それは異形と言うにふさわしい醜い腕で、鱗に覆われた爬虫類めいた腕であった。

 5本ある指からは、鋭く長い爪が伸びている。

 その腕を後方へと伸ばしながら茜は一息で小麦の前まで跳躍し、大きな腕を薙ぎ払う。

 竹を巻き込みながら振るわれた腕は、小麦に当たると思われたが、小麦は大きく跳躍し、これを躱す。

 否、躱しきれず、かすっただけの腕が大きく小麦の脇腹を抉る。

「ぐっ!」

 しかしその傷は、流れ出た血が自動的に修復を始める。

 オーヴァードの超人的な治癒力のおかげだろう。

 小麦はその血を自在に操り、剣へと変化させる。

 それもまた、オーヴァードの能力なのだろう。

 剣へと変化した血液で、茜に斬りかかるも、茜も異形の腕で応戦する。

 一呼吸の間に幾度も剣と腕を交わす2人の光景に、朝陽はまるで夢を見ているような気分になった。

 この世のものとは思えない、まるで映画やアニメの風景を2人が演じているかのような。

 しかし、肌に感じる風や衝撃、耳へと届く音、何より2人の放つ殺気がこれが現実であると言うことを、いやでも実感させる。

 2人の攻防は、永遠のように続くと思われたが、突如として終わりは訪れた。

 腕と剣の鍔競り合いの姿勢から小麦は突如朝陽の方へと転身する。

 拮抗する戦力差を悟ったのか、あるいは朝陽をかばって戦う茜の戦意を削ぐためか。

 地面に倒れた朝陽の命を狙った容赦なき一突き。

「あぶなっ−−」

 茜が言葉とともに跳躍する。

 朝陽の眼前に剣を突き出しながら酷薄な笑みを浮かべる小麦が迫る。

 朝陽は迫り来る死の恐怖に目を閉じる。

 ずぶり。

 肉を刺すいやな音。

 痛みは感じない。

 ただ生暖かい液体の感触のみ。

「大丈夫ですか、朝陽。」

 茜の声に恐る恐る目を開ける。

 朝陽に覆いかぶさっている茜の口からは一筋の赤い液体が流れている。

 口元から滴り落ちる血は、ぽたぽたと朝陽の頰へ滴っている。

 胸元からは赤黒い刃の刀が突き出ている。

 その刃が抜けないように、茜は異形の腕で刃を握って離さない。

「あ、あぁ……!」

 朝陽はその状況を前にただ情けない声を上げることしかできなかった。

「あっはははは!バカだ!やっぱりバカだね!ここまで狙い通りになるなんて!」

 小麦が笑いながら剣を元の血液へと戻す。

 そして血液の剣はすぐさま元の剣の形となって小麦の手に現れる。

 

 まるで茜の行為は全て無駄であるとでも言いたいかのように。

 しかし、それを意に介さず、茜は目の前の朝陽に語りかける。

「落ち着いて、聞いてください。」

「あ、かね、ち、ちが。」

「大丈夫、落ち着いて。」

 そう言って優しく朝陽の頰に手を添える。

 ゴツゴツとした腕の感触、しかしそこに恐怖はなかった。

「私が、一瞬、あなたを動けるようにします。動けるようになったら全力で走ってください。いま、助けに来てくれてる人がいます。事情もその人から聞いてください。」

「あか、ねは?」

 朝陽は必死に声を振り絞る。

 茜はただにこりと微笑んで立ち上がり、朝陽に背を向ける。

 それを見た小麦はまた笑い出す。

「まだ頑張るんだ?」

「ええ、私も初めてここまで命を張るので、戸惑っています。」

 茜は肩をすくめて眼鏡を外す。

「はぁ、めんどくさい。まあオーヴァードの肉も美味しいんだけどさ。」

 小麦はめんどくさそうに剣を構える。

 茜もそれに合わせるように両腕を小麦へと突き出す。

 その瞬間茜の異形の腕から炎が吹き上がり、小麦へと襲い掛かる。

「なっ!」

 予期せぬ攻撃にこう麦が慌てて某世の姿勢をとる。

 その瞬間茜は影を伸ばし、伸びた影が空間を薙ぎ払う。

 それと同時に朝陽の体が軽くなる。

「今です!走って!!」

 茜は朝陽に振り返って叫ぶ。

「でも!茜が!」

「いいから!!」

 茜の気迫に、朝陽は呆気にとられる。

 そして逡巡するが、茜の言葉に従って、2人から離れるように走り出した。

 遅れて朝陽の背後から聞こえる爪と剣のぶつかる金属音。

 走りながら、状況を整理しようとするが、何もまとまらない。

「なんで、どうして?」

 言葉にしてみても何も分からない。

 友人でいたいと思いながら2人のことを何も知らなかった。

 いまはただ、自分を守ってくれた茜の言葉を信じることしかできない。

 雨のせいだろうか、竹林には霧が出て来たようで視界が悪くなっていた。

 それでも、逃げなければ。

 助けを呼んで茜を助けなければ。

 そう思って走り続ける。

 しかし、それも長くは続かなかった。

「まって、どこにいくのぉ?」

 後方から発せられる声、その声とともに体の動きが再度鈍くなる。

「はぁーやっと追いついた。次は朝陽ちゃんの番だよ。」

 なんとか首を回し、その方向を見る。

 ゆっくりと歩いてくる小麦。

 朝陽の命を奪うなど造作もないことなのだろう。

 怯える朝陽をみて楽しむかのように笑っている。

 右手に剣を持ち、左手で何かを引きずりながら。

 何を?

 ずるずると引きずられる人型の何か。

 気づくたくはなかった。

 しかし、朝陽はそれから目を話すことができない。

 胸に大穴が開いた、かつて友人だったもの。

「はい、お土産。オトモダチとの最後の挨拶の時間だよ?」

 小麦は左手に握っていた茜の頭を放す。

 どさりと茜だったものが床に転がる。

「あ、あ、ああああああああああああああああああ!!!!」

 膝から崩れ落ちる。

 声の限り叫ぶ。

 信じられない。

 信じたくない。

「そりゃ手傷を負ってればこうなるよねぇ、ほんとバカ。あとオーヴァードから逃げ切れると思ってるあんたも本当にバカ。」

 朝陽の目の前まで迫った小麦は剣を振り上げる。

「じゃあ、メインディッシュ、いただきます。」

 剣を振り下ろす。

 まっすぐに振り下ろされた剣は朝陽の胸元を切り裂く−−−−はずだった。

 しかしその剣ごと小麦の小さな体が吹き飛んだ。

 いや、正確には吹き飛ばされたのだ。

 小麦が不思議そうに起き上がる。

 そこには、茜のごとく腕を異形に変えた朝陽が、腕を振り切った形で立っていた。

 朝陽は体が軽くなり、思考がクリアになっていくのを感じた。

 茜のような異形の腕、おそらく茜のものを無意識に真似たのだろう。

 この腕をどう使うべきか、この力をどう使うべきか。

 知らない知識までをも頭が予測し計算していくのが分かる。

 それと同時に身を焦がすような欲望も感じる。

 小麦がそれを理解すると同時に、憎々しげに朝陽を罵る。

「ふざけんな!ふざけんなよ!誰がオーヴァードに覚醒していいって言った?あんたはただの家畜なんだよ!」

 言葉ともに怒りに任せて剣を構えて突進する。

 朝陽はそれを片腕で受け止める。

 まるで自分の体でないかのように体が反応する。

「ふざっけんなふざけんなふざけんなっ!!」

 血液の剣による嵐のような連撃を朝陽は異形の両腕で全て防ぎきる。

 上から振り下ろされる剣撃、横からの剣撃、正面からの突きを全て正確な無駄のない動きでいなし、かわし、防ぐ。

「あんたはっ!黙ってっ!アタシに喰われろぉ!!!」

 大きく振りかぶった小麦の胸をめがけて、朝陽は右腕を

 瞬間、違和感を覚える。

 突き上げる?

 小麦は、私より小柄なはず。

 その考えが浮かんだ瞬間、周囲にあった霧が晴れる。

 そして目の前にはにこやかに微笑む茜が立っていた。

 朝陽の突き出した右腕に胸を貫かれながら。

「……え?」

「ヘアピン、よく、似合って、ます、よ。」

 言葉とともに茜が崩れ落ちる。

 茜の纏っていた血の鎧が元の液体状に戻り、意思を持ったかのように動いていく。

「あは、最後まで気づかなかったんだね。まあ仕方ないよ、小麦が特別なだけだからね。」

 血液は声のした方にスルスルと戻っていく。

 今まで朝陽に斬撃を浴びせていたはずの小麦は、少し離れたところで笑いながらこちらを見ている。

 何が起こったか理解できないというふうな朝陽に頭痛が走る。

 やっと正確に働き出した朝陽の思考が、痛みとともに本当は何が起こっていたのかを思い出させる。


 確かに小麦の左手で茜が引きずられていた。

 しかし、それは意識を残しての状態であり、死んでいたわけではない。

 その状態でありながら、茜はなおも朝日へと言葉をかける。

『朝陽、逃げて、こいつは、幻覚を。』

 しかし、朝陽はすでに幻覚状態にあるのか、虚ろな目をしており、声が届く様子はない。

 やがて、小麦の言葉に反応し、絶叫する。

『もう遅いっての、ほら、あんたの死体を見て取り乱して—わぁすごい、覚醒しちゃったね。おめでとー。』

 腕が異形へと変わりつつある朝陽を見てケタケタと笑う小麦。

『そ、んな、あさ、ひ。』

 息も絶え絶えになりながらそれでも友人の身を案じる茜。

 彼女を、血液が包んでいく。

 それはやがて鎧の形を取り、茜の顔以外を包み込んだ。

『さて、怒りに囚われた彼女に最後の絶望を与えてあげよう?それで彼女は最高のお肉になるんだよ。』

 そう言われながらも茜は小麦を睨みつける。

『あなたの望むようにはなりませんよ。なにせ、あなたと違って朝陽は性根が曲がってませんから。』

『……言ってろ。まああいつが弱すぎてあんたの手でとどめを刺す羽目になるかもしれないけどね。』

 小麦の能力で茜は血の鎧に操られるまま、朝陽に攻撃を仕掛ける。

 そして、大きく血で汚れた腕を振りかぶり−−−−

『すみません、朝陽、すきでしたよ、あなたのことも、小麦のことも。』

 そして、鮮血が飛び散った。


「その顔は理解したって感じかな?あははははははは!!」

 小麦の笑い声が響く。

「あ、あああ、ああああああああ……」

 呆然としてその場から動けない朝陽。

 ただ言葉にならない声のみが漏れ出る。

 何も考えたくない、何も理解したくない。

 それでも思い出してしまう。

 あの感情、あの感覚。

 動けない朝日へと小麦は歩み寄る。

「はーあ、とんだ邪魔が入ったけど、家畜もオーヴァードになったしそろそろ……」

 そう言った小麦を突然無数の鉛玉が襲った。

 銃弾の音とともに土煙が舞い上がる。

 しかし、血液で大きな壁を作り小麦は無傷だった。

 だがその顔は忌々しげに歪んでいる。

「今度は誰だよ!!」

 その言葉とともに竹林から女性が現れる。

 両手に拳銃を携えた、くせ毛とメガネとその奥に見える目の下のくまが印象亭な女性。

 彼女は挨拶代わりとばかりにもう一度拳銃の引き金を引く。

 それをなんとか剣で弾いた小麦の顔は驚きの色へと変わる。

「まさか、“ソーテイラー”か!?なんでこんなところにあんたが!」

「そこで無様に倒れてんのは一応弟子でさ、まあ一応、弔い合戦っていうの?」

 そう言いながら引き金を絞り続ける。

 銃弾の一発一発の衝撃に小麦が後ずさる。

 その顔に今までのような余裕はない。

「チッ、流石にあんたが相手じゃ、まだ勝てないか。」

 そう呟くと壁にしていた血液を波のように唸らせてメガネの女性へと襲いかからせる。

 それに対して彼女は銃弾を放ち、波の動きを抑制し、彼女自身とついでに放心状態の朝陽、そして茜を守る。

 そして数十発の弾丸により血の波が消えた後には、小麦の姿はなくなっていた。

「あははははは、またお預けなんてちょと許せないけど、いつか絶対に食べてやるから、首を洗って待っててね、朝陽ちゃん?あははははははは!!」

 姿の見えない声だけが、響き渡る。

「チッ、逃したか。おい、生きてるか。」

 拳銃をしまうと女性は朝陽に向かって問いかけた。

 しかし朝陽からまとも反応は返ってこない。

「わたしが、わたしがあかねを。」

「こいつも使い物にならないか、おい茜。」

 茜を見た彼女は悟った。

 茜はもうすでに事切れていた。

「チッ……馬鹿弟子……あれほど無理すんなって言ったのに……」

 唇を噛んで、俯く。

 そして目を伏せ、少しの黙祷を捧げる。

「弟子になりたいっていうなら最期まで付いてくるのが筋ってもんでしょうが……!先に死ぬ馬鹿がいるか……!」

 その言葉に朝陽が反応する。

 よろよろと立ち上がり、ゆっくりと茜へと歩いていく。

 目を閉じている女性は朝陽の行動に気づかない。

 茜を見つめる。

 胸には痛々しい大きな。

 朝陽が与えた、大きな傷跡。

 それでもなお茜は安らか顔をしている。

 茜そっくりに変貌した大きな腕で、茜の腕を取る。

 目を開いた女性がそれに気づく。

「おまっ!なにしてるんだ!やめろ!」

 しかしその言葉は朝陽には届かない。

 茜の異形の腕を自らの胸へと突き立て−−−−

 そして、朝陽はそこで意識を失った。


 目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。

 朝陽は気絶した後どこかへ運ばれたらしい。

 起き上がると、かけてあった毛布がソファの下へと落ちた。

「目、覚めたか。」

 声のした方向を見ると、メガネをかけたくせ毛の女性がソファの向かいにある木製のデスクの上に座っていた。

「ったく、最近のガキはあれか?義務教育で無茶やら無謀やらをしなさいって習ってんのか?勝手な真似しやがって。」

 そう独り言のように漏らしながら机の上から立ち上がり、湯気の登るマグカップをこちらに差し出す。

 朝陽はまだ混乱しているようで、とりあえずとばかりにそのマグカップを受け取った。

 そして一口。 

 ココアの柔らかな甘みと暖かさが口に広がる。

 そしてそこで思い出す、何があったのかを。

 バッと両腕を見る。

 私服は破け、使い物にならなくなっていたが、体に外傷などは無いようだった。

 ただ一つ、変わっていた部分がある。

 それは肘のあたりまで刻まれている炎を象ったかのような刺青。

 そしてそれとともにもう一つ。

「茜は!?」

 ココアの入ったマグカップを置いて立ち上がる。

 メガネの女性は自らのマグカップを一口飲んで、何事もないかのように呟く。

「死んだよ。アンタもわかってるだろ。」

 改めて突きつけられる真実。

 映像が蘇る。

 わかっている。

 わかっていた。

 でも信じられない。

 でも信じたくない。

 朝陽は膝から崩れ落ちる。

 それをすばやくメガネの女性が支えた。

「おっと、また暴走は勘弁だ。アンタは覚えてないかもしれないけど、気絶した後泣きじゃくって暴走して大変だったんだ、これ以上迷惑をかけないでくれ。」

 虚ろな目で女性の方を見る朝陽。

 泣き出したい、泣いてしまいたい。

 けれど何故だろう。

 泣き出したいのに。

 悲しいと思えない。

「あれ、わたし、悲しいはずなのに。」

 その言葉に女性がやっぱりか、と呟く。

「アンタ、何も知らないんだろう、とりあえずアンタも力を持った義務だ。知らないふりはできない。」

 そして彼女は全てを朝陽へ説明した。

 まず彼女は兵頭香也という名前であること。

 オーヴァード、レネゲイドウィルスという存在について。

 香也も、茜も、小麦もオーヴァードという超人的存在であり、朝陽もそうなったこと。

 香也と茜の所属している組織について。

 小麦の所属していたであろう組織について。

 茜は小麦の敵として潜入していたこと。

 そして、茜の持っていた能力の一部を朝陽が継承したということ。

「−−−−ってわけで、アンタが茜の腕で自殺しようとしたもんだから、運悪く茜の持ってた“イフリートの腕”ってシロモノを受け継いじまったんだ。そしてこいつは。」

 朝陽の腕に刻まれた刺青をなぞりながら香也は続ける。

「アンタのなかの感情を食らう。だからアンタは悲しくないんじゃないか?」

「感情を、食らう……」

 そう呟く朝陽の顔を見て、香也は問う。

「今回の件、正直こっちの采配ミス、というより相手の方が一枚上手だったよ。まさか、名字を少し変えて潜入してるなんてね。んで、これからどうすんだい?」

「どうって……」

「さっきも言ったように、オーヴァードは超人だ、かと言ってアンタが気にするような化け物でもないけどね。まあそういう裏側がこの世界にはある。それを踏まえて力を持ったアンタはどうすんのさ。」

 朝陽は自分の両腕を見る。

 刺青が刻まれた、異形へと変貌する腕。

「私は……」

「もちろん、こっちの組織に無理に入ることはないし、一般人として生きてもいい、ただ−−−−」

「いえ、私ここに入ります。」

 朝陽はかやの言葉を遮って、続ける。

「何も知らなかった、世界のことも、小麦の企みも、茜の思いも。だから私、もう知らないままは嫌なんです。」

 下を向いていた顔を上げる。

「私は、茜のように大切なものを守りたい、だから、もっと強くなって、もっと色々知りたいんです。」

 香也は朝陽の目をじっと見つめ、そのあと肩をすくめた。

「アンタも頑固そうだね、まあいいけど。ただ一つ言っておく。」

 そう言って朝陽の眼前へと顔を近づける。

「生半可な覚悟だと、死ぬから。」

「はい。」

 しばらく見つめあった後、突然香也は人が変わったかのようにゆるやかに振る舞う。

「じゃあ、まずは登録とかしなきゃですねー、とりあえず、ほんぶにいいきましょうかー。」

「え?あ、はい?」

 突然の出来事にあっけにとられながらも朝陽はこうしてUGNの一員となった。


 あれからもう6年か。 

 早いものだ。

 茜、見ててね。 

 次はもう間違えないから。

 きっと大切なものを守るから。

 自分の右腕を見ながらそう誓う。

 するとケータイに着信が。

 中学時代の友人、そして今は同じくオーヴァードになってしまった鈴谷天音すずやあまねからだった。

 多分、今度のことだろう。

 大丈夫、今度こそ。

 失ったものも多いけど、今あるものだけはきっと。

「もしもし、うん、大丈夫。そう、紅坂りんごね。」

 拳を握りしめる。

「もう、絶対に奪わせないから。」




















Data


UGN管理部

兵藤香也担当のUGN部署。過去に大きな失態を犯したとされる兵頭香也のみが配属されている。何を管理しているかも分からない、簡単に言うと窓際部署である。(支部にはしっかり資材管理部門などがある。)

過去にも現在にも所属していたのは兵藤香也一人きりであり、現状手伝い、もとい入り浸りに来ている朝陽や香也を恩師としていた茜の所属はここではない。(といっても茜は香也を師と慕っていたため、直属ではないものの、実質部下のようなものであった。)


収穫者”ハーヴェスター” 紅坂小麦

ブラムストーカー/オルクスのクロスブリード。

紅坂家の少女。紅坂家に置いてタブーとされる子喰い、女喰いを好むため、自ら紅坂家より独立した。

人の肉に慣らされたのち、飢餓感に耐えられず同じ幼稚園に通う同級生を喰らう。その時、友人として「育て上げたものごと喰らう」快感に目覚め、自らと同年代のものと友情ごっこを演じた後、喰らうようになる。それを注意されたため離反。

手塩にかけて育てたものほど美味しく感じるらしい。可愛さ余ってうまさ100倍。その分下手に抵抗されると怒る自分至上主義である。


緋阪茜

ウロボロスのピュアブリード

UGNチルドレンとして兵頭香也に師事していた。

いわゆるUGNチルドレンといった性格で基本的には感情表現などは下手だった。しかし、朝陽や小麦との関わりで友情のようなものが芽生えるも、自身の任務は潜入であると割り切っているため、その友情が永遠のものではないと思っている。

しかしながら小麦を最後まで疑いながらも彼女に対して先手を打てなかったのは無意識のうちに友情を優先していたからである。

ちなみに実は朝陽や小麦より1つ年上である。





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本城朝陽は如何にしてオーヴァードとなったか。(自卓ネタ) @bakudannjin

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