53.5話 覚醒による代償、そしてリンの死
浩介とリンが魔王と交戦している間、師匠こと霧隠葵は
(もしこの記録が事実だとしたら、浩介が危ない……!)
ボス曰く試験も終盤に差し掛かっているとの事。だったら試験会場に居るだろう。そう思い、その道の最短ルートを脳内で地図を広げ再確認する。
(この道なら突っ切れる……!)
師匠、ここでは葵としよう。葵は足の裏と腕、そして頭部にマナを集中させる。足の裏にマナを集中させることにより、速く走る事の他に、水上を走ったり、高くジャンプをする事が可能になる。腕は草木を切り倒し、最短ルートを目指すため。そして頭部は風圧を失くすためである。こうして、葵はわずか30分で試験会場に到着した。
「ハァ……ハァ……、ボス!いらっしゃいますか」
「おぉ、孫よ!よく来たな!」
「……ボス」
葵はすぐに息を整え、本題を口にした。
「知っていますよね?浩介の能力について」
「……嘘をついていたつもりはないんだがのぉ」
ボスは木に背を預け、「気づくのも時間の問題だったのだろう」小さく呟き、深く息を吐きながら目線を葵に向ける。
「力を得たものには必ず犠牲がつきものだ」
「やはり……」
「あぁ、察しの通りじゃ。『覚醒』の代償は『命』じゃ」
文献で見た通りの答えだった。覚醒はその状態になる度に命を削ると言われている。2桁の回数できるかどうか怪しいとも。
「なぜ、儂がわざわざ浩介を異世界に送りこんだかわかるか?」
「……いいえ」
「それはのぉ、お前の友達であるリンが浩介の
「予言……」
ボスは空間を操ることができる。それ故に空間を捻じ曲げる事はもちろん、鞄の中を異次元に送る事などもできる。ライトノベルに出てくるような能力だ。
ボスでも時間を歪める事ができない。歪めたとしても膨大なマナが必要だ。しかし、ボスはふとした時に脳内に見た事のない光景が広がることがある。その光景は必ず起きるというのだ。要するに『未来予知』ができる。
「正確には予知できんがの。何らかの形でリンが浩介の覚醒の犠牲を消し去ってくれるのだろう。しかし、ここでもう一つ儂は予知した」
「それは……?」
「……」
ボスは一瞬躊躇う。それほどに打ち明けたくない予知なのだろうかと思い眉をひそめる。
「……リンが魔王に殺される」
「?!」
「そして、浩介はその出来事が『覚醒』の引き金を引く。しかも前回のと比にならないぐらいのマナが一気に放出される。要するに浩介の身体が極端な『覚醒』に耐えられず死ぬ、という予知も見た」
「……つまり、私はその予知に逆らえば良いのですか?」
「あぁ、行ってくれるか?」
迷う暇もない。葵は即答した。
「はい!」
「よく言った。恐らくもう魔王と対峙しているだろう。間に合えば良いのだが……」
「緊急転移には何分かかりますか?」
「せいぜい30分かかるだろう」
普通の転移では、転移者の意識をなくし時間をかける事により安全に転移できるのだが、緊急転移は意識を保った状態で時間を短縮させて転移する。それにより身体に負荷がかかってしまう。
メリットの裏腹にはデメリットが必ずある。浩介の『覚醒』と同様に。
「わかりました。では、お願いします」
「本当に良いのだな……?あっちでは魔法が使えるかもしれないが……」
「私は、浩介の
「……そうか、では……ハッ!」
ボスは葵の頭に掌をかざし、マナで葵を包み込み異世界へ緊急転移させた。
「すまんな、ベリアルよ……」
---
「こ、ここは……そっか、私、魔王に……」
リンは魔王の魔法により心臓を貫かれ、死んでしまった。
この身体は何で動かす事ができるのだろう。そう思いつつも、フッと起き上がり周りを見渡す。
しかし、周りは真っ暗で何も無い。リンはここが死後の世界なのだろうと勝手に認識した。
「ほんと、色々あったなぁ……。結局お母さんとお父さんにも会えなかったなぁ」
リンは両親に孤児院に捨てられたのだ。だからリンはいずれ1人でも生きられるように、そして、一緒に育った孤児院の子達を
「こう思い返すと、やり残した事がいっぱいあるなぁ」
今さらどうこう言っても、死んでしまってはどうしようもない、そう思った。そう思って自分を納得させたかったが、
「最後まで……守り、たかったなぁ……!」
涙が溢れ出る。
浩介を最後まで守りきれなかった。その事実が死してなお重くのしかかる。
浩介とは同じ両親がいないという環境でシンパシーを感じていた。だからなのか、会って1ヶ月しか経っていないのに守りたいと思った。でも最後、呆気なく殺されてしまった。あれだけ守ると言っときながら守る事ができなかった自分が情けない。
瞬間、真っ暗な部屋に突如モニターの様な物が映り出される。ビクッと驚きながらも反応し、リンはそのモニターの方に顔を上げる。どういう原理なのだろうか。これも魔法なのか?そう思いながらモニターを見つめる。
「なに……これ……?」
そこに映っていたのは、額に角のような異様で異質な物を生やしている浩介と、その目の前にボロボロになって倒れている魔王の姿だった。
浩介の姿を見てリンは、あの状況から魔王を倒す事が出来た事に心の底から安心した。
「良かったぁ……倒せたんだね……っ?!」
リンは浩介の顔、正確には目を見て焦り出す。浩介の目が殺すという行為を何とも思っていない、そういった人と全く同じだったのだ。
「ダメだよ!浩介!そんな感情で殺しちゃ……!」
当然、声が届くはずがない。それでもリンは叫んだ。殺す事を躊躇いも無くしてしまうともう戻れなくなってしまう。そっち側の人間になってしまうという事をリンは知っていた。そういう人を見てきたからだ。
「この映像が魔法なら……私の思いも魔法で伝えられるかな……?」
そんな頓珍漢な事を考えた瞬間に、身体が輝きを放つ。そして、段々と透明になっていく。もう消えてしまうと直感的に感じ取った。
お願い。浩介。届いて……。
そう願い、リンは消えてしまった。
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