「漫画家」がいない世界で

ねこみっく

漫画読みの俺と漫画描きの友人

例えば初対面の人に、

「俺、漫画が趣味なんですよ。読む方」

と、言ったとする。すると返ってくる反応はだいたいこうだ。

そうなんだ、俺も読むよ。何系が好き?なんかおもしろい漫画ある?

漫画読みは一般的な趣味だ。webで手軽に読めるし、時間や場所の制約もあまりない。スマホがあればいつでもどこでも。それに無料だ。

では、例えば、

「俺、漫画が趣味なんですよ。描く方」

と、言ったとする。すると返ってくる反応はだいたいこうだ。

へー、めずらしいねー。

以上。漫画描きはめずらしい。それ以上のリアクションはあまりもたれない。

趣味で描く漫画のクオリティはピンキリだし、ヘタに深入りして感想とか求められると面倒くさい。たぶんそんな感じ。


この世界には「漫画家」がいない。

そんな、これを読んでいる君たちの世界によく似ているけど、少し違う平行世界の話。


「あーあ、漫画だけ描いて生活したいなー!」

就活に疲れた漫画描きの友人はそう言って畳に寝転んだ。だいぶ酔いがまわってきたようだ。

「ばか。そんな暮らしあるわけないだろ」

ごく一般的な漫画読みである家主の俺は、彼に水を渡す。

漫画だけ描いて暮らす。そんなのはこの世界では非常識だ。あぁ、でも、

「パトロン?とか探せばいいんじゃね?」

ごく一部の漫画描きにはパトロンがついていて、生活の面倒を全部みてくれるという噂をきいたことがある。

なぜ噂なのかというと、パトロンがついた漫画描きはwebに漫画を載せないからだ。ただその1人のためだけに日夜注文通りの漫画を描き続けている...らしい。

「パトロンかぁ...いいよなパトロン。巨乳のキレーなお姉さんでさぁ。『あなたの漫画、最高よ』って言ってぎゅーってちゅーってさぁ!」

完全に妄想である。

「じゃあ探せばいいんじゃん。パトロン。巨乳のお姉さんじゃないけど俺はお前の漫画、結構おもしろいと思うよ」

「えぇー?マジでー?」

「養うのはムリだけど、1話に100円くらいは出してもいい」

俺が割りと真面目にそう言うと、彼はずいぶん微妙な顔をした。

「え、えー、あ!でもさ、お前SNSのフォロワー一万人以上いるだろ?全員から100円貰ったらすごくね?」

自分の失言をなんとかするため咄嗟に出た言葉だった。

でもその声が耳に入って脳まで届いた頃には、かなり良い案に思えてくる。

「...いや、マジで。生活はわかんないけど、バイト代分くらいにはなるんじゃね?そしたらバイト辞めて、その分漫画描けるじゃん!」

にわかに興奮した俺が彼の方を見ると、酔っぱらいは既に寝息をたてていた。


さっきは恥ずかしくて「結構好き」とか言ったけど、実は俺は彼の漫画がすごく好きだ。もっとたくさん読みたい。でも描いてくれなきゃ読めない。

俺は彼が「漫画だけ描いて暮らす」方法を真面目に探すことに決めた。

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