その31

債権者集会会場のチェックも終了したし、エレナさんに引率されるようにしてわたしたちケラ高校文芸部御一行は別会場の同人即売会を視察した。


「上中下巻まとめて500円〜!」

「水道屋の実態をレポートした斬新すぎる漫画でーす!」


「わあ・・・噂には聞いてましたけど、結構体育会系のノリですね」

「ほんとだね。スカノちゃん、小説系の同人誌ってどの辺にあるのかな」

「あ。やっぱりサナ部長は根っからの文学少女ですね。えーと。あ、向こうのエリアにいくつか固まってるみたいですよ」


人混みを掻き分けながらぞろぞろと移動する。

そこはなんというか・・・時代概念のまったくない不思議な空間だった。


「さ、内田百間の二次創作本が一冊200円」

「は?」


意味がわからない。どうやって内田百間を二次創作するのだろう。そう思って本のタイトルを見ると、


『ポチや』


とあった。絶句・・・


「粋のいい若い衆。森鴎外に興味はないかね。BGMまであるぞ」


そう言って作務衣を着た年齢不詳のおじさんが、同人誌の脇でガンガン鳴らしてる。


お、これは! わたしの愛するバンドが森鴎外の生涯を実名出して歌うという、日本ロック史上最も文学してる楽曲だ。いや、森鴎外がロックしてる文学、ってことかな?

(注;エレファントカシマシの「歴史」という曲です。森鴎外は最高さ!という、異色の楽曲です)


「ヘイヘイヘイ。太宰を知らずして人生は語れねえよこのクソヤローが」


ものすごく不遜な太宰治フリークがサングラスかけて『人間いろいろ』という薄い同人本を売っていた。演歌じゃないんだから・・・


「おもしろいわねー、ユズル」

「うん。参考になるよエレナ」


面白くないしなんの参考にもならない。

あーあ。

結局入学以来のわたしの悲恋は実りなしか。


「よう、そこのお嬢さん」

「え? わたし?」

「そうだよ、お嬢さん」


声の主を見るとなぜか英国旗のプリントされたTシャツに極細スリムのレザーパンツにやっぱり細い足を通し、踵を履き潰したコンバースという、やや場違いな風貌の青年だった。

ユズル部長とそう変わらない年齢に見える。けれども対照的に鋭い尖った顔立ち。一目でひねくれと反骨を持ち合わせた性格が読み取れた。

それにしてもお嬢さんなんて生まれて初めて呼ばれた。少しだけわたしのテンションが回復する。


「お嬢さんが『ダウンヒル』の再建原案作ったんだろ」

「え。どうして分かるんですか?」

「小説家だからさ」


わ。まるで少女漫画のセリフだ。

でも、嫌いじゃない。


「あなたは小説書いてるんですか」

「そう。これ、オリジナル」


そう言って彼はぱさっ、とモノクロ表紙の冊子をわたしに放った。


げきしずか ネガ』


「『ネガ』さん?」

「ああ。俺の本名だ」

「まさか」

「何言ってる。俺は小説家として生きてる。ならば、ペンを執るときの名前が本名だろう」


カッコいいのか中二病なのか。

わたしは愛想笑いだけしておく。


「それでな・・・ええとお嬢さんの名前は?」

「長坂」

「ファミリーネームはいい。名前は?」

「サナ」

「よし。じゃあ、サナちゃんよ、俺の小説読んでいいと思ったら頼みを聞いてくれないか」

「頼み・・・ですか?」

「ダウンヒルの再建案が通ったら、俺の小説、買ってくれ」


これって、ドラマティックな展開なんだろうね、きっと。



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