その28

缶詰、という言葉がある。マンガや小説の締め切りに間に合わせるため、閉じこもって執筆を続けることを言うようだ。


けれどもわたしたちのこれは、『監禁』ではないだろうか。


「さ、後40時間しかないわよ。仕事しよう!」


エレナさんはわたしたちが高校生であるということを『A市在住』ぐらいの属性としか捉えていない。つまりは全く遠慮会釈ないということだ。


けれどもわたしたちも、ともすれば世間的には後ろ向きに捉えられそうな、『再建』のための作業にのめり込んだ。


「現社長の処遇はどうする?」

「責任を取って解任、でしょ」

「会社もやめる?」

「それが一番わかりやすいけど、実際社長の人的ネットワークでこなせてる仕事もあるわけでしょう? 一般社員に降格、でどうかな」

「うーん。社長がそれで納得するかな」

「してもらうのよ。つまりは自分の責任なんだから」


トピックが作家たちの権利保護・原稿料支払いに入ると議論は更に白熱した。


「中には連載契約のために勤めてた会社を辞めちゃった作家もいるでしょ」

「うん。それも自己責任って言っちゃえばそれだけなんだろうけど」

「せめて未払いの原稿料だけでも支払ってあげられないかな」

「うーん。正直契約の内容が結構曖昧なんだよね。再建計画って債権者全員の公平性がとても重要だから、『何に基づいて支払うんだ』って他の債権者からツッコまれたらキツイよ」


日付が変わった。


債権者集会は明日の13時、ビッグサイトの中ホールでスタート。


わたしたちは作業の速度を上げる。


「社員さん・・・編集者さんたちの意見も聞かせてください」


わたしたちと一緒に寮で缶詰になっているダウンヒルの編集者さんたちも真剣になっている。


「僕ら編集者は読者のために働いている。そのためには良い作品・・・いや、自分が読みたい、これは素晴らしいと思った作品を作家さんたちから引き出すのが夢だった」

「夢?」

「そう。現実は厳しい。自分の貴重な人生の時間の何時間かを読者が使ってくれる以上、何かその読者の手助けとなるような作品を・・・と思っていても実際はすぐに売れて結果が出る確率がきわめて高い作品、という尺度が優先される。まあ、それで採算とって自由にやれる作品もあればいいかな、って程度」

「結局は『商品』ですもんね」

「あの、僕も質問していいですか?」


ユズル部長だ。みんなどうぞどうぞと道を開けるように発言を譲ってあげた。


「編集の皆さんはご自分が小説を書こうって思われたことはないんですか?」


一瞬の静寂。そのあと、ベテランの編集さんがポツリと語った。


「今でも書いてますよ・・・毎日、仕事帰りの終電の中で。スマホとコンパクトキーボード使って」

「そうですか・・・」

「小説は読者の脳というか心に入り込むきわめて特殊な・・・あるいは危険なメディアです。誠実でない作家が書いた場合、とてつもなくネガティブな影響を読者に植えつけてしまう」

「久保田さんの書く小説は誠実そうですね」

「ユズルさんの買いかぶりですよ。でも、誠実に書こうという努力はしてるつもりです。本当はそういう誠実な作品を編集者としてもっと扱ってみたい」

「え。じゃあ、そうすればいいじゃないですか」


わたしは思わず口に出してしまった。


「どうせ再建するなら心機一転。自分の理想を求める同人誌のような出版社にしちゃえばいいんじゃないですか?」


言ってはみたものの、誰も賛同の声を上げない。

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