その26

社長が現れたのは夕方になってからだった。


「いやー、みんな。ご苦労さんだったねー」

「社長、どこ行ってたんですか⁈」

「ん? 映画観に行ってた」

「映画? 何現実逃避してるんですか⁈」

「それは違うぞ。映画を現実逃避の手段なんて言ったらそもそもエンターテイメントに関わる我々を否定することになるだろう」

「映画じゃなくて社長が現実逃避してるって言ってるんですよ」

「まあまあ」


諍いを見るとつい口を出したくなる。わたしの悪い癖だ。


「社長さん。債権者集会って開かないんですか?」

「おー、さすがサナ部長。高校生なのによく勉強してるね」

「ネットの付け焼き刃知識です」

「債権者集会はねえ、明後日だよ」

「ええっ⁈」


今度は社員さん全員が声を上げた。


「無茶苦茶ですよ! そんなの誰も納得しないでしょ」

「一時的に支払いや請求を待ってもらう依頼はさっきの通知で出したが取引先やお客さんの猶予にも限界があるだろう。GW中だが会場も運良く押さええられたし明後日しかないんだよ」

「会場、どこですか?」

「ビッグサイトだ」

「ええっ⁈」

「出版社らしいだろう」

「ふざけないでくださいよ。GWにビッグサイトが使えるわけないでしょう!」

「ふざけてない。フランス映画のプロモーションイベントがドタキャンになったんだよ」

「へえ。なんでですか?」

「15歳っていう設定を演じる主演女優の実年齢が25歳だって発覚したんだ」

「うーん。許容範囲のような・・・いや、微妙か・・・」

「とにかく、それでちっこめのホールが空いた。むしろ感謝されたぞ」


このやり取りの最中、半分ぐらいの社員さんたちが急激に挙動不審になっているのにわたしは気づいた。


「・・・まずいな」

「ああ、まずい。かち合ってしまう」


わたしはまたも率直に訊いてみた。


「何がかち合うんですか?」

「・・・同じ日に大きい方のホールで同人誌の即売会やってるんだよ」

「同人誌?」

「まあ、その、マンガとか小説とか」

「俺、この出版社に勤めてるって同人仲間に隠してるんだよ」

「ああ、俺もだ。評判悪いからな、ウチは」

「あー、わかります。結構ズバッと酷評しますもんね」

「君もストレートな酷評派だね」


まあ、褒め言葉ととっておこう。それより、こんなチャンスを逃すことない。


「あの、社長さん。面白そう・・・いえいえ、すごい社会勉強になるのでわたしらも債権者集会に出ていいですか?」

「いいよ。どんどん出てよ」

「社長!」

「いいじゃないか。サナ部長さんも将来の役に立つだろう」


わたしは将来も民事再生申請するつもりはないけど。


「わたしも出ていいかな? 法律家としてこういう生々しい現場を見ときたいから」

「エレナさんもどうぞどうぞ」


うーん。なんだか面白くなってきた。ただ、わたしは一番気にかかる人を忘れるところだった。慌てて訊いてみる。


「ユズル部長は? 多分ユズル部長が一番色々と発言する権利がある立場だと思うんですけど・・・」

「長坂さんの言う通りだね。小説の権利関係とかこの後の連載がどうなるとか・・・」


次の言葉はやっぱりユズル部長だった。


「でも僕はただ、どんな形でもいいからいい作品を書いて読んでもらえたら、ってだけなんだ」


全員、こうべを垂れるべし。

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