その23

「ユズくん、ポン酢取って」

「はい」

「ユズちゃん、先輩方に鍋取り分けてあげて」

「はーい」


わたしが一年生たちの名前を呼ぶ度にユズル部長がぴくっと反応するのが非常に申し訳ない。


ユズル部長が暮らす学生寮は青海大学の学生寮ではない。わたしたちの近隣県が合同で運営する、その地方出身者に限られる同郷寮だ。。つまりこの寮の先輩方全員地方出身の田舎者ってことだ。


「すみません。鍋パーティ開いてくださるなんて嬉しいです」

「気にしないで、サナ部長。あなたたちの勇気ある向こう見ず精神に乾杯!」


女子ながら寮の自治会長を務めるエレナさんが今日10度目ぐらいの乾杯を発声した。

ハーフの帰国子女でトウ大法学部4年年で司法試験学生現役合格で美人という栄達を極めた属性なのに、行動はへべれけのがらっぱちだ。

まあ、そのギャップがきゅんとくるけど。


「で、ケラ高校文芸部の諸君! キミたちは明日も玉砕覚悟でくだんの社長さんに特攻するのかね⁈」


びしっ、とわたしを指差してエレナさんが詰問する。


「いえ。むざむざ討ち死にはしません。既に戦略は練りました」

「ほう。聞かせてもらっていいかな?」

「はい。スカノちゃん、例のモノを」

「はい」


談話室のテーブルに載ったポータブルコンロをどけてテキパキとPCを起動させる。備え付けのスクリーンを下ろし、照明を落とし、パワポの画面を映し出した。


闇鍋ヤミナベだね」

「秘密会議みたいだ」


先輩方もおもしろがってくれる。


「サナ部長。宴席でプレゼンとはこれまたイキな」

「エレナさん、ありがとうございます。プレゼンターは3年の谷くんです」

「谷です。5分で説明させていただきます」


谷くんが自ら制限時間を設けてすぐに本題に入った。


「地位も名誉も収入もない僕らが唯一持っている強み。それは、『ケラ高校文芸部員』かつ『現役高校生』という属性です」


谷くんは簡潔な言葉で一気に全体像を示す。


「まず『ケラ高校文芸部』自体の強み。それは、

1『下書き・落書きデータベースを持つこと』です。内容は次のとおり。

①過去20年分の先輩が残した小説・イラスト・マンガの正本・下書き・落書きがPDFでデータベース化されている。

②それぞれのデータに本人や他の部員や部外の生徒の感想・コメントも付されている。

③作品に直接関係のないコメントもそのまま保存してある。悩み相談や片思いの相手への告白なんかもある。


・・・ここまででご不明点は?」


谷くんの問いかけに一同、わかりやすい、という空気で答える。


「続けます。僕らが『現役高校生である』という属性の強み。これを2とします。

2『現役高校生である』

①ケラ高校全校生徒に小説ニーズのリサーチが可能。

これは僕らが生身の高校生として集団の中で生活するからこそ可能なことです。アンケート等も即座にできますし、各生徒との日常の交遊から把握するレベルまで応用がききます。

②ケラ高校全校生徒のSNS発信が可能。

もちろん強制はできませんけれども、僕らが作り出す『小説・イラスト・音楽・パワポプレゼン=映像化パッケージ』をいいな、と思ってくれた生徒に拡散の協力を依頼できます


・・・・・以上、1ー①、②、③、2ー①、②を組み合わせて情報をフィードバックしながら、実体のある生身の高校生を相手に、「あなたが本当に見たい映画・アニメ、本当に心打たれる原作小説」を生み出します。ありがとうございました!」


きっかり5分で終わり、ぱっ、と部屋の明かりがつけられると談話室の全員が拍手喝采していた。


「地味な男子と思ってたけど、谷くんやるぅ!」

「理路整然! 斬新! 挿絵の魚介類キャラもかわいい!」

「イラストは手塚さんです」

「みんなで社長の鼻、あかしてやれ!」


いやー、と先輩方の思わぬ高評価に全員で照れていると、エレナさんが締めくくった。


「素晴らしい! みんなほんとに高校生? ユズル、いい後輩持ったね!」

「エレナもそう思う? ありがとう」


ん?


『ユズル』?

『エレナ』??


どういうこと????

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