その21

『連載しましょう』、と社長さんが言った瞬間、机に突っ伏していた物体たちがむくむくと連鎖して体を起こす。


「社長! これ以上新連載を増やさないでください!」

「そうですよ、誰が担当すると思ってるんですか!」

「今年度に入ってからもう新連載10本目ですよ。いい加減にしてください!」

「給料上げろ!」


最後の叫びはなんなのかよくわからないけれども、結構適当に誌面を組み立てていることが瞬時に理解できた。わたしはおずおずと喋り始める。


「あの・・・学生でしかも受験生なんで連載とかなんとかそんな大それたことまでは考えてないんです。ただ、わたしたち文芸部が取り組んでいるプロジェクトにご助力いただけたらと・・・」

「そうそう、彼女もこう言ってるじゃないですか」

「それで、そのプロジェクトって?」

「ネット投稿小説の映像化です」

「なっ⁈」

「できれば書籍化を経由せずダイレクトに」

「正気かっ⁈」

「え、と・・・わたしなにかヘンなこと言いましたか?」

「そんなことできるわけないだろう。書籍化さえどれだけの競争率か。ましてや映像化など!」

「え。なので、書籍化を省略すれば手っ取り早いかな、と。それで、映画やアニメなんかの原作を探してる人たちとのコーディネートにお力添えいただけたらありがたいな、と」

「僕も彼女たちのプロジェクトに共感しました」


ユズル部長が口を開いた。


「後輩ながらとても斬新でなおかつ時代のニーズにも合っていると思います。お言葉ですが、職業としてエンターテイメントに関わる方たちの目利めききをする機会が減っているのかな、と僕は感じています」

目利めきき?」

「はい。もっとピュアな言い方をすれば、『この作品をなんとかして大勢の人に読んでもらいたい』という『情熱』です」

「それが出版社に欠けている、と?」

「言葉が過ぎてすみません。でも、小説に限らず、音楽、映画、漫画といったエンターテイメントの評価は今やすべてがオーディエンスに委ねられています。とても素晴らしいことではありますけれども、『プロ』としての編集者やプロデューサーの方たちが、『これはいい!』とご自身の感性でリスクを取って世に出そうという作品が無くなってきたんじゃないでしょうか」

「事業である以上、できるだけ確実に人を感動させる作品をという義務がある」

「その通りです。でも、僕がずっと触れて来た文学は、『埋もれる人生』を自身がリアルに生きてきた作家たちの作品が大半でした。マイノリティであるその作家たちのマイナーな作品が実は僕の心を打った」

「うん・・・」

「せっかくネット投稿小説という、『生々しい人生を送る作り手』たちが仕事や学業のかたわらリアルに書いているものをプロである皆さんがダイレクトに読み込み、もっと多くの人に触れさせたいと『渇望』するような作品が生まれたら」


ユズル部長がわたしを振り返る。そして言葉を繋いだ。


「文学が消えてしまうことはないんじゃないでしょうか」


フロアが静まり返った。

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