その20
「では・・・・」
わたしは社長さんのリクエストに応え、ペンケースから青色フリクションを取り出してプレジデント・デスクの上に広告のチラシを裏返して、書いた。
指定されたテーマは、『クールに見えて、芯はあったかい』
・・・・・わたしは日日の暮らしに疲れ果ててこの異世界まで徒歩でやってきた。
異世界とは言いながら実際は現実となんら変わらない。
チートなどない。
俺TUEEEEEもない。
意味もなく寄ってくる美少年はいない。
目を開けたら豊乳の女子が佇んでいることもない。
ただただルーティンの仕事と利害関係のある顔見知りに対する社交と気遣い、それから生々しい値段設定のされたカフェ、飯テロ風の大盛り店、日に何回かはお手洗いにも行かなくてはならず、風呂に入らなければ体臭が気にかかる。
「ああ、いいことないかな」
わたしのリアルなつぶやきに反応する大人の男性がひとり。
「お嬢さん、もっと異次元の異世界にお連れしましょうか」
「いいえ、結構です。わたしはここが3回目の異世界転生です。もういい加減どうでもいいです」
「そんなこと言わずに・・・次こそ適当に暮らせる異世界ですよ」
「そもそも異世界ってなんなんですか? 夢のような理想の中で楽しく暮らせたり、困難そうなことが楽々とこなせたりとか・・・でも、ここって毎朝出勤しなきゃいけないし、トラックに跳ねられたら足骨折して入院して保険でカバーできなかったり、食べ物屋さんに入ったら味のレベルがリアルすぎる普通さだったり・・・もう、いいです」
「仕方ないですね。ならば現実世界に戻りましょう」
「え。そんなこと、できるんですか⁈」
「ええ」
「・・・そんな簡単にできるんなら最初から戻してくださいよ」
「いえ・・・何事も満を持してやらないと劇的じゃないですから」
「普通でいいんですよ」
そう言いながらわたしたちはなぜかファミレスの中へ入った。
「なんでファミレス?」
「ここが現実世界に戻る出口なんです」
「へー」
わたしたちは注文する。
「えーと。僕はペペロンチーノとドリンクバー」
「じゃあわたしはミートソースとドリンクバー」
5分かからずに2品ともテーブルにサーブされた。
「どうです、最後の晩餐は」
「・・・温め方にムラがあって冷たい部分もありますけど、まあ、値段相応に普通です。・・・あれ?」
「どうしました」
「これ、アルデンテのはずですよね」
「多分」
「ぐでぐでです」
「はーん」
「こんな柔らかくて、芯はあったかい?」・・・・・・・・・・
タン、と青色フリクションを置く。
社長さんは手にとってチラシの裏に書かれたわたしの『短編』を読む。
「うーん」
「どう、ですかね?」
「うん。連載しましょう。来月から」
「はい?」
意味、不明。
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