その19

「ユズル部長、こんにちは。お世話になりまーす」


文芸部全員でぞろぞろとユズル部長の学生寮に押しかけた。ユズル部長の一言は、


「部長は長坂さんだよ」


そこでわたしは食い下がった。


「あの・・・じゃあ、なんとお呼びすれば・・・」

「え。いや、普通で大丈夫だよ」

「普通、ですか・・・」


わたしの背にじっとりと汗が滲む。


『ユズル部長』というのは、わたしが1年生の時、悩みに悩み抜いて考え出した呼び名だ。

①ユズル、②ユズルくん、③ユズルさん・・・これらの葛藤を乗り越えた先にたどり着いたのが『ユズル部長』だったのだ。それを今更・・・・


「ユズ兄ちゃん、荷物ここに置いていい?」


スカノちゃんは何の迷いもなく、あっさりとこう呼んでいる。


「長坂さん、早速行こうか」

「え。どこへですか?」

「僕がお世話になっている出版社さんだよ」


これまた地下鉄に乗ってぞろぞろと移動する。

去年ユズル部長が準大賞を受賞したネット小説コンテストを主催している出版社は池袋のサンシャインシティ寄りにあった。わたしとしては大手出版社のイメージがあったけれども、オフィスそのものはテナントビルのワンフロアだけを利用しており、意外とこじんまりしてるな、というのが第一印象。

ビルに入る前にわたしは立ち止まった。


「あの・・・その・・・」

「どうしたの? 長坂さん」

「すみません、やっぱり『ユズル部長』ってお呼びしていいですか?」

「というか、長坂さんはそれでいいの?」

「はい。やっぱり一番、お呼びしやすいので」

「ふふ。いいよ」


なんて優しい。

気分がだいぶ上向きになった。

そのままの勢いで出版社のドアを開ける。


「おはようございます」


おー。

ユズル部長の挨拶がなんか雰囲気ある。


「・・・・おは、よう」

「は、よう」

「よう」

「う」


・・・・・・なんだ、これは。


全員、机に突っ伏している。

と思ったら1人だけしゃきんと背筋を伸ばして見たことのないラベルの栄養ドリンクを飲んでいるおじさんがいた。


「おーおー、ユズルくん。この子たちが文芸部の後輩かい?」

「はい、社長」


あ、社長さんなんだ。


「で、どなたが部長さん?」

「わたしです」


わたしはそう言って、ぺこっと頭を下げた。


「で、なに部長さん?」

「長坂、と申します」

「長坂さん? へー」


なんか反応がおかしい。

よく見ると小刻みに手が震えている。

ところが、ごくっ、とその茶色の瓶から液体を飲み込んだ瞬間に、びたっ、と震えが止まった。


そして社長さんはこう言った。


「なんか書いて見せて」

「はい?」


意味が分からない。

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