その14
なんということだ。
わたしは頭を抱えてしまった。
「いや、なんかすみません。僕が部長のことをつい、『かわいー』って言っちゃったせいで・・・」
「いいよ。多分関係ないよ」
「でもやっぱりすみません。僕が部長のこと『かわいー』とさえ言わなければ・・・」
これだけ『かわいー』を連発されると単語の元々の意味がなんだっけ、と思い出すのに一苦労するほどでまったくありがたみがない。
そして部紹介の際の『かわいー!』絶叫事件の余波かどうか新一年生の入部希望者はこの
「ねえ長坂さん。それで
「なんでもいいよ。『部長』でも、『長坂』でも、『おい』でも」
「そんな投げやりな・・・」
手塚さんとのやりとりにも気合が入らない。津野くんがひょいっと会話に割り込んでくる。
「あの。前の部長さんは下の名前で呼ばれてたんですよね?」
「そう。わたしがそう呼び始めた」
「じゃあ、長坂部長の下の名前ってなんておっしゃるんですか」
「
「じゃあ、『サナ部長』で」
「うわ、安直!」
「適当だなー」
部室にいる全員ユズル部長の時のような厳かな感じを誰も醸し出さない。たまりかねて2年の堀田くんが訊いてくれた。
「津野くんは長坂部長のことが好きなんじゃないの?」
「いや・・・単にステージに上がった時のサナ部長がぱっと見かわいいなと素直に思っただけで。特に一目惚れとか恋愛感情がどうとかじゃないです」
わたしは落胆と同時に安堵もした。後輩と面倒な関係になって部活がギスギスするのは避けたいところだ。それよりも、わたし自身にとっての核心をついてみた。
「
「ええまあ。小学校の頃はテストの答案に名前書くのが大変で・・・」
「『ユズルくん』って、呼んでいいかな? あ、いや、どうせなら・・・『ユズくん』って呼んでもいい?」
「はい?」
「いいでしょ? わたしのことも『サナ』って下の名前で呼ぶわけだからさあ・・・」
「長坂さん、それセクハラじゃない?」
「谷くん、固いこと気にしない」
「あの・・・いいですよ」
「ほら、本人の同意を得たよ。じゃ、入部歓迎します、ユズくん」
「はい、ありがとうございます」
『ユズくん』・・・わたしは呼んでみてゾクゾクする。ユズル部長本人にはとてもユズくんなんて呼べないからせめてこのいたいけな一年生を代用にしよう。名前を呼ぶためだけの。
「あの・・・」
わたしたちがなあなあな空気感で無駄話を続けている時、入り口に女の子が立っているのにようやく気付いた。わたしは声をかける。
「ごめんなさい。あなたは?」
「一年生です。入部したいんですが」
「え、ほんと⁈ ありがとう! 歓迎するよ。お名前は?」
「
ユズちゃんだ!
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