その10
ユズル部長は、とても静かな声で続けた。
「最初は父親も母親もそこまで心配はしてなかったらしい。医者も万全を期しますからあまり神経質にならないようにって言ってたんだって。ばあちゃんだけだね、心配してたのは。氏神様と橋の近くにあるお地蔵さんにお参りしてた」
遮るのは憚られたので、そのまま彼の声に心を傾けた。
「でも結局、ばあちゃんの心配が正しかった。帝王切開になって、執刀医が実際に処置しようとすると母子ともに危険な状態で、特に僕の衰弱がひどかった。このままじゃ2人とも助からない、っていう状態で、先生たちは、”この子には申し訳ないが”、と母親を生かす決断をした。そしたらね」
「はい」
思わずわたし1人だけ返事をした。
「・・・そしたらね、母さんがね、”わたしは、いいです”、って言ったんだって」
「・・・・・・」
「意識もうろうとしてるなかで、”いいです”、って。先生たちが相談する内容が分かったのかどうか分からない。自分の意思だけで物理的な方法も無しに死ぬことができるのかどうかも分からない。でも、その後、脈が少しずつ弱まって、死んだ。医者は僕の蘇生に全力を尽くした」
「・・・お母さんはその時いくつだったんですか」
「28才」
”28さい”、と発音する語尾がしゃくれていた。
ユズル部長は声を元のトーンに戻す。
「父親に訴訟を勧める人もいた。でも、医者から母親の死ぬときのこの話を聞いて、訴訟なんかしなかった。医者は真面目な人だった。僕は今でも年賀状出してるよ。母親の自死の話を父親にするかどうか迷ったんだって。まるで自分が言い逃れに作り話してると思われかねないかって。でも医師と言う仕事の職責として事実を伝える、と。僕のためにも」
「だから”
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