281-290

281


街の電話線がなぜ家々を銀河のかたちに繋ぐのか誰も知らない。銀河のかたちがなぜ渚の巻貝の螺旋に似るのかも、巻貝のくちを耳にあてれば電話は何を訴えるのかも。



282


今夜砦には将軍がお越しで、だからここで一番腕のいい賄いを呼んできて、と、それが私の初仕事だった。八歳の夕、砦の厨房では賄い婆が、塩のスープを煮込んでいた。婆は鉄と爆薬に囲まれていた。枯木に似た指で匙を握り、こんなことはいまに終わるよ、いまに終わるよと泣きながら。



283


さんじゃは寒い土地から来た。寒い土地で鹿を追い立て、雪を積んで暮らしてきた。さんじゃは寒さを知らなかった。あれが寒さ、あれは寒い土地だったのだと南に来てから知ったのだ。さんじゃは南に追い立てられて、雪を積まない冬を過ごした。私に楠茶を淹れながら、鹿の腑の熱さを懐かしんだ。



284


川床で金を淘げるアレグリア、おまえの首の金の飾りを、おまえはその手で紡ぐが良い。



285


向こうで人が踊ってる。ばら色の頬したふたりが、芝生にシーツを干しながら。私は私の車窓から、踊りに節をつけてあげる。飴色の木枠にもたれて、頬杖ついて口ずさむ。二度とは望めぬ朝陽の田園、キスをするふたりが遠ざかる。ああ、向こうで人が踊ってる。まばゆい風を孕んでる。



286


笹を刈り、干して茶をつくれば生きていかれるというけれど、笹を刈る時どんな気がするのか皆知らないのだ。山河を覆って見尽くせぬ群れ、腰丈の笹硬い笹。笹、笹、笹。兄は鎌持て気が触れた。笹を刈り干せ生きるため、ハハ! 笹茶の味も知らないくせに人のいう。



287


夜になると港には無数のさかなが出る。黒い水なかに刃のように、ぢらぢらぢらぢら背が光る。浜にゆけば出る千鳥らは、あれは親をたずねて鳴くものだが、さかなには……さかなには父母がない。



288


年の離れたいもうとは庭の隅に瓦礫を積んでいる。誰の家のものなのか私にも教えてくれない。



289


それには及ばない、と叫ぶ声が聞こえ、何かと見れば高椅子の根元、酔った詩人がうずくまっている。追い出しますか? いや、いいよ。店長は肩を竦めてまたグラスを拭きだした。そいつはそのままありったけの詩をがなりたてた。むかし凍えたことのあるような口ぶりで、破調、破格、絡げるふうに。



290


愛した女に形見の靴を渡されて、履いて歩いていたからどこにも行けなかった。踵は合わない靴に疲れ果て、道は必ず行き止まりだった。しゃがみこんだ私に足が訴える。これは私の靴じゃない、他人の靴ではどこにも行けない。ああそんなこと、私にだってわかってる、わかっているのだ。

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