殺しの楽園(完)島からの手紙
こめかみから伸びる二本の触角アンテナが窓ガラスに映っている。女子校時代の制服を利用したガン・クラブ・チェックの放熱スカートの背後にしゃがむ、工学エンジニアの岸崎めぐみは、隅に〈スターダスト〉と記されたプレートを彼女の背中に装着し、シャツの背中のボタンを閉じていった。やがて触角が持ち上がり、「どうも、博士」とマリリン・スターダストが言う。ここは日本中野大学の女子寮、〈涼風〉の四人部屋。
「一人部屋はなかったのかよ」二段ベッドの上から見下ろすヴァニティがつぶやいた。彼女は現在、中野大学の転入生ということになっている。寝ぼけ顔の学生証にはなぜか、人文科学科・民俗学専攻と書かれていた。「俺がここに誰か連れ込むたびに、作業着姿のメンテナンスが入ってくる、ってのはぞっとしねえな」
座卓の周りにしゃがみながら「もしや、私をバカにしてるんですか?」とマリリンが聞いた。
「いいや。しょせん人間様の方が優れてるってことだ」
「いつも通りの思い上がりで安心しました。一日に八時間程度も電池切れになってる生物の言うことだけに、神妙なニュアンスがあります」
「ここ最近、毎日なんだけど……」猫王が小声で岸崎に聞いた。
工具箱を持ち上げ、「会話はAIの訓練になる」ドアに向かう。
「お前なんか、すこし出来のいいトースター程度のもんだろうが」
「八億歩譲って、私がトースターだとしましょう。私はパンからトーストを作る。貴方がトーストから毎日作ってるのはただのクソです。どっちが立派なのか、貴方の頭脳でも分かりますか?」
猫王が「異常に口悪くなってる気がする」と言うと、酎ハイの缶を座卓に置いて、砂肝をつつきはじめるフロップ・クォンタムが(うん)と小さくうなずいた。いったん部屋から出た岸崎が、ドアの郵便受けに入っていた封筒を誰かに渡そうとして、ロッカーの脇に立っていた白い直方体ロボットの上に乗せた。卵型の脚をころころ回して、猫王の元へ向かっていく。
「そういや」猫王が、「こいつの名前、考えてたんだ」
「どんなの?」ヴァニティが聞いた。
「〈トーキョー・フェイザー〉にいたから、略してトーフってのはどうかな」
宛名はなかった。押してある印は太陽十字、〈千年同盟〉の紋章だ。中から出てきたのは、ずらずら並ぶ人名のリスト、二つ名とランキング付き。二枚目に、手紙が添えられていた。
――
拝啓
《泥棒》桐島猫王 様
《チンピラ》ヴァニティ・ヴィンセント 様
猛暑が続いておりますが、皆様にはますますご健勝のことと存じます。日頃より御高配を賜り、心よりお礼申し上げます。我々が、島の順調な運営を続けられるのも、皆様のお陰と感謝いたしている次第です。定例のランキング更新のお知らせを送付させていただきます。
なお、今月をもちまして、ルールブック「失格行為:イベント中に使用される薬物について」の項目に、若干の変更が加えられました。今後、島にいらっしゃる皆様には、ぜひともご注意を願います。貴下の何よりの活躍を、今後とも祈らせていただきます。草々
――
「よかったな」覗き込むヴァニティ。「《コソ泥》から、コソが抜けてる」
「なんせ、あのベンウェイ・バロウズから盗んだんだから」猫王が言った。
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