殺しの楽園(11)リザレクション

 暗闇の中で目を覚ました彼女は、自分でも信じていない死後の世界にやってきたのかと思い、そのためにいささか困惑した。スイッチを押す音がして、部屋が明るくなると、桐島猫王がドア枠にもたれて彼女を覗き込んでいた。清潔な白い部屋のベッドに寝ているヴァニティの腕には、点滴が繋がれている。「猫王!」透明な管を引き抜きながら、ベッドを飛び降りたヴァニティが、猫王を壁に突き倒した。「俺を殺しやがったな! あれ、えーっと、でも生きてんのか……どういうわけだ、説明しろ!」

「君の首に打ったのは、毒じゃない」猫王は言った。「仮死薬〈Saurian X-47〉だ」

 首をひねるヴァニティに、猫王が解説する。〈Saurian X-47〉とは、ベンウェイ・バロウズが、旧友のティモシー・ネオを脱獄させるために作った薬のことだ。作っている途中にティモシーは獄中で病死したが、薬はこっそり完成していて、ベンウェイはそれを自分が捕まったときに使った。〈Saurian X-47〉を血管内に注射すると、心臓が停止し、肉体が一時的に仮死状態になる。霊安室に移動された死体が、刑務所内部の仲間の手で蘇生され、脱獄したベンウェイは、ゴールドマン諸島に亡命した――ここまでが、フリップの「特ダネ」と以前に調査した薬の情報から、猫王が組み立てた仮説。序盤早々にベンウェイが死んだ状況のうさん臭さから考えると、今回のイベントでもベンウェイはこの薬を使っているだろう。金庫の中で死んだふりをして、参加者がそこそこ消えたところで目を覚ますと、だいぶ有利になっているはず……実際、その通りになったのである。

「あのカウントダウンする箱、ベンウェイが入ってたのか」

「当たり」

「どうして殺っとかなかったんだよ?」

「薬が完成してるか分からないのに?」

「なるほど……」ヴァニティはあたりを見回した。「ここはどこだ?」

「日本にようこそ――不景気・自殺・自己責任のすてきな国だ。この部屋は〈スター・フォース〉地下基地の医療室。しばらくしたら面接がある。食えるうちに食っといて、栄養をつけとくといい」

 二時間後、ヴァニティ・ヴィンセントは蛍光灯の唸りが止まない尋問室で、特殊心理学者:佐川茂呂の執拗な質問攻めに答えることになった。名前は? 年齢は? 性別は? 出身は? 政治的信条は? 動物を飼ったことは? 日本に仕えることについて、どう考えるか? 友人が人質になったときは、敵に情報を漏らすか? すべての回答について、拷問器具のようなヘッドセットを通して、佐川の眺めている液晶モニターにリアルタイムで自動記録中の脳波が流れている。眼鏡の反射から観察するヴァニティは理解していなかったが、下部の波形は嘘発見器の返す結果だった。猫王が「面接」と言うわけが彼女にも分かった。これは一種の入社試験なのだ。最後の質問――〈イマン・ザ・シス〉の名簿リストがある場所を知っているか? それはどこにある?

 医療室の緊急隔離ルームで二日間を過ごしたヴァニティ・ヴィンセントは、ついに〈スター・フォース〉の中央オフィスに通された。ずらりと並ぶ職員たちの中から、一歩前に出た猫王が、花束を渡す。

「仮採用だ」ヴァニティは職員たちの拍手に包まれた。

 新しく設置された自分のデスクに座って、椅子をくるくる回しているヴァニティの元へ、さっき死んだばかりのゾンビみたいに髪を顔に垂らした、生気のない紺色ジャージ姿の女の子が近づいてきて、デスクの上にメロンパンを直に置いた。彼女の背中を叩いたヴァニティが「あの……」と言うと、彼女は、

「パン」

 と言って、逃げるように去っていった。元素周期表付きのマグカップを持っていた背後のフリップ・クォンタムが「新記録だ」と言った。「午前中に二文字も喋ったのは初めてだよ。あの子はフロップ・クォンタム。僕の双子の妹だ。ずいぶん気に入られたみたいだね、ヴァニティ」

「これ、なに?」

「彼女なりの求愛行動だろうね。あくまで僕の分析だけど」

「吐くほど甘い」メロンパンを齧りながら、ヴァニティは言った。

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