殺しの楽園(09)墜落

「――あとで説明する」肩を叩くヴァニティに、猫王が言う。

「敵か味方か、それだけ教えてくれ」

「敵。殺す」

「これだけ秘密にしてきたんだから、策はあるんだろうな」

「プランB」

「つまり?」

 雷が炸裂して、上層回廊で向かい合う三人を照らした。

 静まり返る通路。猫王が口を開いた。「ノープランだ」

「OK」ヴァニティが言った。「あとでお前も殺す」

 ナイフを抜いた猫王が、通路を一歩、踏み出した。

 ベンウェイ・バロウズが白衣を翻し、内部の革ホルダーに仕込まれていた注射器を投げてくる。

 かがんだ猫王の頭上を過ぎる注射器をヴァニティが空中でつかまえ「反射神経だ」と投げ返し、彼の首に刺さったところでReia000042bXを飛び越えた猫王がベンウェイの足首を蹴り払い、倒れる頭がカーペットに激突。注射器の押子を叩かれ、青緑色の薬物がベンウェイの血管内に流れ込む――猫王が、白衣の背中をナイフで突き刺した。

「離れろ!」ベンウェイの手が、サージ・ガンを奪うのをヴァニティは見た。

 持ち上がった腕を猫王が押しのけると、ベンウェイは彼女をつかみ寄せて窓ガラスに叩きつけた。灰色の空に亀裂が入り、脳が揺れた。また叩きつけられ、口内が血の味、破壊音、なだれ落ちていくガラスの残像を巻き込むように、ベンウェイ・バロウズは自ら外へと転がって猫王を道連れにしようとした。

 天井から壁を回って駆け寄ってくるヴァニティに猫王は気づいたが、その一瞬前に、体を支える感覚がなくなった。

 ヴァニティが窓際に飛び込み、猫王の腕をつかまえる。体重がかかった瞬間、ベンウェイ・バロウズが猫王のスーツから振り落とされ、灰色の霧の中へ墜落していった。猫王が伸ばしたもう一本の腕を、ヴァニティがつかまえるが、目を閉じている猫王の腕から、しだいに力が抜けていき、「ウソだろ、おい――」脳震盪中の猫王の意識が揺らいで、二人の肌の間に雨水が滑り込み、互いの手が、ずるりと離れた。

 桐島猫王は四十七階から真っ逆さまに落ちていった。

 雨音が立ち昇ってくる。霧の中から激突音は聞こえなかった。

 ヴァニティ・ヴィンセントは、自らの手を、そこを滑り落ちていった彼女の残像を、呆然と見つめた。

 終わり? これで終わりなのか? こんなにも呆気なく?

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