殺しの楽園(03)共闘戦線
猫王がまず向かったのは、ヴァニティのいる404号室。「《銀星》がエレベーターに向かってる。北口階段から回って」フリップの指示通りに廊下を進んでいく。二つ目の薄暗い踊り場で、青白い顔が浮かんでいた。蛍光灯が背後で瞬いて、それがスマホを覗くスキンヘッドの黒人男の姿だと分かった。イライザ・ドリトルの実況が鼻にかかった声で端末のスピーカーから漏れている。目のあった男が、猫王に笑いかけてきた。
「当然のことではあるが」四階の通路を歩きながら、「賭けに出た奴が、自分の選んでない参加者を消しにくるってシナリオもあるな」
「君はいつだって前向きだね」
「数少ない長所ってやつさ」
ヴァニティはまだ部屋の中。猫王はドアをノックした。
ベッドに腰かけ、呆然とテレビ画面を眺めていたヴァニティが、構えていた銃をドアに向ける。「どこまでが罠なんだ。ヤカモトの野郎か、お前か、この島ごとか。あんたらの組織は報告書を長ったらしく書くことに性的興奮を示すとしか思えない異常に手の込んだ殺し方をすることで有名らしいじゃないか。俺のリストにそこまでの価値があるんなら、絶対渡してやんねえからな。少なくともお前ぐらいは道連れにしてやる」
「〈イベント〉に我々は関与していない」
「証拠は?」
「ない」猫王はドアの真正面。「だが、信じてほしい。二人協力しないと攻略は不可能だ」
向かってくる、フリップの声。「分かってんのか? この状況――」ヴァニティは覗き窓の小穴から通路を見やった。猫王の顔がすぐ間近にあり、とっさに彼は引き金を引き、ドア越しに続けざまに三発撃った。
猫王は、覗き窓に向けていた顔写真を手元に引いた。すかさずドアが押し開けられて、彼はドア裏の死角へ回り込もうとしたが、その背中に猫王が指を触れて「銃を捨てろ」と言った。ヴァニティの動きが止まり、彼は足元に落とした銃をつま先で悩ましげに動かしたあと、そっと背後へ蹴った。
「助かったよ。丸腰で来たもんでね」
ふり返ったヴァニティ、和ゴム鉄砲ぐらいしか飛ばせなさそうな指の銃を猫王がこちらに向けているのを見て、呆気にとられる。猫王はヴァニティの銃を右手に持ち替えた。そのとき、二人の腕輪が同時に振動した。ルールブックにも書いてあった、ヴァイブレーション通知機能だ。赤いランプの一つが点滅し、しだいに消えていく……404号室から巨大な歓声が聞こえてくる。猫王は部屋におそるおそる戻るヴァニティを追いかけた。イライザの実況――「ランク17位の《銀星》トマス・ゴードンが、最上層のベンウェイ・バロウズを撃破! いやあ、スイートにカメラが通ってないのが残念です。おっと、監視ドローンから映像が入ってきました」一時停止、拡大されて輝く粒子のガラス窓、その中心にぼやけた姿のトマス・ゴードン。彼は反射して見えない部屋の奥に向かって一発撃って、彼の足元に血が飛び散った。スロー再生でご覧ください、もう一度……
「いくら協力して勝ち残ろうが」ヴァニティが顔を上げる。「最後にはどっちか殺さないといけないんだぜ」
「それまでに攻略方法を考える。もし見つからなかったら」
猫王は拳銃をヴァニティに返した。
「君が私を殺せ」
ヴァニティはリボルバーの弾倉を開いて、弾が入っているのを確認した。
「どうして――」
「信用してくれるか」
「もし裏切ったら、こうしてやる」左手の中身を指ではじいた。
猫王はそれをベッドに放り投げる。ジェド・カモサカと隅に記載された、顔面を撃ち抜かれ、焦げ跡が皆既日食のように放射する顔写真がシーツの上に落ちる頃には、二人はもう部屋を出ていた。
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