殺しの楽園(02)八人の殺し屋
注射を射たれ、目が覚めてもまだ、麻酔銃の睡眠薬が重たく脳に響いている。イーグルス・ホテルの自室内で、グレースーツの男の説明を朦朧とした頭で聞きながら、桐島猫王は目の前にある用紙を眺めていた。自分がそれを持っている、という感触がしなかった。
――
イベント参加者一覧:
《ドロッパー》ベンウェイ・バロウズ ランク5位
《銀星》トマス・ゴードン ランク17位
《フルメタル》Reia000042bX ランク21位
《ラストサムライ》山下健吾 ランク56位
《虚囚》李龍仙 ランク193位
《老師》ミン・イップ ランク402位
《親の七光り》ヴァニティ・ヴィンセント ランク1995位
《コソ泥》ジェド・カモサカ ?
以上、八名
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用紙の上に重なるのは八枚の顔写真。それを扇形に広げていく猫王の手首にはいつのまにやら、銀色の腕輪が装着されている。「無理に外すと爆発します」と、いつ聞いたのか思い出せない。眼前のグレースーツの男は〈千年同盟〉騎士団の太陽十字の紋章を胸につけていて、猫王に〈イベント〉のルールを説明していた。「今回の会場はイーグルス・ホテルの敷地内、制限時間は日没まで。失格の条件は、死亡すること、イベント終了より前に会場内から脱走したり、故意に腕輪を外そうとすること、等。詳しくはこちらのルールブックをお読みください。参加者の殺害方法に制限はありません。失格を逃れ、参加者最後の生存者になった者がイベント勝者となります。開始時間は、十四分後の十三時からです。それまでこの部屋の中でお待ちください」
「いろいろと気になるが……」猫王は頭を掻いた。「いつ私がこんなバトロワやるっつったの」
「入国管理局で説明されたと思いますが、突発的な〈イベント〉への強制参加が入国の条件となっております」
「参加を拒否した場合は?」
「腕輪内部の毒針が注射され、ごく一部の例外を除いて、自動的に失格となります」
「参加者同士が合意して、戦わないって決めたら?」
「制限時間が終了しても複数人の参加者が生存していた場合、参加者全員の腕輪から毒針が注射されます。この場合には、仮に毒に耐えきった生存者が存在したとしても、規定により失格となり、ルールブックに記載されている懲罰の後、死刑が執行されます」
「参加者はどうやって選ばれてる?」
「厳正な抽選によるものです」
「だから、その抽選の方法――」
「お答えできません」
「この腕輪はなんなんだ」
「イベント参加者の位置測定と、生命反応測定を行うものです。側面の八つ並んだ赤いランプをごらんください。点灯しているランプが生存している参加者の数です。参加者の生体反応が消滅するごとに、一つランプが消えます。腕輪はイベント終了時に解除されます」
「この《コソ泥》とか、二つ名って、誰が決めてるわけ」
「お答えできません。ランキング上位になると、自分で設定することが可能になります」
「君をいまここで殴ったら? それもルール違反?」
「参加者以外を対象とした暴行および殺人は、イベントの失格条件に該当しません。ただし、個人的な忠告を付け加えれば、そのような行為は多くの場合、イベントの勝ち残りを非常に困難にします。幸運を祈ります。本日、二階のレストランでは、新鮮なサシミを用いたアンドロイド女体盛りをお試し期間の特別料金で楽しむことができます。よろしければご利用ください。それでは」
男が部屋を出ていったあと、猫王は眼鏡のつるに触れながら「聞いてたか?」と言った。
「女体盛りだって?」
「もっといろいろ言ってたろ」
「〈イベント〉の話? やっぱそっちね……」ヘッドセットに話しかけるフリップが、薄いシロップになったかき氷を吸い込んでから、「フリーランドTVは大盛り上がり、視聴者数と賭金総額がうなぎ登りだ。君のオッズ大穴だよ、1000倍ちょい。残念ながら実績がないからね。いま実況がカウントダウン中」
「ヴァニティはリストを持ってなかった」
「そこだ、問題は」
「生きて帰す必要があるが、今回〈イベント〉の勝者は一人だけ」
「無理ゲーとしか言えないね」
「島外脱出ヘリは?」
「十五時に山頂――なに、トンズラしようって思ってんの? まじめな話、今回ばかりはミッションより生き残りを優先した方がいいと思う。こっちには僕って目と耳がある。だいぶ有利だと思うよ」
「予備経費が10000$ぐらいあったよな」猫王は言った。「全額、私に賭けろ」
「なんでよ?」
「保険」
「説明になってない気がする」とは言いながらも、フリップ・クォンタムはラップトップからフリーランド・ネット経由で専用口座にアクセスし、送金用意をした。「いいの? マジ? 報告書は君が書いてよ?」
「締切ギリギリで振り込んどけよ。ついでに気になることがある」
「ベンウェイ・バロウズ? うちが〈451事件〉で関わった……」
「そう。こいつ確か、死刑囚のはずだろ? どうしてこの島に――」
「偽者か、替え玉を捕まえさせたか」
「それを調べろっての」
「本部に連絡を取ってみるよ」
桐島猫王は顔を洗い、上着をきて、ストレッチ運動をして決戦に備えた。不思議なことに、感じるべき恐怖の感触がまったくといっていいほど存在しなかった。目覚まし代わりに射たれた覚醒剤ミックスのせいかもしれない。テレビをつけた。どのチャンネルも今は〈イベント〉一本オンリーだ。司会者のイライザ・ドリトルに紹介されていく殺し屋たち、チンピラたちの雑な盛り上がり、遠く離れた集会場ではピエロが次々と立ち回り、ダークホースの猫王はただ一人ランクなし。視線を手元に戻し、八枚の顔写真を順番に眺めていく。最後の一枚はジェド・カモサカ、フォトジェニックさの欠片もなく、こいつ誰だって感覚が自分見ながら渦巻いていく。テロップの数字が減っていく。秒数の微細な崩落、音もなく、戦争が始まる。
猫王は写真をスーツの内ポケットにしまった。会場のスクリーンが2×4の監視カメラに切り替わった。標本のように区切られた参加者たち、右上隅のベンウェイの部屋は最上層スイートでカメラはなく黒塗り。ヴァニティ・V・ヴィンセントがテレビから会場にふり返り、中指を立てた。無音の声は「マザファッカー」。
十三時になり、ドアの鍵が自動で開く音がした。
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