Honey sweet fang

 膝の上でネコが寝ている。

 至福の時である。

 普通なら。


 しかし、そう一筋縄にはいかないのが浮き世の辛いところ。

 例えば、ウチのキジトラは、前回も書いた通り肥満のネコであるため、正直に言って重い。

 私が夕飯の後でソファに座り、ふんぞり返って本など読んでいると、どこからともなくネコが這い寄り、挨拶もなしに膝に飛び乗ってくる。


「おいおい。にゃんとか言いなさいよ」

 私のそんな声を気にするでもなく、ネコは座り心地を確かめるように私の腹を踏み踏みし、(やめて。お腹はやめて。食べたばっかりだから!)やがて背を丸めて香箱を組む。

 かわいい。

 だが、重い。


 私の膝は十分後には痺れだし、三十分後には感覚を無くしていく。

 ネコは気にする様子もなく、幸せそうな顔で寝ている。

 かわいい。

 だが重い。


 しかし、このキジトラはまだ行儀のいいほうなのだ。

 寝ている間は大人しくしているし、私が限界を感じ立ち上がろうとすると、それを察して直ぐに退いてくれる。


 問題はもう一匹の白猫だ。


 ある日、私が夕飯の後でソファにふんぞり返りスマホなど弄っていると、「にゃん」という声と共に白猫が膝に飛び乗ってきた。


「おやおや、きちんと挨拶をするとは感心なネコだ。撫でてやろう」

 私は白猫の頭を撫で、顎をさすり、尻尾の付け根をかいてやった。

 ネコは気持ちに良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


 やがて、くてん、とひっくり返ると、両手をくにゃっと曲げたポーズで腹を見せてきた。

 ネコの瞳(右が黄色、左が青のオッドアイだ)は真っ直ぐこちらを見上げている。


「何だコイツ可愛いな」

 私はさらに撫でくり回してやろうとその腹に手を伸ばした。


 そして、次の瞬間。


 ガブゥッッ!!!


 ネコが噛みついた。

 甘噛みではない。

 ガチなやつだ。


 さっきまでの甘えた顔はどこへやら。

 まんまと獲物を捉えた肉食獣そのものの形相で、鼻息も荒く私の手にかじりついている。


 こいつ、さっきまでのは全て演技だったのか!?


 私は俄にパニックに陥り腕を引いたが、四肢の爪全てを私の腕に食い込ませたネコは引き下がらない。

 咄嗟の判断で逆に手を押し付けることでネコは漸く私の腕を解放してくれた。


 その時の私の腕の様子を細かく描写すると、本作品のタグにつけた「ほのぼの」キーワードに反してしまうためここでは割愛するが、少なくとも大の大人が涙目になったことだけは記しておく。


 その後も白猫は時折私の膝の上に乗ってくる。

 私は「来たな……」と警戒するが、最初のうちに甘えた態度に出るのはいつものことなのだ。

 私もそこまでは普通に可愛がる。


 やがてネコと私の様子見のようなやり取りが終わり、ネコがひっくり返って腹を見せる。

 二人の間に緊迫した空気が流れる。


 私が手を伸ばす。

 ネコがそれに食らい付く。


 私が手を引くのが早いか、ネコの爪牙が我が掌に突き立つのが早いか。


 今日も私と白猫の勝負が始まるのである。


 ……勝負という割りに、互いに負ってるリスクが違い過ぎることに気付いたのは、最近のことであった。

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