第2話

Side 光

毎日、毎日、退屈だった。何の変化もない毎日。人を殺してしまうほど殴っても何も感じない。楽しい気持ちも悲しい気持ちも、罪の意識さえも、なにもかも。そんなときにお前と出会った。俺がお前ともう一度出会えたこと、夢ではないと、この幸せな気持ちをもう失わなくてもいいと,どうか信じさせてほしい。


ブンブンブーン・・・・

夜の静けさにバイクの爆音が響き渡る。

今日は暴走の日。夜中の町を走るのは俺たちだけ。俺の後ろを数えきれないほどの派手なバイクが走っている。今日はまだ警察は来てないみたいだ。

バタバタバタ・・・

「おい、待て!」

バイクの音をしのぐほどに聞こえてきた、たくさんの怒声と走る足音。

夜の街ではよくあることだ。ここは、少し浮世と違う世界。ネオンが光る真夜中、借金取りに追われたやつ、なんかヤバイことやらかしてひっそりと暮らしているやつ、そんなはみ出し者たちの集まる場所だ。

いつもの風景・・・のはずなのに気になってしまったのはなぜなんだろう。今考えてもよくわからないから、きっとそれは、偶然ではなく必然なのだろうと思うことにする・・・。

「おい、お前ら先に行っとけ。俺はちょっと用事が出来たから抜ける。」

そう一言後ろを走っていた組員に言うと俺は声のする方へバイクを走らせた。

あれは・・・女か?

バイクのライトに照らされて見えたのは今にも倒れそうな細っこい女とそれを追いかける無数の男たち。

あんな大人数で一人の女を追いかける?・・・なぜだ。

何かただごとではない雰囲気を感じ取った。

そんな時、追いかけられていた女がいきなり倒れた。

男たちが、これは好都合だとでもいうように乱暴な手つきでそいつを捕まえようとしている。

「おい、お前ら。こいつは俺が引き取る。わかったら早く失せろ。」

考える暇もなく体が動いてしまった。

そう、最初はこんな好奇心からだった。

男たちは俺の存在を知っていたようでビビッて逃げていった。まあ、この界隈のもので俺のことを知らない奴なんかいないだろう。

「ツッ・・・・」

さっき倒れた衝撃で女の身体には傷やあざができていた。

暗闇の中、街頭で照らされた女の顔に俺は目を疑った。

殴られたのか、顔はパンパンに膨れ上がっている・・・。

これは,今日の今日できた傷じゃないな。

おい,こいつ・・・・。まさか,な。

そんなわけがない。

いや,俺がこの顔を見間違えるはずがない。

だとしたら,なんでこいつがここに・・・。

思わず手に力が入ってしまいそうになったが、腕に抱いた身体が思ったよりも細くて俺なんかが力をこめたら一瞬で壊れちまうんじゃないかとあわてて力を弱めた。

そんな儚げな彼女を自分が守ってやりたいと漠然と思った。あんな奴らに捕まえさせるなんてそんなこと俺がさせない。どう考えても厄介な出来事に巻き込まれることになるだろう。でも、そんなことよりももう彼女を見失わなくてよいのだということに経験したことのないような幸福感を感じた。

そして、俺はアスファルトの地面に座り込み、彼女の傷に触らないようにそっと自分の膝の上に座らせた。まずは医者に見せないと。俺は車を呼ぶために携帯を出した。

「もしもし,俺だ。急ぎの用事だ。南町の2丁目に来てくれ。」

それを伝え、車を待つ間、俺は彼女が寒くないように包み込んでいた。

彼女を病院に運ぶべきなのか迷ったが、ここからだと結構な距離になる。俺の家に運んだ方が近い。あいつに見てもらおう。

夜は不思議な感じだ。右を見ても、左を見ても,誰もいない。上から差し込む月明かりだけが自分と周りとの境界線を作る。

ただ彼女と自分しかこの世界にいないように感じる。肩越しに感じる彼女の吐息が心地いい。気を抜いたら落ちてしまいそうな彼女の身体を支えながら走った。


彼女の傷を見ようと服を脱がすと、体の打撲から、腕の切り傷、背中の根性焼き。無数の傷跡があった。俺は思わず顔をしかめた。あんなに幸せそうに笑っていた彼女に、俺とあっていないこの空白の時間に、何があったのだろう。この傷は、彼女があの男たちに追いかけられていたことに関係があるのだろう。組の中でもわけありの奴なんてたくさんいるが、そんな中でも彼女の傷は特にひどいものだった。

なるべく痛くないように少し緩めに包帯を巻いたり、消毒したりした。時折彼女が苦しそうな表情を見せるから、心配になって、でも触れると傷に触りそうで,どうしても触れることが出来なかった。

だから俺はひたすら、「安心しろ、大丈夫だ、大丈夫だ。」

声をかけていた。そのたびに少しだけ彼女の表情がやわらいだ気がした。起きていた時の苦しい表情とは違ったその顔を見て、頬が緩んでしまったことは,ここだけの秘密だ。

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