闇と流れ星
@HONEY-WITCH
第1話
逃げて、逃げて、逃げて、走って、走って、走って、逃げて・・・・・
「ハァ・・・ッ・ハ・・ッ・・ハァ・・・」
逃げなきゃ、捕まる。捕まったら、もう逃げられない。
私は走って、走って、走って、走り続けた。
「おい、待て!」
男たちの足音と怒声が追いかけてくる。
目の前が真っ暗になるのを感じた。
自分の身体が地面へと強く叩き付けられる音が聞こえた。
ああ、これでわたしの人生が終わる。
そんな嘘みたいな言葉がゆったり現実味を帯びていく。
ああ。私は死ぬのだと絶望し、そんな自分に少し驚いた。
私,この世に未練なんてないはずなのに・・・
死の淵へと立ちかけたその時、私は自分の身体が何か温かいものに包まれた気がした。
その時,ふわりと香ったシトラスは私がもし目覚めた時もそばにいてくれるだろうか。
夢を見た。私が誰かに追いかけられている夢。
はぁ、やっぱり夢の中でもこれか。私はうんざりした。
走っても、走っても、逃げられない恐怖。そんなものは現実だけで十分だというのに。
でも、今の夢は何かが違った。なんだろう。そう、温かいんだ。なんだか温かい中を走っている。いつもは冷たいなにかに囲まれた路地を走っていたはずなのに、まるで人の体温のような心地よさ。
追いかけているのは誰?
私は不意に立ち止まって振り向いた。顔は見えなかったけど、私を走っている方向に向かわせたくないようだ。こちらに向かって手をのばしている。知らない人で怖いはずなのに、何故だかその手を取ってみたくなった。それはあの時に感じたシトラスの香りがその人からもするからだろうか。
だんだんと私の身体全体に痛みが戻ってくる。ああ、私はもう目覚めてしまう。
願わくは、このぬくもりが私の手から零れ落ちないように。
目が覚めると私は全身の激痛に顔をゆがめた。痛い、とてつもなく痛い。私の身体全体が熱を発しているようだ。ここはどこだろう。体が痛くて目を動かすことしかできない。
誰かの・・・・家?
天井と証明があることから、私はそう思った。
自分の身体が何かに包まれている。包帯だ。全身が真っ白な包帯に巻かれている。
ドアの向こう側から誰かがやってくる足音が聞こえた。誰だろう、私をここに連れてきた人は。また私は捕まってしまったのか、それなら舌を噛み切ってしまおう。また人形のようにもてあそばれるのなら死んだ方がましだ。
恐怖の足音は部屋の前で止まり、徐々に開くドアからは男が見えた。
広い肩、漆黒の黒髪、すべてを見透かすような強い目、形のいい唇、全身から感じる威圧感。私にはわかった、この男はだめだ。近づいてはいけない人だ。本能がそう叫んでいる。それなのに彼から目が離せないのはなぜだろう、私は彼から何を感じ取っているのだろう。
「目が覚めたのか。」
低い声で、でもどこか優しい声で彼は聞いた。私は何も答えなかった。いや、答えられなかった。またあの痛みが襲ってきた。
「痛むのか?」
彼は顔をゆがませた。なぜこの人がこんな顔をするのだろう。私が痛いはずなのに彼のほうがよっぽど辛そうだ。
「・・・・いえ、大丈夫です。」
男と極力関わりたくない私は当たり障りのない返事をした。
しかし、ここはいったいどこだろう、全身が痛いため、首さえ回すことが出来ない私は、今どこにいるのかさえ分からなかった。
周りを見渡そうとする私の小さな動きに気付いたように男は口を開いた。
「俺の家だ。」
いえ・・・・?なぜ私は見ず知らずのこの人の家にいるのだろうか。
そんな私の疑問を感じ取ったように彼は、
「お前が倒れたのをこの目の前で見ちまったから連れてきた。」
そう答えた彼は、私のけがをいたわるように頬に手を伸ばしてきた。
「やめてっ!・・・・」
彼の手が伸びてきたその瞬間、私の記憶が呼び戻される。
まずい。あの時の場面がフラッシュバックする。私は逃げる、逃げる、逃げる。誰かが追いかけてくる。腕が伸びてきた。捕まる。モウニゲラレナイ・・・・
「おい、おい!」
彼は荒い息をしだした私に呼びかけた。途端に強烈な吐き気が襲ってくる。胃が痙攣して、苦しい。ハァ、ハァ、ハァ・・・・・
「おい、大丈夫か・・・・?」
そういって彼はいったん引っ込めたその手を、私の背中をさするためかまた伸ばしてきた。
「お、ねが・・・い・します。わたしに・・・さ、わら・・・ない・で・・くだ・・さい。」
息も絶え絶えになった私が訴えると、
バサッ・・・
何かが私の身体を覆った。その感覚に一瞬ビクッっと体を震わせた私に彼は落ち着いた声で、
「ん、これかけてろ。」
ハッとして自分の肩を見ると、やわらかそうな毛布で覆われていた。
彼を見ると、表情は穏やかでも、目には悲しみを浮かべて私を見ていた。
「悪かった。思い出したくないことを聞いて。」
彼は私がフラッシュバックした理由を勘違いしているようだ。まあ、そんなことは大した問題ではない。とりあえず触られなければ大丈夫なんだから。
「いえ、大丈夫です。看病していただいてありがとうございました。」
私は、かけてもらった毛布をたたんで返そうとしたら、
「いや、もうちょっとかけていろ。まだ震えてるぞ。」
と、またかけてもらった。
するといきなりドアの外からずんずんと足音が聞こえてくる。その音はだんだんとこっちへ向かってきていて、私と彼のいる部屋の前で止まった。そして、
バンッ!
ドアが壊れそうな勢いで開いて、スーツ姿の男が現れた。
その男は、私たちを見て、鬼のような形相になって
「光!ここにいたのか。捜したんだぞ!」
と言い放ち、ベッドであおむけになっている私に目を向けた。
「女ですか・・・!?」
男はとても驚いていた。
「うるせえ、病人がいるんだ、もうちっと静かにはいってこれねぇのか。」
そういって彼は気分を害したように眉をひそめた。
「で、光成,何の用だ。俺は大事な用があるんだが。」
「大事な用ってなんだよ?どうせ看病とか言っといていつものようにさぼってただけだろ。」
いきなり入ってきたその男、光成は私が包帯でぐるぐる巻きにされていても重傷に見えないらしい。どうかしてるだろう。
彼らを見ると、なんだかんだと言い争いをしているようだ。
私の頭の中にあるのはただ一つ。ここから逃げ出したい。この男がどんな人であろうとも、一緒になんていられない。この空間が息苦しい。一瞬でも「優しい」なんて思ってしまった自分をかき消した。
「悪いな。会社でトラブルが起きたらしいから行かなきゃいけなくなった。お前、携帯は持っているか?」
「持ってないですけど・・・。」
「そうか、じゃあここに携帯置いとくから、なんかあったらかけてこいよ。俺の番号は登録してあるから。」
そういって光は私に優しく微笑んだような気がした。なぜこんなことをするのだろう。だってこんなのわざわざあちらから逃げるチャンスをくれているようなものではないか。
そんな私の考えなど知りもしない光は光成を連れて出て行った。
私はすぐに行動を起こした。痛む体を必死に起して、出口を探した。そこからは地獄だった。なにせ部屋と廊下が入り組んでいて,さらに部屋の数も多いため、どこをどう通ったのかもうわからなくなる。これだけ大きな家を建てることができるということはそれなりの職に就いているのだろう。
やっとの思いで見つけた玄関のドアを開けると外はもう真っ暗だった。
これだけ大きい家だと、門から出たら確実に監視カメラに映ってしまうだろう、そう思った私は、麻痺してもうほとんど痛みを感じなくなった体を必死になって動かした。
そして見つけた裏口から見つからないようにこっそりと出て、走ってその場を去った。
「さようなら、もう会うことがないように祈ります。」
やっと出てこれたことに安心を覚えながら私は行くあてもなく走った。
運の悪い自分に本当にうんざりした。私はそんな思いと、動かない体へのイラつきを振り切るように夜の街へと走って行った。
これからどこに行こう、無我夢中で歩き続けた私は自分もどこかわからない場所に迷い込んでしまった。夜も深まってきて、次第に心が恐怖に包まれていく。ちょっとした音も怖くて、自分が追われていた時のことを思い出しそうになった。ダメだ、ダメだ。自分に必死に言い聞かせた。発作に蝕まれそうになった体を徐々に落ち着かせていく。はぁ。安堵しながらまた歩き始めようと思っていると、急に眠気が襲ってきた。ずっと歩き続けたのと、体の傷が思ったより体力を消耗させたようだ。此処で寝たらダメだ、頭は働くものの、体が思うように動いてくれない。
あ、もうだめだ。そう思って体の力を抜いた瞬間、重い瞼がおりてきて、私は崩れ落ちるようにその場にうずくまった。
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