第5話 ソファは二人で座るもの


「確かに、ぶんぶん言ってるな」

「でもさぁ、あの言い方だとこう…もっと蜂っぽいのを想像してたんだけど」

「どっちも音はぶんぶんだが」

「そこを言ってるんじゃないよ、みつき」


 くすくす、と俺の言った言葉に可笑しそうに笑う結城に、「一息」と言って少し温めに作ったカフェオレを手渡す。

 彼女のところから帰ってきてからずっとノートPCの画面を見ていた結城ゆうきは、「みつきは?」と俺から受け取ったカフェオレに口をつけながら問いかける。


「俺は別に疲れていないし」

「じゃぁ、ここ。ここに来て」


 そう言って、ソファに座っていた結城が、座っていた位置をほんの少し前にずらし、自分の後ろをポスポス、と叩く。


「はいはい」


 結城と一緒に飲もうと思っていたコーヒーをテーブルに置き、結城が叩く彼の後ろへと腰を下ろし、少し前に座っている結城の腰をぐい、と引き寄せる。


「ちょっとコレ見て」

「どれ」

「これ」


 ぴったりと隙間なく、くっついた結城の肩にあごを載せながら、結城の細い指先が指し示す画面を見やれば、そこには見覚えのあるマークが写り込んでいる。


「これ、この前見たやつだな」

「やっぱり?」


 そう言ってこっちを向いた結城の顔が目の前に来る。

 白い肌は、いつ触っても柔らかくて、少し動けば、唇が触れ合いそうな距離だ。


「みつき?」


 画面を見ずに、自分を見ている俺に、結城がほんの少しだけ首を傾げる。

 息が、混ざるんじゃないか。そう思った瞬間、身体の奥のほうが熱くなり、結城にバレないように、と必死に違う方向へと意識を動かす。



 そもそも、なぜ、抱きかかえるような格好でソファの一角で座っているのか。

 それは、この大きなクッションビーズのソファを買った数日前のこと。


「人をダメにするソファ…?」

「ネーミングがすごいな」

「うわ、でもこれ凄いよ!すごい柔らかい!みつきもほら!」

「…ああ、うん」


 ぐい、と引かれた手の平の感覚は確かにものすごく柔らかく、これに座ったら確かに脱力をするだろう。そんなことを考えていれば、「これ欲しいなぁ」と結城が小さく呟く。


「買って帰るか?」

「んー、でも二つはいらないよね」

「まぁ、他にもイスとかあるしな」


 んんん、と二人して小さく唸りながら部屋の中にこのソファが置けるかどうか検討した結果、「二人でくつろぐ時は、みつきが寄りかかって、そのみつきに僕が寄りかかれば一石二鳥じゃん!」と謎の答えを導き出した結城の一言で、ひとつだけを買って帰ったのだが。


 ソファを置いて以降、時々、今みたいな事が起こり、結城の気持ちは分からないが、俺にとっては嬉しいやら、結城にバレるのでは、とハラハラするやら、とここ数日でこのソファはちょっとした鬼門のような存在になっていた。


「どうかした?」


 けれど、そんな俺の気持ちに、結城が気がつくわけもなく、寄りかかったままそう問いかけてきた結城に、とにかく触れたい、と強く思った。

 現にいま、触れているじゃないか、とも思うのだが、何かが少し、違う。

 そう思い、ぴったりとくっついた身体を、離さないよう、細い腰に回した手にほんの少し力を入れた。


「あ」

「…あ?」


 俺の気持ちに気がつくこともなく、いつもと変わらない様子で、いくつかのファイルを開いていった結城が一つのファイルを開いた時、小さな声をこぼす。

 その声に、結城に抱く邪な気持ちを沈め、画面を覗き込んで思わず「これって」と声が溢れる。


「クリスタルの密売?」

「…もしくは違法製造か」

「どっちにしても超厄介じゃん」


 密売です、と書かれているわけでもないし、違法製造中です、と看板が出ているわけでもない。けれど、この映像に収められた、この人通りがほぼない場所で、密会する者たちの手に握られたアタッシュケースの中から顔をのぞかせるのは、紛れもなく魔力増幅用クリスタルだ。そもそも魔力増幅用クリスタルは、国家魔法士か、魔法院に務める一部の職員しか手にしないものであり、その重要性や危険性から製造場所はもちろんのこと、販売先も非常に限られている。

 そんな代物が、この映像のような場所でコソコソとやり取りされること自体がまずありえない。


「っていうかさ、アノ人たちもここまで映像押さえてるなら自分たちでやればいいのに」


 むう、と頬を膨らませながら言う結城に、「まあそうだが」と答えながら、今朝の彼女の言葉を思い出す。


「…ぶんぶん煩い…か」

「みつき?」


 少し考えあと、結城の脇からPCへと手を伸ばし、別のファイルを開く。

 いくつかのファイルを開いたあと、見覚えのある人間が何枚かの映像に写っている。


「…こいつか」

「誰これ。すごい胡散臭そうなおっさんだけど」


 俺の作業中、のんびりとカフェオレを飲んでいた結城が画面を見て訝しげな声をこぼす。


「確か、ここ最近、メディアを通して魔法院の廃止を訴えかけている議員だな」

「見たことないけど」

「まあ、少し前に前任者が不祥事で退任した後釜に放り込まれただけの人だったはず」

「あー、急に権力と財力を手にいれて解放的になっちゃったパターンか」

「たぶんな」


 めんどくさ、と呟き、結城がぐい、と上半身を俺の右腕へと倒す。


「僕、少し寝る」

「それならベッド連れて行こうか?」

「やだ。ここで寝る」

「はいはい」


 首を横にふりそのまま寝息を立て始めた結城を起こさないように注意しながら、PC操作へと戻る。


「確かにこの議員、虻田あぶたとか言う人だったが……彼女にしては安直すぎるな」


 毎回毎回、と結城が言うのも無理はないほど、彼女からの指令は面倒なものが多い。

 外部からの攻撃はもちろんのこと、内部からの攻撃の排除に関しても魔法士たちに振ってくる。

 ただ、政治や政権絡みがあるものに関してはあまり結城には振ってはこない。

 まあ、初めの頃に結城に振って大変なことになって後始末が面倒だった、と言っていたからそういうこと、なのだろうが。


「この人が、どこと関係してるのか、が問題、だろうな。それに、先週見たアイツら」


 この前、結城が半壊させたグループと、不法所持、それと議員。それに彼女の言葉。


「……アイツに聞いてみるか」


 はあ、と深いため息とともに、一人静かに呟いて、メールソフトを開く。


『なになに?面白いこと?!』


 聞きたいことがある、とメッセージを送った数秒後、返信をしてきた相手の文面だけでもテンションが高いことを読み取って、また小さくため息をつく。


“面白くはない。調べてほしいものがある“と入力するやいなや、『おっけー!』と二つ返事が返ってくる。


「…少しは考えないのか…?」


 小さく呟きながら、返信をしようとした時、『報酬は、いつもの額と、みつきの手作りお弁当一週間で』と新着のメッセージが入ってくる。

 今回の依頼は、それでは見合わない可能性もある。その旨を伝えるものの、『ボクがいいと言ってるんだから、他の報酬は受け付けないよ!』とメッセージとともに怒った顔の絵が何個か送られてきて、俺は渋々、了解、と短く返事を返した。


 ある程度の問題と、適度な期間があれば、自分たちだけで調べるのだが、いかんせん今回は時間がない。

 その上、彼女のあの発言には若干の不機嫌さがこめられていて、対処に時間がかかればかかるほど、彼女は不機嫌になるだろう。


 不機嫌になったところで、俺と結城が、彼女から危険にさらされるわけではない。

 一度、彼女を不機嫌にしてしまった時は、何度も呼び出され、やれご飯やら、やれ買い物やら、やれティータイムやら、とこれでもか、というほどき構い倒される日々が約三ヶ月近くほぼ毎日つづいた。

 もともと人のペースに合わせるのがとても苦手な結城は、最後のほうには体調を崩すほどだったし、俺もまた、縛られる生活は好きじゃない。

 ましてや結城は俺の想い人だ。

 また同じ目になどあわせたくもない。

 あの苦痛だった日々を思い出して、重たくなった気持ちを吐き出しながら、俺に寄りかかったまま気持ち良さそうに眠る結城の髪をそっと撫でた。













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