第4話 Queenと朝食を
「…何で子どもが?」
「…いや、子どもっていうか、アレ。ほら例の」
「え、あんな子どもが…?」
「確か歴代最年少の国家魔法士の…」
こそ、こそ、と聞こえてくる声と視線にいい加減うんざりしながら廊下を進む。
この国の政治都市、東京の中心地に建てられた廻りのビルとは明らかに異なり異彩を放つこの建物を訪れる者といえば、基本的には、年齢と経験を積んだ政治家であったり、資産家や、国賓などが多く、自分達のように二十歳未満の人間二人がふらりとやってくれば、好奇の目にさらされても不思議ではない。
「毎回毎回、何でここの大人たちは学習しないのかな」
「…だいたい別の人だからじゃないか?こっち側の勤務で同じ人は殆ど見たことがないが」
「そういうことを言ってるんじゃないのー!」
結城の少し苛つきを含めた言葉に、こそこそと話していた人達は、びくり、と肩を揺らし、その動きに対しても
「もう着くんだ。機嫌直せよ」
廊下の途中で立ち止まった結城の、俺より少し低い目線に合わせる少しだけ覗き込めば、
「いいの!どうせあの人はまた僕をこき使いたいだけでしょ!」
「腕を買われてるって思えばいいじゃないか」
「絶対違うって分かって言ってるでしょ、みつき」
「俺は、結城の評価で嘘をついたことは無いが」
むくれたままの想い人に、本心を伝えれば、じわ、と結城の頬がほんの少しだけ赤色に染まる。
「もう…!」
「もう、と言われても、事実だから」
不機嫌に溜め込んでいた息と、照れ隠しを同時に声に出したことで、少し機嫌を直したらしい結城が、「もう!みつきってば」と俺の手を掴んで歩き出す。
自然と掴まれたその手に、ふっ、と小さく笑い声を零し、俺は繋がれた手のぬくもりを黙って受け入れる。
廊下を抜けた先に視界が広がるこの場所は、円形に作られており壁には八個の扉が付けられている。結城と俺は、その内の一つ、開かれている扉を潜り、少し歩を進めれば、結城の首元に下がる鍵が、水色の光を帯び始める。
それと同時に開かれた廊下の奥の扉を見て、結城は「はああ」と大きなため息をついた。
「あらあら。今日は私服なのね」
部屋の中に入って真っ先に目に入った彼女は、薄紫色の着物に、割烹着、という服装をして、俺たちを見て、にこり、と微笑む。
「…特に貴女からのドレスコードの指定も無かったからね」
「ふふ、その服も素敵よ、結城、みつき」
「そりゃどーも。で、貴女は何してるの?」
扉が閉まり、新たな魔法が発動した感覚が肌に伝わる。
結城が、貴女、と呼ぶ薄紫色の着物を着こなす妙齢の女性は、この国の首相よりも地位と権力を持つ国のトップ、
時に冷酷に、時に残酷に。
この国を守るためならば、彼女は、彼女自身が人を殺めることも、国家魔法士たちを戦場に向かわせることも、厭わず、躊躇わない。
そして、そんな
「二人とも、朝早くに呼び出したから、朝ごはんをまだ食べていないでしょう?」
「食べてないっていうか、貴女が食べてくるな、って言ったんじゃ」
「食べてないでしょう?」
「……」
「はい」
有無を言わせ無い笑顔を浮かべた彼女に、結城は反論する気をなくしたらしく、黙り込み、俺はそんな結城を見て苦笑いを浮かべつつ、彼女の問いかけに首を縦に振る。
「みつきほどでは無いけれど、朝ごはんを作ったのよ。一緒に食べましょう?ほら、早く座って」
ふふ、と笑顔を浮かべ、ご飯茶碗に白米をよそった彼女に促さるままに、俺たちは用意された席についた。
「……で、今回は、何?」
炊きたての白米に、焼き鮭、卵焼きに、焼き海苔、漬物に、小鉢の煮物に味噌汁、と日本の朝ごはんの代名詞のようなメニューが席に並ぶ。
朝が弱い結城には量が多い、とちらりと横を見れば、案の定、少ししか手をつけていない。
箸を置き、俺たちと同じように食事をしていた彼女に問いかける結城の声は、かなり気怠る気で、見聞きする人間によっては怒られるような態度だが、彼女は気にすることなく、にこりと笑顔を浮かべる。
「あら、もう食べないの?ゆっくりしていっていいのよ?」
「こんな何重にも重なってる魔法のど真ん中でゆっくりしろって言われてもね」
「あら、残念」
「で、用件は?わざわざ朝ごはんのためだけに呼び出したんじゃないでしょ」
珈琲に手を伸ばしながら言う結城に、彼女はニッコリと笑顔を浮かべる。
「少し五月蝿い虫がいるのだけれど、退治してきてもらえるかしら?」
ぷっくりと弾力のある卵焼きに、彼女の箸がゆっくりと刺さり、じわじわ、と二つに分断される。
ニコリ、と笑顔を浮かべながら、卵焼きを切っただけ。
けれど、部屋の中にいたSP達が、ほんの少し息を飲んだ。
多分、背中にひやりとしたものが走ったのだろう。
「虫、ねぇ」
「ええ。五月蝿いのよね。ぶぅんぶぅん、と」
「…へぇ?」
もぐ、と彼女が卵焼きを口に運ぶのと同時に、俺たちの前に、USBメモリがコトリ、と置かれる。
そのメモリを見た結城の身体が動き、それを合図に、俺もまた、腰をあげる。
「あら、もう帰るの?」
「早くしろって言ったのは貴女でしょ?」
「ふふ。物分りの良い子は好きよ」
「はいはい」
パッ、とUSBメモリを受け取った俺を見て、結城が歩きだしながら振り向くことなく彼女の言葉に答え、訪れた時と同じように、二人揃って扉をくぐる。
そろそろ扉がしまりそうだ、という頃に、彼女から「ああ、そういえば」とのんびりとした声が背中にかけられる。
「再来週には国賓が来るから、宜しく」
パタン。
「はあああああ?!!!」
扉が締まり、彼女の言葉だけを聞いた結城が一人、珍しく大きな声で叫んだ。
「俺は朝飯が食べたいんだが、結城はどうする?」
乗ってきたバイクのヘルメットを被りながら、むすう、とした表情を浮かべ黙っている結城に声をかければ、結城がヘルメットを抱えたまま、「……食べる」と小さな声で答える。
「粗方の予想はついていたんだろう?」
ぽん、と頭に手を置きながら問いかければ「一応ね」と未だむくれたまま、結城が答える。
「けど、再来週は」
「再来週?」
ん?と首を傾げながら結城の顔を覗けば、「約束、したじゃん」と結城が俺を見ながら口を開く。
「二人で海に行こうって」
「ああ、あれか」
「あれかって!僕は、楽しみにしてたんだから!」
むう、とした表情をしながら言う結城の様子に口もとが緩みそうになる。
「忘れてたわけじゃないさ」
そう言った俺に、結城がじと、とした視線を送ってくる。
そんな表情すらも可愛いと思うなんて、自分は中々に重症だ。そんなことを思いながら、相変わらず、むぅ、むくれたままの結城の頭を、軽く撫でる。
「俺と結城なら、再来週までに終わらせられるだろう?」
「出来なかったら?」
「出来ないなんて思うのか?」
「思わない……けど」
「それなら、大丈夫だ」
撫でる度に、指通りの良い髪が、スルスルと指の間をすり抜けていく。
何度目かの往復のあと、「みつきが」と小さな声が聞こえ、思わず撫でる手を止める。
「みつきが、居てくれるなら」
じい、と見つめてくる結城の瞳に、身体の奥が、熱くなる。
じわじわと、照り返される夏の暑さのように広がっていく熱に。「ああ」とかろうじて、声を振り絞る。
「……結城を置いて、何処に行くって言うんだ?」
そう問いかけた俺に、結城が嬉しそうに、笑った。
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