第3話 その花は胸を焦がす


「どうした?」

「コレ、みつきの?」

「?」


 タオルを被った結城ゆうきが、テーブルの前に立ち尽くしている、と思えば、ガサガサと音をたてながら、俺がさきほど市場で買った食材などが入った紙袋をテーブルの上へと広げていく。

 広げた中から出てきた「コレ」こと一枚のCDを、結城がひょい、と持ち上げる。


「あぁ、ソレか」

「何?コレ」


 コレ、と出てきたCDのタイトルや収録曲を見ながら言う結城に「……前に、ちら、と聞いて気になっていたんだ」と答えれば、「ええーっと……あ、待って、これ僕もどっかで見た」と、首を傾げながら結城が人差し指を唇にあて、スル、と唇に沿って指を動かす。

 何かを思い出そうとする時の幼少からの結城の癖であり、みつきにとっては胸をざわつかせる仕草の一つだった。


 これまでに何度も目にしている仕草であっても、その癖から目が離せずにいることと、ドキリとすることは未だに変わらない。けれど、こんな気持ちを結城に知られるわけにはいかない、と、みつきは黙ったまま結城を見つめる。


 この癖を見る度に、その指の触れる、その唇に触れたいと、思うようになったのはいつからだったのだろう。


 両親の仲が良かったこともあり、物心ついた頃には結城と共に過ごすことは当たり前になっていた。

 結城の両親はみつきと同様に魔法の使えないごくごく平凡な家系に生まれながらも、結城は強すぎる魔力を持って生まれた。魔法士の魔力は隔世遺伝をすることもあり得るが、両親の知る限りでは魔力を持つ親族に心当たりは無かったらしい。

 魔法士、という存在はテレビなどを通して知っていても、実際の魔法がどういうものかをきちんと理解している人は案外少なくて、結城の両親もその内の一人であった。

 けれど、そもそも、結城の両親も俺の両親も魔法云々以前に、二組ともに、変わった性格をしていたせいか、結城が色々しでかしたとしても笑って過ごすような人たちだった。


 けれど、人の噂というものは好き勝手に流れるもので、家族がいくら気にしていないことでも、他人は面白可笑しく、時には残酷に、噂に尾びれ背びれをつけて広めていった。

 今と違い魔力を制御する方法を身に着けていなかった幼い頃の結城を、誰かを傷つけてしまう前に、と先生のところに預けることになった時の結城の両親の、特に親父さんの泣きっぷりは凄くて、一番不安だったはずの結城本人が泣くタイミングを無くしてその場で泣けなかったくらいだった。



「みつき?」

「ん?」

「どしたの?」


 いつの間にかCDを眺めることを止めていたらしい結城が、不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。

 パサ、と結城が被っていたタオルが床へ落ちる。

 結城は風呂上がりだったのだろう。乾かさずにいた髪から水滴が滴り落ちていく。


「結城、髪、乾かさないと」


 濡れた髪が、結城の首筋を、伝う。

 ただ、それだけなのだけれど、自分の身体の奥が熱い。炎でも灯ったかのような気がして、「ドライヤー、取ってくる」と、俺は結城から無理に視線外した。


「はい」

「?」


 洗面所で、顔を洗ってやり過ごしていた俺のすぐ後ろで、結城の声が聞こえ、顔をあげれば、予想通り、結城の姿が鏡に映り込む。


「ねぇ」


 短くそう言った結城と、鏡越しに視線が合わさる。

 ボタボタボタ、と落ちていく水滴に、差し出されていたタオルを受け取りながら、「どうかしたか?」と問いかけたのと同時に、結城が「ん」とドライヤーを差し出してくる。


「俺、髪は濡れてないが」

「そうじゃなくて、みつきに乾かして欲しいの!」

「ああ、そういう」


 そんな風に言うなんて珍しい、とボンヤリと考えるものの、とりあえず、今、現状の俺は、無防備に濡れた髪と首筋をさらけ出してくる想い人に、これ以上勘付かれないように、ドライヤーのスイッチを入れた。



「はい、どーぞ」

「…ありがとう」


 さらり、と乾いた指通りの良い結城の髪が揺れる。

 髪が乾いた結城が、満足そうな表情で洗面所から歩き出した背中越しに、聞き慣れたメロディがさわりと室内の空気を撫でる。

 ぴたり、とドライヤーを片付ける手を止めて、静かに結城の背を眺めれば、CDを手に持ったままだったらしい結城が、そこに収録されている曲を、小さな声で歌っている。

 結城の唇から奏でられるその曲は、男性ボーカルが、爽やかに恋の歌を歌うもので、それは、俺が、自分の気持ちに名前をつけた頃に結城と出かけた先で聞いた曲だった。


「ねぇーみつきー、これさぁ」


 ひょこ、とリビングから顔を覗かせながら、結城が口を開く。


「これ、確か、僕たち2人だけで初めて出かけた時に探してたCDだよね?どこもかしこも売り切れになってて買えなかったんじゃなかったっけ?」

「合ってる。あの時はどこ行っても買えなかったのにな」

「そのあと直ぐ、おっさんのとこに行く事になって、結局、有耶無耶になって」

「ああ」


 合ってる、と頷けば、「だよね」と結城が嬉しそうな表情を浮かべ、またメロディを口ずさみ始める。

 結城の声は、想い人だから、というのを除いても綺麗な声をしている。

 彼自身も、歌うことも、音を奏でることも、好んでいるからか、時折、歌声に魔法が乗ってしまうこともある。

 基本的には、機嫌の良い時に起こることで、魔法の副産物としては、花だったり、お菓子だったり、氷魔法を得意としている結城の周りにキラキラと氷の粒が舞ったり、という程度のものなのだが、どうやら、今回は、花らしい。

 しかも、その花は、夏の太陽の似合う、黄色い花。


「ひまわり…か」

「どうしたの、みつき、って、あ!やべっ」


 楽しそうにメロディを刻む結城の傍で現れては床に落ちるひまわりの花を、楽しそうな結城を邪魔しないように拾っていくものの、少し大きめの花束になった時、思わず呟いた俺に気がついた結城が、自分の周りに黄色いが広がっていたことに気がついたらしい。

 やべっ、と慌てた様子で立ち上がる結城にクスと小さく笑えば、「もー!みつきも早く止めてよ!」と結城がほんの少しだけ照れた様子で頬を赤くしながら、抗議の声をあげた。


「いや、楽しそうだったから」

「いや、まぁ、楽しかったけど、ってそうじゃなくて!」

「良いじゃないか。俺は好きだぞ、ひまわりの花」


 ひょい、と拾った一輪を、結城に差し出せば、「まぁ…僕もひまわりは好きだけど」と結城がほんの少し唇を尖らせながら、ひまわりを受け取る。


 ー 花には、花言葉というものがあるのを、君たちは知っているかい?


 毒系統を得意とする先生は、植物にとても詳しく、俺たちにも、花言葉だけではなく様々な事を教えてくれた。


「そういえばさ、みつきって、何でひまわり好きになったんだっけ?いつから?」


 ツン、とひまわりを突ついた結城が、くるり、と回る。空気の導線に乗って、ふわり、と花の甘い匂いが部屋の中を漂う。


「いつから?そうだな……」


 片手にいっぱいになったひまわりの花束を、チラリと見やる。


「気づいたら、だな。夏のイメージもある。夏は、かき氷に、海、キャンプとか色々あって、楽しいしな」


 氷系統が得意な結城は、冬のイメージを持たれ気味だが、実際の結城は、冬よりも夏派だ。


 それに、ひまわりは、「私はあなただけを見つめる」「愛慕」「崇拝」の花言葉を持つ。

 結城を好きな気持ちを告げられない。告げるわけにはいかない、けれど、気持ちを捨てきれない自分に、ぴったりな気がしている。


「お祭りに屋台、それに花火も忘れてるよ、みつき」

「そうだな。それに、結城も夏のが好きだろ?」

「まぁね。得意なのは氷魔法だけどね」

「知ってる」


 ふふん、と胸を張って言う結城が可愛くて、クス、と小さく笑いが溢れる。


「みつきは、ひまわりが似合うよね」


 ひょい、と床に広かった花言葉の中から結城が一本を拾い上げ、俺の手に乗せながら言う。


「うん。やっぱり、似合う」


 満足そうに、楽しそうに、結城は笑う。

 それならば。


「これは、俺から、ってことで」


 手元の花束から、一本を引き抜き、結城の手に握らせる。



 ひまわりの花言葉は、「私はあなただけを見つめる」「愛慕」「崇拝」


「やっぱり、結城のほうが、似合う」


 ーーあなただけを、見つめる

 それは、もう、物心がついた頃から、ずっと。


 ボソリ、呟いた俺に、「みつき?」と、結城が不思議そうか表情を浮かべながら、首を傾げた。



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