第2話 国家魔法士
「おやぁ、結城、気を抜いていたのかな?それともやっとワタシの元に戻ってくる気になっ」
足元が崩れる、と思った瞬間に感じ取ったのは自分が最も苦手にしていて最大限に距離を取りたいけれど、どれだけ離れても強制的に距離を縮めてくる厄介な人間の気配が直ぐ傍にあり、
「……気色悪い」
「酷いなぁ、せめて最後まで言わせて欲しいなぁ」
結城のすぐ傍に現れたのは、白髪混じりの着物を着た男性で残念そうな声とは裏腹に楽しくて仕方ないという表情を浮かべ、結城の腕をがっしりと掴んでいる。
「は?ていうか離せ。むしろ僕に触るな近づくな」
「おや、ワタシの気配に気づかなかったのは君じゃないか。嫌なら先にワタシから距離をとれといつも言っているだろう?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら言う男に、結城が「ちっ」と盛大な舌打ちをしている。
「あと、まだまだ遅いけれど、みつきは気づくスピードがあがったようだね」
田村と肩を並べながら近づいてくるみつきにも笑顔を向けた男の言葉に「そうですかね」とほんの少し嬉しそうな表情を浮かべたみつきを見て、結城はムスとした表情を浮かべる。
「
みつきの隣に並んだ田村が、キリッとした刑事の顔をしながら、結城に絡み続ける男に声をかける。
「いや、何、ワタシの所にもコチラにもホシが出なかったと聞いたのでね。それなら眠りにつく前に愛弟子でもからかってから帰ろうかと思ってね」
「ホシ、ですか?犯人であればそこに……」
「ちょっと待てクソジジイ!からかいだけかよ!」
「おや、なかなか愛弟子2人が顔を出しに来ないからワタシがこうして出向いているんじゃないか」
「別に来なくていいし!さっさと帰れ!」
身柄確保をした犯人達を指さしながら言った田村の言葉は、いつまで経っても腕を離そうとしない立花と苛々を募らせた結城との言い合いにより立花には届いていない。
最年少で国家魔法士に認定された結城も勿論、凄い才能だが、立花は国家魔法士の中でも別格の存在であり膨大な量の知識を有する知識人としても世間にも広く名を知られている。結城とはまた違う存在感があり、なおかつ、一部の国家魔法士の特有の重圧がジワジワと自分の周りの空気を重たくしていくように思え、魔対一課に配属されてから何度か対面をしてはいるものの田村の緊張の糸は未だに緩むことが無い。
「ホシ……?」
犯人、という意味では無いのか、と小さく呟いた田村に「田村さん」とみつきが彼の名を呼ぶ。
「多分、先生の言っているホシは別ものだと、思います」
それだけを言い困ったような表情を浮かべるみつきに「国家秘密ってやつか」とみつきの瞳から視線を逸らさずに問いかけるものの、みつきはただ微笑むだけで、それ以上の細かなコトを語ろうとはしなかった。
国家魔法士。
この国の中で、唯一、公の場で魔法を使うことを許された存在で、様々な試験をクリアした者が国家魔法士として認定される。
犯罪捜査への協力はもちろんのこと、戦争となれば軍事力として召集されることもあるだろう。
だが、彼らは軍の所属ではない。
この国のトップに君臨する彼女。
女王が、女王だけが、彼らに令を出せる。
国家魔法士として認められること。
それは、つまり。
「ま、認定書の代わりにネックレスなんて、悪趣味丸だしだよね。絶対、首輪って意味でしょ、コレ」
チャリ、と国家魔法士認定後に彼女から手渡されたネックレスに触れた結城は興味がなさそうに呟いていた。
大抵の場所はそれがあれば入れたり、特別権限の必要な書類の閲覧も可能であったりと上手く活用すればメリットだってある。
けれど、彼女の令に逆らうことは、許されてはいない。
「ま、だからといってあの女に死ねと言われても、死ぬつもりはないけど。それに、みすみす殺されるつもりも無いし、みつきを手放すなんて、以ての外だし」
四年前の結城の国家魔法士認定試験の時、魔力もなく、もちろん魔法を扱うことの出来ないみつきが相方なのだと伝えた際、傍観席に居た政府関係者は別の人間にすべきなのではないか、と彼等に聞こえる声で囁き合っていた。
「何なの、あいつら。一回黙らせ」
そう言って、物騒なことをしそうな雰囲気を醸し出した結城を「まぁまぁ」とやんわりと静止をしたのは、幼少の頃から魔力の無いみつきを、結城同様に厳しく稽古を付けてきた立花だった。
「この二人は二人で一つです。暴走した場合に結城を止められるのは、みつきだけだと思いますよ」
みつきの肩をぐい、と引き寄せながら、立花は傍観者達にニコリと笑いかける。
「それとも、貴方たちが、その程度の力で、魔法士の暴走を止めますか?命の保証は無いですけど。彼なら、結城を確実に止める。そうだろう?みつき」
「他の奴に、結城のナカを触られるくらいなら、俺が、死んででも止めます」
「だ、そうですよ?皆サン」
そう言った先生と俺の言葉に、傍観者たちは、ヒッと小さく息をのんだ。
今にして思えば、先生も、腹が立ったのであろう。
あの時、ほんの少しだけ、先生の得意とする特有の毒系統の魔法の匂いがしたのは気のせいではなかったと思う。
「みつき」
「はい」
「どうしたんだい?ボンヤリして」
「あ、いえ……」
「そうか」
「ちょ、先生」
結城と違い口数の少ないもう一人の弟子に仕方ないなぁと、立花は頭を軽く撫でる。
「困ったことがあったらきちんと話し合うこと。いいね?」
「……ハイ」
未だに子ども扱いをする立花の所作に、みつきが珍しくほんの少し頬を赤くする。
「じゃあワタシは帰るからね」
「先生っ」
「ん?」
「俺、俺は結城を」
「みつき?」
「いえ、何でも、ないです」
語尾を小さくし、俯いたみつきに「そうかい」と立花は小さく微笑みかけて、大きく口を開いた。
「何なの本当。おっさんとオヤジどちらにも絡まれるし、結局、朝焼けと一緒に帰宅だし、あのオヤジは先に帰ってるし!本当についてない」
「大丈夫か?」
「もう僕、疲れた」
「朝ごはんは?」
「あとでにしよう。みつきは?寝ないの?」
「先に寝てても構わないが」
「ダメ。みつきも寝るの」
「ッおい?!」
帰り道の時点で眠たそうにしていたのは気がついていたが、ベッドに連れて行ったと同時に、グイと結城の手がみつきの服の手を思い切り引っ張り、みつきがバランスを崩してベッドへと倒れこむ。
「全部起きてから」
ふふ、と笑いながら言う結城の表情は、悪戯に成功した時の表情で、幼い頃から変わっていない。
「俺は腹が減ったんだが」
ベッドに腰掛けていた結城の隣に転がされたみつきが寝転んだまま結城を見上げれば、結城が着ていたパーカーのポケットから何かを取り出す。
「これで我慢して」
「んぐっ」
コロン、と粒の大きなチョコレートがみつきの口の中を転がる。
「朝ごはんというか、昼ごはんの支度はどうする?」
「食べに出ればいいじゃん。今日は晴れるだろうから、パン屋で買って高台に行こうよ」
「パン……」
「天丼でも良し」
「……分かったよ」
好物の天丼を引き合いに出され首を縦に振った俺に「よし決まり!」と言い結城がごろん、とベッドに横になって大きく伸びをする。
「徹夜続きだったしな」
「そうだよ、僕は疲れたの。だからほら、さっさと寝るよ!」
「はいはい」
着ていた上着を脱ぎ、横になったみつきに結城が満足そうな笑顔を向け、すぐに静かな寝息をたて始める。
「徹夜続きだったからな」
結城の顔にかかる髪を起こさぬようにはらい、結城同様に瞳を閉じたみつきは、今日、一番柔らかな表情を浮かべるが、彼のその表情を知るものは、まだ誰も居ない。
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