一八. うき世の楽園④
(あいかわらず)
沖田の心を翻弄する“天才” だと。
潤んだ瞳でじっと見つめてくる冬乃を見下ろし沖田は。愛しさに混じる、その複雑な情感に内心溜息をついた。
これは、この先も一体どれほどの苦行が待っていることやら計り知れない。
これまでも冬乃は時々、こちらが驚くほど大胆な台詞をぶつけてきた。もっとも最初の頃は本人も、吐いた台詞がどういう意味に取られるかなど、全く分かっていなかったとはいえ。
しかし此処に戻ってきてからの今日の冬乃は、
あの『抱いてください』に始まり、こうして遂に、素直に望みを伝えてくれるまでになり。
溢れくるような歓喜と。
このままむしろ、どんどん淫らになってくれるならば歓迎な想いと。
同時に、そんな彼女を前に、己がどこまで我慢し続けられるのか、
(見ものだな)
最早、俯瞰の気分ですらあり。
いつかの時のようだと、
沖田はつい浮かんだ苦笑を、刹那に隠し冬乃を見つめ返した。
そう、冬乃とふたりきりで一泊した、あの夜のような、強固な自制とほんの一寸の期待を交えた心境。
いや、あの時より遥かに。苦しい。
「冬乃」
沖田は、冬乃の体をそっと離し、その手を取った。
「おいで」
己の内の葛藤には目を瞑り。浴場へと向く。
生を受けた世を離れ、此処の世へ来た彼女の不安など、己の想像を超えたものなのだろう。
彼女が本当に心から、その魂から、沖田を受け入れられる時が来るまで。もとい沖田はいくらでも待つつもりだ。
「座って」
掛湯の前で冬乃を座らせ、沖田も隣の腰かけ椅子へ同じく座る。
掛湯の温度を手に確かめ、沖田は桶に湯をひとすくいし、緊張している冬乃の細い肩へゆっくりとかけてやれば。ふるりと冬乃は身を小さく震わせ、沖田を再び見上げてきた。
「・・せっかくだから貴女の体を洗いながら、やってあげるよ」
見事に真っ赤になった冬乃の頬に、沖田は口づけを掠め置き、
掛湯の縁の上に用意されていたヌカ袋を手に取る。冬乃へ向き合うように座り直す沖田に、
だが、冬乃はとたん頬を真っ赤にしたまま、掛湯のほうへその顔を背けてしまった。
一瞬、彼女の視線が、股を開いて座る沖田のその方へ落ちたので、そのせいだろう。
哂ってしまいながら、可愛さに抱き締めたくなり沖田は、
己のその情のままに冬乃の側へ、腰かけ椅子ごと引っ張って更に近寄る。
「っ…」
伸ばした腕で抱き包んだ冬乃の体からは、
直接触れずとも感じる、彼女の激しい鼓動。
沖田は片腕だけ離し。掛け湯を再びすくい、冬乃を片腕に抱き包んだままにその背へとかけてやり。
冬乃の横顔が、どこかうっとりと瞼を閉じるのを目に沖田は、己の身にも次いで湯を掛けた。
そして桶に浸したヌカ袋で、冬乃の小さな背を優しく撫でてやれば、
「…ぅん…」
どこに感じたのか、冬乃の喉から微かな艶音が零れ。
そのまま腰まで下ろしてゆくと、その背は小さく弓なりに反り。
抱き包めて近い彼女の息が、震えた。
(冬乃・・)
向こうの灯りに朧ろな、腕のなかの彼女の横顔を再び見やれば、長い睫毛の下の双眸は堪えるように瞑られたまま。
空気を求めるように薄く開かれた唇が、紅く濡れて沖田をどうしようもなく惹きつけながら、
「総司…さん…」
つと沖田の名を奏でた。
「総司さんのお背中も…流していい…?」
・・・いいに決まってる。
どこを触られても鳥肌が立つような快感が奔って。
冬乃はもう、体を洗ってもらうどころではなく。いったん沖田の腕の中から抜け出なくてはと焦りに駆られ、沖田に背を流させてと申し出ていた。彼のために何かしたい想いも相まって。
「有難う」
すぐに返ってきた返事にほっとしつつ冬乃は、沖田がその腕を冬乃の体から離すに合わせ、目の前の掛湯の縁にもうひとつ用意しておいたヌカ袋を手にとって、沖田のほうをそっと向いた。
(っ・・)
直後に沖田の、股のほうが視界に映りかけて、冬乃は慌てて顔を上げて。
股を開いて座っている彼の、先ほど見てしまった大きなものを次には脳裏に想い出してしまい、心臓が余計に激しく鳴りだして冬乃は閉口する。
「冬乃」
顔を上げたことで沖田とばっちり視線を絡めた冬乃を、全て分かりきっている様子で愛しげに見つめ返してくる彼に。下手に動かせない視線を掴まれたまま、
冬乃はそして彼の顔が近づいてくるのへ、息を呑んで。
重なる唇に、なすすべなく目を瞑った。
気づけば隠すことさえ忘れていた冬乃の胸元に、ゆっくりと沖田の手の内のヌカ袋が這わされてゆく。
「ン…、っ」
口づけたままに、遂にはふらつく感で冬乃は咄嗟に、手を前の沖田の硬い胸板へついてしまってから、はっと目を開けた。
そっと、冬乃の唇と胸を同時に解放した沖田が、そんな冬乃をかわらぬ優しい眼差しで見下ろし。
その眼が、ふっと微笑った。
「冬乃がいちいち可愛いから、触りたくなって困る」
「……」
いちいち赤面させられる事態に。
困るというなら、
むしろ自分のほうではないだろかと。冬乃は心内で唸った。
「あ…の、背を…向けて」
絞り出すような声になってしまいながら冬乃は沖田を窺う。
沖田が返事の代わりに微笑んで、すぐにその広い背を冬乃へと向け直した。
「宜しく」
(はい・・)
どきどきと。冬乃はそっと目のまえの褐色の肌へ手を伸ばす。
指先に触れた筋肉の逞しいその背中に。
一瞬、冬乃は凭れ掛かりたくなって、慌てて片手のヌカ袋を握り直した。
広い背の、肩側からゆっくり滑らせてゆく。
まもなく沖田の笑いが届いた。
「くすぐったいな」
もっと強くていいよ
と促され、冬乃はヌカ袋を両手で支え直してもう少し力を籠めるものの。どうにも加減が分からない。
好きな男の肌を、持ち前の馬鹿力で擦ることなど出来るわけがないのだから。
そのうち沖田のほうはたまらなそうに更に笑い出し。
「わ…笑わないで…」
「だったら、もっとしっかり強く」
「…っ…」
冬乃は最早観念して。本気で力を籠めれば、
「お、いいね」
漸く納得してもらえたようで。
冬乃がなんとか広い面積を全て擦り終える頃には、腕が疲れて、冬乃は先程までとは別の意味でも心臓がばくばくいうのを聞きつつ、
沖田が振り返って「有難う」と微笑ってくれるのを目に、当然それでも幸せに頬を綻ばせ。
息をついた。
再び冬乃のほうへと大股を開いて座り直した沖田が、そして冬乃が急いで視線を逸らすのを横目に、桶で掛湯をすくい。自らの背をさっさと流し終えると、
「冬乃、」
の頬をそっと包んできて。
「昼間の。始めようか」
その言葉に、
はっと沖田の眼を見返した冬乃の、腰へ腕を伸ばし沖田は、
冬乃の耳元に顔を寄せた。
「脚、開いて」
(・・・っ)
冬乃を片腕に抱き寄せながらの、その耳元での低い声に、冬乃は。再び耳朶まで熱くなるのを感じ、おもわず目を閉じる。
そんな冬乃の耳朶をそっと、喰むように口づけながら沖田が、その大きな手で冬乃の頬を包んだまま、
冬乃の腰から流した手を、冬乃の脚の間へと滑り入れた。
「ぁ……」
目を開けてしまうより他ない冬乃の視界の下方で、
腰かけ椅子に座してきつく閉じていた自身の脚は、
沖田の片手に優しく、されど確実な力強さで、内側からゆっくりと押されて。
開かされてゆき。
「っ…」
冬乃の顔のすぐ横には沖田の顔、反対側の頬は手で大きく包まれていて、双方からまるで挟まれているせいで、
下方に拡がる自身の光景から冬乃は、顔を背けることも叶わず。
「や…恥ずか…」
脱衣所からの朧ろな灯のなか、冬乃の内腿から膝まで影が延びゆくさまを。見せつけられ。
「冬乃が、望んだんだろ」
優しく揶揄う声が、冬乃の耳の真横で微笑った。
「…っ……」
確かにこれは冬乃から望んだこと。沖田へ最も、今の冬乃にも近づける、ひとときが。
もういちど欲しかった。
恥ずかしいというのなら。こんなことを頼んだ、もうその時からで。
冬乃の戸惑いをよそに、沖田の手が冬乃の頬をそっと離れ、
掛湯の縁にかけていたヌカ袋を取り。
沖田の手の内のヌカ袋は、冬乃の乳房を円を描いてなぞり始めて。
冬乃の脚の内では、だが冬乃が “確かに望んだ” その場所に潜り挿ることはおろか、その周囲さえ触ることも無しに、
冬乃の内腿のなめらかな肌を愉しむように、際どい位置を行ったり来たり、
沖田の手指が這わされては。
冬乃の熱を帯びてゆく箇所を時おり一瞬だけ、掠ってゆき。
「…ン…っ…」
そのたびに、少しずつ増してゆく希求は。
まもなく冬乃を翻弄し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます