一二. 朱時雨⑪
「町まで行ったら、ちゃんと裾を下ろします。その後はまた亀歩みになるのでご迷惑おかけしてしまいますが・・」
冬乃はさすがに四人(後ろの土方は見えないが)の視線に曝されて、今さら恥ずかしくなって口走る。
「俺たちなら気にしなくていいから、時間はたっぷりあるし普通に歩いていいよ」
沖田が苦笑したまま言うのへ、
「そうだよ!そんなかっこして歩いちゃだめだって。普通に歩こう?ね?」
困った顔の藤堂が継ぎ足し。
・・・その普通に歩くというのが、私にとっては普通じゃなくて発狂寸前なんです。
よほど伝えたいが、それを言っても後ろの土方の嘲笑を煽るだけなのは想像がつくので押し黙る。
ちなみに斎藤は初めから無表情に黙ったままだったが、ただ、動きが止まっていた彼が、ほどなくしてまた歩み出したので、つられるように皆も歩き出した。
もちろん、冬乃は膝上まで捲し上げたままで。
「冬乃ちゃん、てば」
斜め前を行く藤堂が振り返っては制してくる。
「どうか、私でしたらこの状態でも気になりませんので、皆様の歩幅に合わせさせてください」
結局お願いするかたちになりながら、冬乃は解放された心地良い歩みに己をゆだねる。
「いや、冬乃ちゃんが気にならないと言っても・・」
藤堂がちらりと、冬乃の剥き出しの膝下を再び見やって。だが、すぐ目を逸らすと、もはや仕方なさそうに前へ向き直った。
どうも今回の冬乃の行動は、予想以上に藤堂を驚かせてしまったようだと。
(びっくりさせてごめんなさい)
冬乃は心内に詫びるも、それでも、取り戻したこの歩みの速さが嬉しくて仕方なく。
「ったく、これなら早く進めンのは確かだがな」
もはや颯爽と足早く進む冬乃の後ろで、土方が呆れ交じりの声音のまま吐き捨てた。
「人が見えたら、頼むから裾を戻せよ。おめえみてえな変な女の連れだと思われるのは冗談じゃねえ」
「勿論デス」
後ろから追うその声に、冬乃は畏まって頷いた。
「土方さん、そういう問題じゃないじゃん・・」
前で藤堂が溜息をついたが、
「いいんじゃねえか、あとはこいつが気にしないっつってんだから」
後ろから土方の声が返ってゆき。
「こんなに堂々と見せられちゃ、どうせ色気も感じやしねえし」
(・・・はい?)
そもそも色気なんぞ、土方から求められていたとは思えないのだが。
つっこみたくなって冬乃が、ついにおもわず振り返れば、
土方が「んだよ」とにやり微笑った。
「・・・」
あいかわらずの綺麗な顔が、そうも悪そうに笑んでは、妖艶ですらあり。
よほど土方のほうが色気があると、冬乃までも溜息をついて前へ向き直ると、
「色気感じないどころか、ありすぎだよ。俺、目のやりば困るよ」
前を向いたままの藤堂から、そんな赤裸々な台詞が返ってきて。
今のでびっくりした冬乃の、後ろからは、
「だったらずっと前向いてろ」
そんな応酬が続く。
冬乃の横では、沖田が笑いを堪えている様子で。
斎藤はもちろん無表情。
冬乃は周りのそんな男達を見回して、おもわず目を瞬かせた。
(なんていうか)
こうして改めて見てみると、随分と、それぞれ個性的ではないだろうか。
もっとも、この時代の人にとって変な行動をしてばかりの冬乃なので、まったく他人のことを言えないかもしれないが。
(・・それにしても気持ちいい)
遅れを取り戻す勢いで歩みながら、
頬に受けるようになった秋風と、朱に染まる稲草の風景の中、冬乃はあまりの心地よさに深く息を吸いこんだ。
かあ、と烏の濁声がして目を向ければ、向こうに見えるカカシを一匹の大きな烏が攻撃している。
おもわず噴きそうになりながら、
向けた視界の手前に、つと再び斎藤の姿が映り。冬乃は息を呑んだ。
丁度あの山崎と同じくらいのすらりと整った長身の斎藤は、今もその背をまっすぐに、
涼やかな白皙の横顔を前に向け、忍びやかな足運びで歩んでいて。
いま迫る夕暮れの朱を向こうにして、その姿は初めて見た時と同じように、やはり深閑な神々しさすら帯び。
(絵でもみてるみたい・・)
また下駄先を石につっかけそうになり、冬乃は慌てて前へ向き直った。
(考えてみれば、三人ともほんと全然違う)
同年にして親友同士の、沖田、斎藤、藤堂だが。
こんなにも一身に崇高なまでの静寂を纏い、寡黙で、どこか近寄りがたくもある斎藤に対して、
沖田のほうは、よく笑い賑やかな人当たりの良さを纏い。
そして、その内はとらえどころがなく飄々、かつ泰然自若としているのに対し、
藤堂のほうは、素直でまっすぐで屈託がなく、
しかも魁先生の異名をとるほどに良い意味で猪突猛進の快活ぶり。
こうまで、まるでそれぞれが表裏ほどに違う側面を持ち合わせているというのに。
(でも、だからなのかな)
そういえば冬乃の親友たちも、互いに性格が随分違う。
(千秋、真弓・・)
無性に恋しくなって冬乃は、きゅうと苦しくなった胸内で小さく息を吐いた。
もはや、また会えるような予感はしている、それがいつになるかは分からないものの。
それでも、向こうの世界を捨ててこの世界を選ぶ覚悟をした事への呵責の念が消えることはないだろう。
「おい」
後ろから土方の声がした。
「そろそろ町に入る、もう下ろせ」
「はい」
冬乃はおとなしく従って、裾を下ろし。しばしの解放の幕を閉じた。
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