オルトゥスへようこそ!


 結婚のお祝いは、夜遅くまで続いた。たぶん、まだ飲んだり食べたりしている人もたくさんいると思う。


 でも、私たちは適当なところで切り上げて、二人の家に帰って来た。


 そう! 二人の! 家である!


 色々と解決したら、一緒に住もうって約束がついに果たされるのです。ひぃ、幸せ過ぎるぅ……。


 あ、さすがにギルさんが勝手に家を建てたってわけじゃないよ? 事前に場所の候補をいくつかあげてくれて、どんな間取りがいいかとか二人でたくさん相談して決めたのだ。


 家具や必要なものも少しずつ揃えて……結婚式の日から一緒に住もうって。そう約束していたのだ。


「た、ただいまぁ……。えへへ、なんだか変な感じ」


 オルトゥスのある町の外れ、少し小高い丘の上に建てられた家は、あまり大きな家ではない。でも、温かみのある優しい雰囲気が私はとても気に入っている。


 オルトゥスに比べたら不便なところもまだあるけどね。でもギルさんのことだ。その辺りは追々、付け足されていくのだと思う。


 何度も二人で足を運んだ家だけど、こうして帰宅という形で入るのは初めてだからなんだかくすぐったい。


「ただいま、か」

「うん。これからは毎日言うんだから。いってらっしゃい、いってきます、おかえり、ただいまって」

「……いいな」


 サラリと髪を撫でられ、ドキリと胸が高鳴る。さっきまで騒がしい場所にいたから余計に静かに感じて、なんだか緊張しちゃう。


 今日はもう遅いからと、お風呂に入るのは明日にして洗浄魔術で身を清める。楽な服装に着替えて、あとは寝るだけ。


 でもその前に。大切な話をしなきゃいけない。


 私はベッドにぽすんと腰かけて、ギルさんに切り出した。


「あのね、あの時……レイが言っていた呪いのことなんだけどね」


 それだけで、ギルさんは私がなんの話をしようとしているのかに気付いたようだった。すぐに真剣な眼差しになって隣に腰かけてくれる。


「その呪いは、もう二度と人が神に戻ろうとすることがないようにっていう予防策なの。どうしてもハイエルフの身体は神に近いから……そう考える者がいつか再び現れないとも限らないって。だからね」


 うまく伝えられるかな? 私は意外と前向きにとらえているけど、ギルさんはどう思うだろうか。それが少しだけ不安だった。


「わ、私が、最後のハイエルフになるって。種族の滅亡、ってやつかな。つまり、その」

「……ハイエルフは今後、子を成せないということだな?」

「う、うん」


 もっとわかりやすく言うなら、私は子どもが産めないということだ。


 私が最後のハイエルフ。一番若い私がこの世を去る時、もうハイエルフはこの世界からいなくなる。


「元々、出生率がものすごく低い種族だし、心配しなくてもいずれハイエルフはいなくなる運命だったと思うんだ。それでも、万が一にもハイエルフが生まれないように、呪いをかけるんだって言っていたの。私はそれでいいって思った。どのみち、可能性はほぼないようなものだったし」


 言い訳がましくなっていないかな? ギルさんは、子どもが欲しかったりとか、したかな……?

 種族柄、ギルさんも希少種だから可能性はかなり低かったけど。可能性が、ゼロになるわけだから。どう思うかなって不安が膨らんでいく。


「私は、ギルさんがいればそれだけで幸せだから。でも、その。ギルさんが残念だって思うなら、申し訳ないなって思っ、わっ」


 しどろもどろになりながら伝えていたら、思い切り身体を引き寄せられた。気付けばギルさんの腕の中に閉じ込められていて、温もりが伝わってくる。


「俺も。メグがいればそれでいい。今だって、自分にはもったいないくらい幸せを感じているからな」


 そして、感情も伝わってくる。


 ……ああ。やっぱりギルさんも、私と同じ気持ちを抱いてくれたみたいだ。


 私たちの間に子どもが生まれるなら、それはとても幸せなことだろう。でも、子どもが出来なくても幸せは変わらない。


「まだまだ。これからだよ。もっともっと幸せになるんだからね」

「そうか。なら、覚悟をしておこう」


 幸せの形は人それぞれ。子どもが全てではないし、幸せの種は一つじゃない。


 私たちは、これから二人で幸せになるんだ。

 まだまだたくさんの幸せを掴む気満々なんだから。


「そろそろ寝るか」


 ようやく打ち明けられたことで、なんだかすごく安心した。

 だからかな。いざ一緒に寝るとなると、こう……お、落ち着かない。


「な、なんだか照れる……」

「何度も一緒に寝たことがあるだろう」

「それは! 子どもの頃のことでしょっ」


 モジモジしていたら、ギルさんがからかってきた。ひ、一人で恥ずかしがってるな、私? ギルさんのこの大人の余裕が悔しいっ!


「そうだが、子どもの時は平気で今はなぜ照れるんだ?」

「〜〜〜っ! 子どもじゃないから、だよ……!」


 すぐからかうんだから。ぷくっと頬を膨らませて怒ると、ギルさんがそっと頬に手を伸ばしてくる。


 思わず見上げると、ギルさんの目が何かを求めているように見えた。


「……そうだな。大人になってからは、初めてだからな」


 そのままギルさんは私を引き寄せると、額にキスを落としてくる。


 どうしよう。期待で鼓動がどんどん速くなってしまう。


「あの頃はもっと小さかった。手も、身体も」


 ギルさんの手が頬から手に、手から腰に移動する。私はこの大きくて温かな手が大好きで仕方がない。


「今も、下手をしたら折れてしまいそうだが……見かけよりずっと強いことを俺は知っている」

「……うん。ギルさんにちょっとくらいギュッてされても、へっちゃらだよ」


 私の言葉にクスッと笑ったギルさんは、私の首筋に顔を埋めるとキスを落とした。そのせいで、自然と顔が上を向く。


 ギルさんの大きな手が頬を包み、長い指で耳に触れられた。


「っ!」

「メグ……」


 くすぐったいような、なんとも言えない感覚に身体が硬直してしまう。


 気付けば私はベッドの上に倒されていて、ギルさんがそんな私を見下ろしていた。


「子が成せなくても、愛せないわけじゃない」


 その目が酷く切なげに細められているから、私もなんだか切なくなる。


「うん……そうだね」


 暫く見つめ合った後、ギルさんはいつものように私の唇を親指で撫でた。ドクン、と心臓が音を立てる。


「もう……いいな?」

「……うん。大人だもん」


 それに今更、何を我慢する必要があるというのか。

 今日、私たちは結婚したのだから。


 互いに見つめ合い、愛しい人の顔が近付いてくる。

 ドクンドクンと心臓の音がうるさい。ギルさんの唇から目が離せなかった。


「おかしなことを言うかもしれないが」


 唇と唇が触れるその直前で、ギルさんが囁く。吐息が唇に当たって、すでにのぼせそうだった。


「奪うのが、もったいないな」


 フッと笑いながら言った言葉がなんだかおかしくて、私もつられて笑ってしまう。


「ちょっとその気持ち、わかるかも」


 だって。

 初めてのキスは、一度だけだもんね?


 そう思ったらなかなか踏み出せなくて、お互いに触れるか触れないかのギリギリのところで止まってしまった。


 だけど、それが妙に胸の奥をくすぐる。

 愛が、深まっていく。


「……好きだ」


 ギルさんの言葉は、唇が触れ合う前のものだったか、それとも触れた後だったか。


 軽く触れ合った後、薄く目を開けて見つめ合い、それから何度も啄むようなキスをした。


 角度を変えて、何度も。何度も。


 次第に深くなっていく口付けに、どうしようもなく気持ちが溢れていく。

 いつの間にか私はギルさんの首に腕を回していたし、ギルさんは私の頭に手を回していた。


 逃げられないし、逃げたくない。離れたくない。

 誰かに、そんな思いを抱くなんて。


 どれほどそうしていただろうか。ゆっくりと唇を離し、額をくっつけ合う。


「……こんなに緊張したのは、生まれて初めてだ」

「ギルさんが? 緊張なんて、するの?」

「する。今もしている」


 そう言いながらギルさんは、私の手を取って自分の心臓の上に置いた。トクトクと鳴る鼓動がものすごく速い。


「私だけじゃなかったんだね、緊張していたの」


 静かな部屋に、二人分のクスクス笑う声が心地好く響く。


 その夜、私たちは一生忘れることのない時間を過ごした。

 眠る時も、隣に大好きな人の存在を感じる。


 それが、この上なく幸せだった。






 幸せな日々。平和な毎日。


 あれから百年が経過して、いろんな問題や事件が起きた。

 すでにたくさんの出会いと別れを経験し、その度に喜んだり悲しんだり、大人だというのに大きな声を上げて泣くこともあった。


「魔王がすっかり板についたね、リヒト」

「そうかぁ? まぁ百年も経てば仕事には慣れたけどさ。でも、ザハリアーシュ様を思い出すとさ、まだまだだなーって思うんだよ。いつまでたっても、追い付ける気がしないや」


 今、私はオルトゥスにやってきたリヒトと近況報告をし合っている。

 時々こうしてお互いのことを話す様にしているのだ。ここにロニーやアスカ、それからウルバノが加わったりもする。


 この五人はもはや固い絆で結ばれた仲間だ。リヒトだけはオルトゥスメンバーじゃなくて魔王なんだけどね!


 もちろん、オルトゥスに加入した新しい仲間たちとの結束もある。信頼し合える素晴らしい関係を築けているよ!

 でもそれとはまた別で、この五人は少しだけ特別な関係っていうのかな。私がずっと憧れていた、オルトゥス初期メンバーの結束みたいな感じっていうか。


「この間さ、宰相が交代したよ。まだ若くて自信がないのか、毎日半泣きだけどな」

「そっか。先代が亡くなってまだ日が浅いもんね。ゆっくり心も回復するといいなぁ」


 こうした別れの知らせはよくあることだった。私たちの寿命は他の人たちより長いからね。仕方ない。けど、悲しいものは悲しいよね。


 いつかは、最愛のギルさんを見送る日だって来てしまう。それはやっぱり怖いし嫌すぎるけど。


「俺は生まれ変わっても、メグの魂を見つけるつもりだが」


 ギルさんがあまりにも当たり前のようにそんなことを言うから、肩の力も抜けるというものだ。しかも本当に見つけてくれそうなのが、もう。


 そんな話を流れでリヒトにも告げると、ニヤッと笑いながら張り合ってくる。


「ま! 俺も生まれ変わったってクロンを絶対に見つけるけどな!」

「私だって! 記憶がなくても、魂が覚えてるもん。絶対に見つけるっ」


 環の母親である珠希の生まれ変わり、マキちゃんとだって出会えたのだ。きっとそういう、引き寄せ合う何かがあるんだって信じてる。


 実際はわからないよ? でもそう信じていた方が素敵だから、私は信じるのだ。


 本当は、未来視すればわかることなんだけどね。魔力は全盛期に比べて大幅に減ったけど、そのくらいは今でも出来るから。


 でも、それはしない。するつもりがなかった。


 私の特殊体質、夢渡りはもうずっと使っていない。

 今ではコントロールも出来るようになって、未来も過去も自由に視ることが出来る。でも、しないようにしているのだ。


 だって、未来はわからないから怖くて、楽しくて、立ち向かえるんだもん。

 何があったって、絶対にみんなで乗り切る自信もあるからね!


 知らない方が、きっと人生を楽しめるんじゃないかって。そう思って。


「あ、あの! オルトゥスには初めて来たんです、けど、その……」


 しんみりとそんなことを考えていると、どうやら新規のお客さんらしき声が聞こえてきた。

 受付では頼もしい仲間たちが即座に対応してくれている。


「おっと、長居しすぎたな。じゃ、そろそろ行くよ。またな、メグ。今度はお前が魔王城に来いよ」

「うん! クロンさんにもよろしくね!」


 いつものように歯を見せて笑ったリヒトが転移で姿を消すのを見届け、私はすぐに受付へと戻る。


 もう成人してからかなり経っているけれど、相変わらず私はオルトゥスの看板娘らしいので。新規のお客さんには顔を覚えてもらわないとね!


 ……看板「娘」って、いつまで有効なのだろうか? まぁ、気にしたら負けである。


「初めてのお客さんですね? ようこそ! オルトゥスのメグといいます」

「ふぁっ!? あ、あのメグ様、ですか? ほ、本物だぁ……あのっ、あく、握手してもらえますかっ」


 お客さんは顔を真っ赤にして興奮気味にそう言った。こういった反応は初めてではないので対応も慣れたものである。


 ただ、好意的な感情って無碍には出来ないから、うまく対応が出来ているかと言われると未だに自信はない。

 今回のように、いつまでたっても手を握ったまま見つめられると相変わらず少しだけ困ってしまうのだ。えーっと、どうしようかな。


「そろそろ離してくれないか。俺の番なんだが」

「ギルさん!」


 そんな時、影からフッとギルさんが現れた。これもたまにあることだけど、今日は仕事で遠征に行ってなかったっけ? ああ、ちょっと! 殺気を向けないで!


「わ、ぁ……! ギル様! うっ、あの伝説的なカップルをこんなに間近で見られるなんてぇ……!」


 しかし、このお客さんはなかなか強靭なハートをお持ちなようだった。どうやらギルさんのファンでもあるらしい。

 その気持ちはとてもよくわかる。仕方ないよね、カッコいいもん。


 ……いや、スルーしかけたけど伝説的なカップルって何? これまでも色んな噂をされたけど、今回はどんな話が出回っているのか。知りたいような、知りたくないような。


「お客様。お話でしたらオレが引き受けます」

「ウルバノ! た、助かるぅ」


 ギルさんまでもが微妙な顔で黙り込んでいると、今度は受付内部の方から救世主がやって来た。

 私の同期で、とても頼りになる私の右腕だ。


 身体の大きなウルバノを見て、お客さんはようやくハッとなって姿勢を正しながら口を閉じた。

 大丈夫ですよー。ウルバノは見た目こそ迫力があるけど、とっても優しいので!


「お安い御用ですよ、メグ様。さ、お客様はこちらへ」


 ほら、物腰も柔らかいでしょ? 隠しきれぬ強者のオーラはあるけど。

 そんなウルバノに逆らうような人はほとんどいない。お客様はようやく私たちから離れて仕事の話をしに行ってくれた。ホッ。


 ウルバノは、リヒトが魔王になったあと暫くしてから単身でオルトゥスにやってきた。

 リヒトともたくさん相談して、自分はメグ様に生涯お仕えしたいからって言ってくれたんだとか。


 真面目なウルバノが私の右腕的存在としてたくさん働いてくれるので、すっごく頼もしい。ウルバノが仕えるに相応しい自分でいられているかは、まだ自信がないけど……今後も精進あるのみだ。


「ところでギルさん! 仕事は大丈夫なの? 抜け出してきてたりしない?」

「……問題ない」

「抜け出したんだ。まったくもう。私は大丈夫だから、仕事に戻って? ね?」


 ギルさんの過保護はずっと変わらない。私がちょっと困っているだけですぐにこうして駆け付けてしまう。


 困ったものだけど……嬉しい気持ちの方が大きいのがもっと困りものだ。


「行ってくる」

「ふふっ、行ってらっしゃい!」


 このやり取りも、今日は二回目。でも、気にしない。当たり前の挨拶は、何度だってしたいから。


 さぁ、今日はどんな一日になるかなーっ!


 たくさんの大切な人たちとの思い出が詰まったこの場所は、今も思い出を積み重ねている真っ最中。

 日々、新しい歴史が刻まれる特級ギルドオルトゥス。みんなのホーム。


 そんなオルトゥス受付で、私は毎日飽きるほど告げるこの言葉を今日も元気に繰り返すのだ。


特級ギルドオルトゥスへようこそ!」



────────────────


これにて完結となります!

長い間お付き合いいただき、本当に本当にありがとうございました!


一度、完結にはしますが、またどこかでメグたちの様子をチラ見した時には番外編として時々お見せ出来たらなと思っております。


そして、書籍も完結巻が来年に出る予定です。

書き下ろしに新婚初日のお話などを載せたりする予定なのでこちらもお楽しみにしていただければ幸いです。


完結を機に、コメントや評価などお待ちしております……!


特級ギルドの物語が、皆さまの心にほんの少しの温かさをお届け出来ますように。


阿井りいあ

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