結婚式


 あれから、五年ほどが過ぎた。


 町の復興も驚くほどのスピードで進んで、今ではあの騒動がなかったのではないかと錯覚するくらい美しい街並みが戻っている。


 被害の大きかった場所の修復も完璧だよ! むしろ、以前よりも利便性の上がった作りになっていたりして。

 オルトゥスのみなさんも協力してくれたからね! その仕上がりにリヒトやクロンさんまでもが引きつった笑みを浮かべていたくらいだよ。察してください。


 魔王としての引継ぎも、最初から父様の近くで仕事していたリヒトには簡単なことだった。それでも落ち着くまでには数年かかったけどね。


 色々あったけど……その全てが片付いたから、ようやく計画を実行する日がやってきた。


 今日は、私の人生で最も特別な日。


「……神々しすぎるわね」

「んー、本物の女神様だねぇ。メグちゃんが神の器だと聞かされた時は腹が立ったものだけど、こうして見るとうっかりそれが本当だったんだって思っちゃうね」


 サウラさんとケイさんが、ウェディングドレスで着飾った私を見て満足そうに頷いている。

 褒め言葉がキレッキレだ。しかもいつものことながらとても大げさである。


「ありがとうございます! ランちゃんの作った衣装のおかげですね」


 でも今日は、今日だけは素直にお礼を言う。実際に、そんな褒め言葉が出ちゃうくらいの素敵なウェディングドレスだから!


 そう、今日は結婚式だ。私と、ギルさんの。


 私は今、プリンセスラインのウエディングドレスを着ている。純白で、レースをふんだんに使っている素敵なドレス。

 銀糸で美しい花の刺繍があちらこちらに施されていて、綺麗なのに可愛らしいデザインだ。


 普段は下ろしている髪も片側でまとめるように編み込んで結っているから、首回りが少しだけスッキリとしている。この顔は童顔だから、少しは大人っぽく見えているといいんだけど。


 胸は……結局サウラさんのようにはいかなかった。ナイスバディの夢は叶わず……!

 いいの! 私には私の良さがある! たぶん!!


「何を言っているのよぉん! 着る人がハイパー可愛いからこそ似合うのよぉ、この衣装は!」

「ラグランジェの言う通りだね。メグちゃんだからこそ、この衣装が最大限魅力的に見えるのさ」


 せ、製作者にそう言われるとさすがに恥ずかしいかも。ま、まぁ? 見た目だけは整っている自覚はあるからね! ハイエルフっていうのはそういう種族っ!


 でも。結婚式の花嫁というのは、世界で一番綺麗だって自信を持った方が良い。

 今日くらいは自惚れてみようかと思う。えへへ、今の私ってば世界一可愛い! 嬉しい!


 リヒトとクロンさんの時にしたのが初の結婚式で、それ以降は魔大陸中で結婚式の文化が少しずつ広まってきていた。

 そのタイミングで、私たちは成人の儀で使う建物、つまり教会での結婚式を行うというわけ。


 サウラさんがずっと前から計画を立ててくれていて、満を持してそれが実行されるのだ。

 要は、私とギルさんは宣伝要員。見た目だけは整っているからね、私も。かなりの宣伝効果が見込めると思う。


 教会を使う案を出した時、食い付いてきたアドルさんも最初からそこに目を付けていたもんね。サウラさんとのタッグは最強でした。

 すでに各地で何件も教会を使いたいという声が上がってるんだって。恐るべき手腕……!


「はー、本当に綺麗。メグちゃんのこの姿を見て、ギルは正気を保っていられるかしら」

「それはさすがに大げさですよ、サウラさん!」


 ところで。サウラさんたちはもうずーっと口を開けば私の褒め言葉が飛び出すのですが! さすがに照れちゃう。そう思っての言葉だったんだけど。


「あら。じゃあメグちゃんは、花婿衣装で着飾ったギルを見て正気を保てる自信があるのね?」

「無理ですね!」

「ほらみなさい。一緒よ!」


 サウラさんの反論には即答しちゃったよ。だって! そりゃあ大好きな人のカッコいい姿を見たら拝み倒したくなるに決まってる!

 だってあの超絶イケメンなギルさんだよ? 無理無理、呼吸出来る気がしない!!


 えー、でも。そういう感覚をギルさんも抱くってこと? あんまり想像出来ないんだけどなぁ。


「あ、噂をすれば。旦那様が迎えに来たわよぉん?」

「だ、旦那様って……!」


 ニヤニヤしながら告げるランちゃんの言葉に、一気に顔が熱くなる。確かにそうなるわけだけどぉ! 改めて言われちゃうとすっごく恥ずかしい。


 はー、今の内からカッコいいギルさんを脳内で想像しておかないと。急に実物を目の前にしたら倒れてしまうかもしれない。

 今日は晴れの日なんだからそれだけは耐えなければ。スーハー。


 教会の裏側に立てられた簡易テントの中で身支度をしていた私たち。

 ギルさんが来た、とうことで着付けをしてくれていたランちゃんや手伝ってくれたサウラさん、ケイさんの三人がそそくさとテントから出て行ってしまった。き、気を遣われている……!


「わ、ぁ……ギル、さん?」


 そしてついに彼女たちと入れ違う形で顔を出したギルさんを見て、私は掠れた声を出してしまった。


 いや、だって! 本当にカッコいいんだもん!


 いつもは黒一色って感じのコーディネートだから、余計に白を基調とした衣装が新鮮で、神々しくて、カッコよくて……お、王子様みたい。


 私の扱える語彙ではとても表現しきれない。うぅ、私の番様がカッコ良すぎるぅ……!


 もう正気を放り投げたいです。でも、私も素敵な衣装を着ている身なので地面に倒れ伏すのは我慢だ。耐えろ、私っ!


「……あれ? ギルさん?」


 一人脳内で大騒ぎしている間、なぜだかギルさんがずっと黙っていることに気付く。

 気を取り直して再びギルさんの方を見ると、目を丸くしてぼんやりとこちらを見たまま固まっているようだった。


 私が声をかけたことでハッとしたギルさんは、それからすぐに片手で口を覆う。あ、れ? 顔が、赤いかも。


「……すまない。見惚れていた」

「うぇっ!?」


 そしてあまりにも素直に告げられた言葉に、変な声が出た。


 二人して顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。少しの沈黙を挟んで、ようやく私が先に口を開いた。


「見惚れていたのは、私も、だよ。ギルさん、白もすごく似合うんだね。その、すっごくカッコいい!」

「そう、か? 俺は落ち着かなくて仕方ないんだが……メグが気に入ってくれたのなら、それでいい」


 どうしてもよそよそしくなってしまうのは、二人ともいつもとは違う衣装に身を包んでいるからだろうか。


「メグも、その……とても、似合っている」

「っ、あ、ありがとう……」


 結局、私たちはろくに話も出来ないまま、そろそろ式が始まるとサウラさんが呼びに来るまで顔を赤くして黙っているのだった。


 いやほんと。何してるの、私たち?




 新緑の美しい森の外れに建つ、白くて美しい教会。


 木漏れ日が程よく射し込むように整備され、教会の周辺には式の後に宴会が出来るようすでに準備が整っている。


 でもまずは教会内部の厳かな雰囲気の中、親しい人たちだけを招いてみんなの前で宣誓する。

 そのためのバージンロードを、私は今リヒトと腕を組みながらゆっくりと歩いていた。


 なんだか、成人の儀を思い出すなぁ。あの時はこの道の先にお父さんと父様が立っていたっけ。そして、二人の前で成人の宣誓をしたんだ。


 でも今は、道の先に立つのは白い衣装に身を包んだ私の愛しい人。

 本当なら今、隣で腕を組んで歩いてくれていたのはお父さんか父様だったかもしれないなんて、ちょっと考えちゃったりして。


「悪いな、俺で」


 隣を歩くリヒトが小さな声で呟いた。やめてよ、ちょうどそのことを考えていたから、泣いちゃうじゃん!


「いいんだよ。あの二人だったら、どちらが一緒に歩くかで揉めていたよ、きっと」

「くっ、違いねぇな」


 だから、涙を流してしまわないように軽口で返すので精一杯だった。


 席に着くみなさんの間をゆっくり歩く。

 涙ぐんでいる人や、すでに号泣している人たちの顔を見ていたら込み上げてくるものがあった。


 でもまだ泣いてはいけない。我慢、我慢。


 ようやく祭壇の前に到着した私は、リヒトからその手をギルさんに渡される。

 リヒトがニッと歯を見せて笑うと、ギルさんもフッと静かに微笑んだ。ウッ、カッコいいっ!


 私たちは二人で少し目配せをした後、祭壇に立つシュリエさんに向き直った。

 そう、神父さんの役割はシュリエさんが引き受けてくれたのだ。


 この美しいエルフは神父用の衣装が本当に似合いますね……! 背後のステンドグラスの窓から射し込む光の具合が羽にも見えて、まさしく天使様である。


「ギルナンディオ。貴方はこの……超絶可愛らしい、優しさの権化とも言うべき皆から愛されるメグを生涯愛し守ることを誓いますね?」

「……予定と文言が違わないか?」


 しかしその威厳ある姿といつも通りの完璧な微笑みでそんなことを言うのは反則だと思います。

 ギルさんもうっかり突っ込んでしまっているじゃないか。しかも疑問形に見せかけた有無を言わさぬ確認……。


「何か問題でも?」

「……いや」

「誓うのでしょう?」

「ああ。誓う」


 背後からブフッと噴き出す音や、クスクスという笑い声が聞こえてくる。

 もー、厳かな儀式のはずなのにー。でも、シュリエさんは大真面目だから許します。


 ギルさんに対してよろしい、と告げた後、今度はシュリエさんが私の方に目を向けた。その慈しむような眼差しにドキリと心臓が鳴る。


「メグ。貴方はこの、どこまでも不器用で情けない……そして世界一頼れる男を、ギルナンディオを、生涯愛し支えることを誓いますか?」


 文言はやっぱり予定とは違った。でも、シュリエさんがギルさんを普段どう思っているのかがよくわかる言葉に、じわりと目の前が滲んでいく。


 ギルさんってさ、ギルさんもさ。仲間たちから、すっごく愛されているなってわかって胸がいっぱいだよ……!


「はいっ! 誓いますっ!」

「ふふ、元気でよろしいですね」


 泣くのを誤魔化すために大きな声を上げてしまったけど、出てきたのは涙声だったからみんなにはバレバレかもしれない。

 ギュッと口を引き結んで涙が流れないように我慢していたら、ギルさんの大きな手が私の肩を引き寄せた。


 チラッと隣を見上げると、こちらを愛おしげに見下ろすギルさんの顔。

 感極まってしまった私は微笑みで返したけど、その瞬間に耐えていた涙がぽろっと一粒零れてしまった。


「ではここに、新たな番同士が誕生したことを祝福して。皆さん、盛大な拍手を」


 シュリエさんが最後にそう締めくくると、会場内からわぁっという歓声が上がった。

 勢いのまま教会の出入り口や窓も開け放たれ、外で待っていた人たちからも大きな拍手とお祝いの言葉が飛び交う。


「お父さんや父様に、見せてあげたかったなぁ」


 その光景を涙で滲んだ目で眺めながら、本音をポツリと漏らしてしまう。

 すると、ギルさんがハンカチで私の目元をそっと拭いながら微笑みかけてくれた。


「……あの二人のことだから、どこかで見ているかもな」

「ふふっ、あり得る」

「そうしたらたぶん俺は今、殺気を向けられているはずだ」

「っふ、あははっ!!」


 過保護な父親二人のその光景がありありと脳内に浮かんできて、堪え切れずに笑う。

 その軽い冗談が、私を元気づけるためだってことも伝わってるよ、ギルさん。


「ありがとう、ギルさん。私、今すっごく幸せ」


 私の涙を拭ってくれていた手にそっと触れ、ギルさんに向けてそう告げる。

 ギルさんは少しだけ目を見開いたあと、俺もだと微笑んだ。


「メグ……綺麗だ」


 それから蕩けるような眼差しと甘い声でそんなことを言う。それだけで、頭がフワフワとしてしまいそうだ。


「ちょっとちょっとー。二人の世界に浸るのはもう少しお預けだよ、二人とも!」


 見つめ合いながらうっとりとしていると、アスカの元気な声により現実に引き戻される。


 そうだった! 今はまだ結婚式が終わったばかり! これから主役の私たちはみんなにお礼を言って回らなきゃいけないんだった。


 っていうか、人前で見つめ合っちゃったな。は、恥ずかしい……!


「続きは夜に、だな」

「はわ……!」


 ほらほら早く、と急かしながら前を歩くアスカの後ろで、ギルさんが耳打ちしてくる。


 そのせいで私は宴会の間、ずっとぽわぽわした状態だったのは言うまでもない。


 もうーっ! ギルさんっ!! ……つ、続きって、どういうことですか……?



────────────────


次回、最終話です。

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