葬送と誕生
魔王城で行われる葬儀はやはりと言うべきかオルトゥスでのものよりもずっと厳かな雰囲気だった。
城下町に住む全員が黒い服に身を包んでいて、町全体が白い花で飾られている。
父様もどれほど愛されていたか、尊敬されていたかがよくわかるね。
あとはお父さんを見送りに来てくれた人よりも、悲しい顔をしている人が多い印象を受ける。
だからって、ずっと暗く沈んでいるわけではない。父様もまた、みんなが笑顔でいることを望む人だったから。町の人たちも父様のことを語る時は嬉しそうに笑みを浮かべている。
お忍びのつもりで町に遊びに来た時のこととか、まったく変装になっていない鼻眼鏡のこととか、父様の残念エピソードは町の人たちの間でも面白話として語られているのである。
偉大な逸話よりそっちの方が話されている気もするけど、父様らしいなって思っちゃう。もちろん尊敬しているからこそ、愛されているからこそ、面白おかしく語られていることはわかっているんだ。
「メグ、ギル。こっちだ」
リヒトの案内で城内に足を踏み入れる。父様を目の前で見送るのは、魔王城の中庭だから。
お城で働いていた人と私たちだけがここで見守るんだって。これも、お父さんの葬儀とは少し違うところだ。
城下町の人たちはお城から上がる火の煙を見ながら、黙祷を捧げるのだそう。そして夜は町の人たちも広場で豪勢な食事を楽しむらしい。
まぁ、一国の王様だからね。さすがにオルトゥスみたいにお城にみんなを呼んで盛大に、ってわけにはいかない。
『偉大なる魔王ザハリアーシュ様に、祈りを』
クロンさんが述べる言葉はとてもシンプルなものだった。それ以上の言葉はいらない、って感じかな。誰もが静かに目を閉じ、祈りを捧げる。
今この瞬間は、魔王城も城下町も静寂に満ちていた。静まり返った魔王城ではあったけど、時折すすり泣きが聞こえてきて、私もまた静かに涙を流した。
チオ姉の言ったように、今日は身体中の水分がなくなるかもしれないな。
空へと昇っていく煙を見て、ほろほろと涙が流れていく。
とてつもなく整った容姿の、お茶目でかわいかった父様。
メグの父親。
偉大なる魔王。
誰よりも優しい王様だった。
父親としても、私をたくさん愛してくれてありがとう。母様の魂に、会えるかなぁ? 喧嘩しないといいけど……。
父様と母様は運命の番だから、きっとまた同じ時代に生まれ変われるよね。そう信じたい。
そして今度はもっと長い時間を、二人で過ごしてもらいたいな。
ううん、きっと過ごせるはず。私はそれを祈り続けようと思うよ。
この世界の父様と母様がいたから、私はここにいる。色々と大変なことも多かったけど、やっぱり感謝だ。
ありがとう、父様。もう魔王の悲しい運命は、魔力暴走の連鎖は終わったから。
どうか安心して、ゆっくり休んでください。
ギュッと肩を抱き締められ、ふと隣を見上げる。そこには心配そうにこちらを見るギルさんがいて、反対の手でハンカチを差し出してくれていた。
ふふ、私って本当にいつもこの手からハンカチを渡されてばっかりだね。ありがたく使わせてもらうよ。
私が思わず笑ってしまったのを見て安心したのか、ギルさんもホッとしたのがわかった。
大丈夫だよ、ギルさん。悲しいけれど、これは旅路を見送っているだけなのだから。
厳かな葬儀が終わり、城下町にも賑やかさが戻ってきた。早速、各家庭で持ち寄った料理が広場に並び始めている。いい匂いがここまでする……!
魔王城の人たちは中庭に集まって、同じように豪華な食事を楽しむことになっている。そこには私たちもお呼ばれしているんだ! とっても楽しみ。
だけどその前に。
『聞いてくれ、魔族たち!』
魔族の人たちがみんな集まるこの機会に、やっておかなくてはならないことがある。
城下町の中央広場で、宙に浮かびながらリヒトが拡声の魔術を使ってみんなに声をかけた。隣には私が浮かんでいる。
何度か人前に立つことはあったけど……いつまでたっても慣れないよーっ! き、緊張する!
リヒトは緊張しないのかな? 慣れているのかな。さすが、って感じ。
『ザハリアーシュ様の後を継ぐため、今日から新しい魔王が必要となる。みんな知っているよな? 魔王様の娘、メグだ』
リヒトが紹介すると、わぁっと大きな歓声が上がった。ひぃ、ダメだ、緊張がピークにぃっ!
それに比べてリヒトの堂々たる姿よ。
やっぱり私にはこういうの、向いてないんだ。そりゃあ、やらなきゃいけない状況なら頑張るけどさ。
でも、私よりもずーっとこういう場が似合うのが、リヒトなのだ。
『話はまだ終わりじゃない。次期魔王はメグだった。けど、俺はそのメグと勝負をして……勝利した!』
話の方向性が変わってきたことを察した城下町の人たちは、ザワザワと戸惑う様子を見せている。
大丈夫、リヒトなら絶対に受け入れてもらえる。
魔王至上主義な魔族のみんなが、娘である私ではなくリヒトを魔王として受け入れてくれるかどうか。それが不安だってリヒトは言っていたけれど。
『よって! 今日からは俺が、魔王に就任する!』
でもさ、見てよ。この貫禄。自信。みんなを引っ張っていける明るさやリーダーシップを。
魔王城で働く人たちも、クロンさんも、なんなら一足先に知らされていたオルトゥスのみんなも、リヒトなら問題ないって口を揃えて言っていたからね。
『異論がある者は勝負しに来てくれ。いつでも受けて立つからな!』
リヒトが最後に大きな声で宣言すると、当たりがしん、と静まり返った。まるでさっきまでの葬儀中のように。
だけど、それは本当に一瞬のこと。すぐに割れんばかりの歓声が響き渡った。
「リヒト様! 魔王リヒト様!!」
「魔王リヒト様、万歳!!」
わぁっ! さっき、私が紹介された時よりもずっと盛大な拍手と声援だよ!
ほらね? 心配なんかいらないじゃん! そんな意味も込めて肘で隣のリヒトを小突く。
「……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」
「ふふっ、ほらほら手を振って。魔王リヒト様」
「てめ……くっそ、覚えてろよ、メグっ!」
それでも恥ずかしがるリヒトの腕をとって、私がえいやっと上に持ち上げながら手を振らせてやった。そのおかげでさらに声援が大きくなる。
リヒトを称える声の他に、メグ様と呼ぶ声も聞こえてきた。
あ、確かにこれはちょっと照れちゃうね。その声にはへらっと笑って手を振ることで応えた。
みんな、私のこともよくわかっているのだ。なんせ、子どもの頃から私のことを知っているんだから。もはや親目線。
私が本当はオルトゥスで働いていたいこと、魔王としてトップに立つのが向いていない性格だということも知っていたはず。
それを、みんながずっと心配してくれていたんだよね。ちゃんと私も気付いているのだ。
だからこうして温かな視線と声を送ってくれる。それがまたすごく嬉しい。ああ、また泣いちゃうっ!
こうしてその日、魔王城と城下町では明け方近くになるまで先代魔王を偲びつつ、新魔王の誕生も祝うこととなった。
まるでお祭りだね! 結局はオルトゥスとあんまり変わらないかもしれないや。
「メグ、疲れたら言ってくれ」
「うん。でも大丈夫。出来れば最後まで見ていたいし。あ、ギルさんも食べる?」
賑やかな中庭から少しだけ離れたところで、ギルさんと二人で並んで座りながらリヒトが囲まれているのを眺める。
チオ姉からもらったちらし寿司を膝の上で開けてギルさんに差し出すと、微笑みながら頷いてくれた。デザートにはプリンもあるからね!
幸せな顔が溢れている。二人の偉大な人物がこの世を去り、見送るというとても悲しい日でもあったけど……。
再スタートの日を、悲しい顔だけで終わらせずにすんで本当に良かったって思う。
お父さんや父様も見ているかな? 届いていたらいいなぁ、この光景が。
「んーっ、チオ姉のちらし寿司は最高っ! おいしいね、ギルさん!」
「そうだな」
彩り豊かな飾りつけもセンスが光ってるし、味に関しては文句なしだ。
ギルさんも同意してくれた、けど。スッと私に手を伸ばして頬をそっと撫でてくる。
「だが、俺はメグが作ってくれたものの方が、印象に残っている」
ふわりと微笑むその顔、めちゃくちゃ甘いんですけどーっ!!
え、っていうかそれ、いつの話!? 幼女の頃のこと!?
よく覚えてるなぁ……。ま、お父さんと再会した時のことだし、思い出しもするか。
と、いうか!!
「あの時は、ちょろっと飾り付けを手伝っただけだもん。作った、と言われると……!」
この世界で初めて出した料理だったから、綺麗な飾りつけに驚いただけだよきっと。それが強く印象に残っているだけなのだ、うん。
「そうか……?」
でも、きょとんとした顔で首を傾げるギルさんを見ていたら、これはチオ姉に頼み込んで作り方をしっかり聞いておこうと思ってしまう。
作り方は知っているけど、プロの技を教えてもらいたいし!
それで今度は、私が一から手作りしたちらし寿司とプリンを食べてもらいたいな。
でもこれはまだ秘密。こっそり練習して驚いてもらうんだもんね!
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【招待状】
来週8月28日21時(来週の更新)より
オルトゥス所属ギルナンディオと
同じくオルトゥス所属メグは
結婚式を挙げることとなりました
ご多用中まことに恐縮ではございますが
ぜひご出席をお願いしたくご案内申し上げます
出席します
欠席します
(*´∀`*)♡
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