思い出の料理


 全てが終わったあの日から、十日ほどが経過した。


 魔大陸全土の被害は、実のところそこまで酷くはなかった。部分的に酷い地域はあるけど。

 その酷い地域っていうのは私がいた付近なんですけど。……ごめんなさぁい!!


 で、でもね? 他は町に被害が来る前にギルドの人たちが防いでくれたみたいなんだ!

 それもこれも、私が戻って来た時にショックを受けないようにってみんなが頑張ってくれたからだと聞いた時は、またワンワン声を上げて泣いちゃったよね。もう大人になったというのにこれですよ。でも、これは泣くって! 仕方ないって!


 それでも、あちこちで壁が崩れたり町の門が破壊されていたり、森の木が薙ぎ倒されていたりという被害はあったから。

 各地で問題が解決したという報告も次から次へと届くようになって、ようやく落ち着いてきたってところかな。


 もちろん、やることは山積みだけど。特に私は、毎日のように被害の酷かった地域に通って修繕作業のお手伝いで大忙しである。だって、私のせいだもん。このくらいはやらなきゃね!

 精霊たちをたくさん働かせることになっちゃったのは申し訳ない。本人たちは役に立てて嬉しいって言ってくれているけど、週に一度はめいっぱい甘やかしてあげようと心に決めている。


「メグちゃん、準備は出来たかしら?」

「はい、サウラさん」


 だけど、今日は特別な日。

 全ての作業をお休みにして、やらなければならないことがあるから。


「思っていたよりも落ち着いていて安心したわ」

「それは、サウラさんもですよ。でも……やっぱり泣いちゃうかも」

「ふふっ、そうね。今日は私も一緒に泣こうかしら」


 それは、お父さんと父様の……葬儀だ。


 やっと落ち着いて二人を見送ることが出来る。

 亡くなってから何日も過ぎているけど、この世界には魔術があるからね。葬儀が行われる今日まで、二人は眠りについた時のままの姿で守られていた。


 この世界の葬儀の方法は特に決まっていない。服装は自由だし、決まった作法があるわけでもなければ、香典が必要なわけでもない。

 故人に別れを告げたい者が自由に参加出来るし、その場に来られなくとも今いる場所から祈りを捧げるだけでもいいのだ。


 わざわざ自分のために都合をつけさせるなんて、お父さんは嫌がりそうだから丁度いいよね。

 だけど、参列する人たちはなんとなく暗めの色の服を着ているし、お供え物を持ってきてくれていたりもする。


 それほど、お父さんは色んな人から好かれていたんだなって感じて……なんだかしんみりしてしまう。


 弔いの方法は火葬が一般的だ。前の世界と違うところは、燃えていく様子をみんなで見守るってところかな。

 もちろん、棺に入れられた姿は最後まで見えないような仕組みになっているけどね。


 その火を眺めながら、故人を偲ぶんだって。なんだか不思議だ。


 今日は魔王城でも父様の葬儀が行われる。時間帯はずらしているから、私はそのどちらにも参列する予定だ。

 私の他にも、どちらにも参加したいという人はたくさんいるけど、移動の都合上、全員は向かえない。


 リヒトがいれば割といくらでも移動は出来るけど、ただでさえ慌ただしい葬儀という場に大人数が移動するのはよくないからね。


 なので最終的に、私とギルさん、リヒト、クロンさんだけが両方に参加することになったのだ。


 ちなみに同じ場所で一度に行わないのは、二人の最期の意思を尊重するため。お互い、慣れ親しんだ場所で見送られたいって言っていたもん。

 それから別日にしなかったのは、やっぱり同じ日に見送ってあげたいなっていう思いから。


 だって二人は魂を分け合った一蓮托生の身。仲良し、だなんて言ったら「気持ち悪い」って言われそうだけど……絆が深いことは知っているもん。


 旅立つなら同じ日に、ね。最後まで二人には仲良くしてもらいたい。


「二人とも、そろそろだ」

「ええ、わかったわ。じゃあ、私は先に行くわね。途中で泣いても最後まで言うわ!」

「一緒に泣くので大丈夫ですよ、サウラさん。よろしくお願いします」


 葬儀の進行はサウラさんがしてくれることになっている。ちなみに、父様の葬儀ではクロンさんが進めてくれるんだ。


 私にどうかって話は出ていたんだけど……なんとなく相応しいのはこの二人な気がして辞退させてもらった。


 サウラさんもクロンさんも、たぶん一番近くで二人を支えてくれた仕事上のパートナーだと思うから。

 クロンさんは父様の右腕だって自称していたくらいだもん。これ以上の適任はいないよ。


 それに、私が進行したらグダグダになってしまう未来しか見えない。まだ成人したばかりのヒヨッコに、こんな大事な舞台を任せちゃダメです。

 それでも許してもらえるのはわかっているけど! 私自身がそんな中途半端な葬儀にしたくないのだ。頼めるなら頼んじゃいます。二人も、快く引き受けてくれたしね。


「メグ」

「あ、はい」


 ギルさんに呼ばれて、ようやく一歩踏み出す。久しぶりにみんなが勢揃いするから、テンションが変なことになっていたんだけど……こうしてギルさんと並んで葬儀場まで向かうと、現実に戻ってしまうな。


 今日はとても悲しい日。そのはずだけど、妙に気分は晴れやかというかなんというか。

 無理に明るく振舞っているってわけじゃないんだよ? この気持ち、わかるかなぁ?


「頭領が、明るい雰囲気を好むことを知っているからだろう」


 そんな複雑な心境をギルさんに伝えたら、百点満点な答えが返って来た。うん、そうだ。たぶんそれが正解。


 最期の瞬間まで、明るく笑って見送ってもらいたいってお父さんなら思う。それを私は無意識の内に実行していたのかもしれないな。


 別れは悲しい。でも、共に過ごした日々は幸せな思い出の方が遥かに多いんだもん。


「じゃあ今日は、たくさん別れを惜しんで、たくさん思い出話をしながら過ごそうかな」

「ああ、それがいい」


 ギルさんを見上げながら笑顔で告げると、ギルさんもまたフワリと微笑んで答えてくれた。

 差し出された手を取って歩き始めたら、力強く握り返してくれるのがとても心強い。


 さぁ、棺に花束を供えよう。


『オルトゥスの頭領、ユージンは偉大な人でした。彼のしてきたことをここで全て紹介することは不可能なので、みんなそれぞれが彼との思い出をたくさん語ってください。もちろん、文句もたくさん語っていいですからね!』


 祭壇に置かれた棺を囲むようにたくさんの人が集まっていて、それぞれが思い思いに供え物を祭壇に置いていく。


 その間、サウラさんが拡声の魔道具でお父さんのことを語ってくれていた。時々、冗談を交えるものだから、集まった人たちの顔にもたまに笑みが浮かぶ。

 

 悲しい顔だけじゃ、嫌だもんね。さすがはサウラさんだ。

 だけど、やっぱり。


 お父さんの棺に火が点けられ、燃え上がる様子を見た時は勝手に涙が溢れてしまった。私だけじゃない。見守る誰もが静かに別れを悲しみ、沢山の人が同じように涙を流していた。


 お父さん。……ねぇ、お父さん。


 思っていたよりもずっと長かった人生はどうでしたか? 

 辛くて苦しい思いもしたよね。この世界に来てからは、大変な思いの方が多かったかもしれない。


 でも、幸せな人生だったでしょう? 貴方のために、こんなにもたくさんの人が涙を流してくれているんだもん。


 どうか、ゆっくり休んでね。いつかは生まれ変わるかもしれないけれど、今はのんびり休んでほしいな。

 でも、仕事人間なところがあるから、案外早く生まれ変わったりして?


 私はまだまだ人生が長いから、どこかで会えるかもしれないよね。お互いに、気付けないかもしれないけど。


 それでも、また会えるのを楽しみにしたい。


『さようなら、頭領。……ユージン! 貴方はとても偉大な人だったわ!!』


 どこまでも高く昇っていく煙を見上げながら、涙声でサウラさんが魔道具越しに叫ぶ。その声を聞いて、さらに涙が溢れた。


 だけど、不思議と笑顔になっている。みんな涙を流しながら、笑顔でお父さんを見送っている。それがまた嬉しくて、涙が止まる気配がなかった。


 夜は、弔いと称してオルトゥスの敷地内で盛大な食事会が開かれる予定だ。お酒を飲んで、たくさんの料理を食べて、お父さんとの思い出を語り、笑い合う。


 私とギルさんは魔王城で父様を見送って、そのままそちらで食事会に参加する予定だ。だからオルトゥスの方にはあまり顔を出せないのが少しだけ残念。


「メグちゃん!」

「あ、チオ姉。どうしたの?」


 早速、ギルさんと一緒に影移動で魔王城に向かおうとした時、意外な人物に呼び止められて振り返る。オルトゥスの料理長であるチオ姉だ。


「えっと。もし良かったらこれを持っていってもらえないかな?」

「これって?」


 何のことかわからなくて思わず首を傾げる。

 すると、チオ姉はパッと収納魔道具から料理を出して見せてくれた。


「あ……こ、これ」

「オルトゥスで締め料理として出す予定なんだ。今日メグちゃんはもう戻ってこないだろう? でもこれは、たぶん……メグちゃんも食べなきゃいけないかなーって思ってさ」


 チオ姉が見せてくれたのは、ちらし寿司とプリンだった。


 私とお父さんの、思い出の料理。


 じわじわと目の奥が熱くなっていく。


「も、もう……さっきあんなに泣いたのにぃ! これ以上泣かせないでよぉ、チオ姉っ」

「あはは! 今日は身体中の水分がなくなるまで泣いてもらうよっ! で、どう? 持っていくだろう?」


 水分がなくなるまでって。なかなか厳しいことを言うなぁ、まったくもうっ。もちろん、答えは決まっている。


「必ず今日中に食べるよ! お腹がいっぱいでもこれは絶対に食べるっ!」

「そうこなくっちゃね!」


 涙をグイッと腕で拭って笑顔で答えると、チオ姉も少しだけ目尻に涙を光らせながら笑った。


 さぁ、次は父様のことを見送らないと。ギルさんと顔を見合わせてから手をギュッと握り、一緒に影に潜った。

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