新たな魔王の誕生
ふわりと意識が浮上して、ズシリと身体が重くなる。
ああ、久し振りの身体だ。たぶん、数日程度しか経ってはいないのだろうけど、もう何年も魂のまま彷徨っていたかのような錯覚を覚える。
ゆっくりと身体の感覚も戻って来て、瞼を少しずつ開ける。私の身体を支える温もりには早い段階で気付いていた。
「ギル、さん……?」
「メグ……戻って、来たんだな」
目を開けて最初に飛び込んできたのは、安心したように、そして少し泣きそうな顔で微笑むギルさんだった。
目覚めて最初に見るイケメン。この状況、よくあったよねぇ、なんて思い返してしまう。
ごめんね、心配かけて。たくさん頑張ってくれてありがとう。言いたいことは山ほどある。
「うん。……え、ギルさん?」
それらを伝えようとゆっくりと上半身を起こして気付いた。ギルさんが、ものすごくボロボロな状態だということに。
急激に背筋が凍る。あんなに強いギルさんが、どうしてこんな重傷を負っているの!?
慌ててバッと身体を離し、ギルさんの状態を確認する。本人は苦笑を浮かべるばかりだけど、そりゃあ驚くし心配もするでしょぉ!?
「ど、どうして!? どうして、こんな傷……!」
「ああ、メグ。気付いたんだな。まぁ落ち着け。こんな状態だけど、命にかかわるような怪我じゃねーから。つっても無理か」
慌てに慌てまくる私に気付き、リヒトも駆け寄って来てくれた。そうだよ! 落ち着いてなんかいられないよ、わかってるじゃん!
でも、ちょっとは落ち着かないと説明も聞けないよね。だ、大丈夫。大丈夫。すぅ……はぁ……。
さて。リヒトが言うには、どうやらテレストクリフが魔石を破った時、周囲に破片が飛び散ったらしい。ギルさんの怪我はそれによるものがほとんどなのだそうだ。
破片の一つ一つがとんでもない殺傷力を持っていて、魔術の防御だけでは到底防ぎきれないものだったんだって。ひぇ……。
「な、なんで逃げなかったの!?」
ギルさんだったらそんな破片程度、一欠片だって当たることなく避けられたはずなのに。まさか、動けないほどの怪我をその時から負っていたとか? いや、でも影移動があるはずだし……。
困惑と心配で泣きそうになりながら問いかけると、ギルさんは困ったように眉尻を下げて口を開く。
「悪いな。そんな顔をさせるって、わかってはいたんだが……」
その一言だけで、すぐに理解した。
私だ。私の身体があったから、動けなかったんだ。
ギルさんは、私の身体に傷を付けないように身を挺して守ってくれていたんだ……。
「メグが、傷付くより……ずっと、いい」
「~~~っ、馬鹿っ……!」
思わずギュッとギルさんの頭を抱き締める。本当に馬鹿! おかげで私はかすり傷一つ負ってないよ! もうっ!!
……大好き、すぎる。
「ありがとう、ギルさん」
「……ああ」
怒り散らかした後、小さな声でそう呟くと、ギルさんは優しくそう返事をして私を抱き締めてくれた。
帰って来た。やっと、私の居場所に帰って来られたんだなぁって。
この時、ようやく実感出来た。
少し落ち着いた後はお互いに状況報告タイムである。もはやここがどこだかわからないくらい、周囲が瓦礫だらけだってことに気付いたからね。すっごく驚いた。
どうやら、私が身体を乗っ取られてからすでに十日が経過していたらしい。年単位で彷徨っていたような感覚はあったけど、実際は数日程度かなって思っていたからこれにもビックリだよ。
長かったのか短かったのかは……正直よくわからない。でもたぶん、思っていたよりもずっと早く解決出来たんじゃないかな?
でもその間、魔物たちは暴走し、あらゆる場所で大暴れ。特にここの辺り一帯はテレストクリフによる魔力解放の影響をもろに受けてしまったからこの通り、建物も全壊してしまったのだそう。
周囲の町もなかなか酷い有様だった。でも、事前に避難をしていたおかげで住民の被害はゼロ。本当に、ほんっとーーーに安心した!
復興作業は大変かもしれないけどね。責任を感じているのでもちろん手伝えることはなんだってするつもりである。
その他、各地域でも魔物による襲撃が起きていたそうだ。今はまだ被害確認作業を進めている途中らしいけど……こちらも信じられないことに今のところ人的被害はゼロらしい。
怪我をした人たちはたくさんいるけど、命に関わるような怪我をした人はいない上に、重傷患者は全て討伐部隊、つまり特級ギルドのメンバーだけだと聞いて涙が出そうだった。
「でもさ、これで全部……終わったんだろ? 俺みたいに、異世界から勇者が来ることもなくなるんだよな」
「……うん。魔王の暴走も、もう二度とないよ」
私からも、レイやクリフとのやり取りを説明し終えると、リヒトが感慨深げにそっかぁ、と呟いた。色々と思うところがあるんだろうな。それは、私も。
まぁ、すでに異世界の魂を持った者がいる以上、縁の深い人の魂がこの世界に転生するって可能性はなくもないだろうけどね。
でも、記憶を維持してることは滅多にないだろうから拗れることもないんじゃないかなって思う。
「あ、あと、その。私の中にいた二柱の神はもういない。だから……」
「魔力量、か」
私の言葉を拾って、ギルさんが先に答えを口にしてくれる。
そう、私にはもう以前のような膨大な魔力はもうない。それどころか、一般的な成人ハイエルフが持つ量よりずっと少なくなっているのだ。
ま、そうはいっても成人エルフ並にはあるから、亜人基準で言えば多い方なんだけどね。
だから、もう暴走を起こしようもない。
私はようやく、ただのエルフになれたのだ。
「だからごめんね、リヒト。本来なら万年単位で生きるはずだったのに、千年程度で寿命が来ちゃうみたい」
「十分、気が遠くなるほどの年数だわ! ハイエルフジョークやめろ」
運命共同体のリヒトは、私と同じ年数を生きる。だから寿命が短くなったことを伝えなきゃと思って。えへへ。ちなみに、私もまったく同じ感想だ。
ずっと緊張状態が続いていたから、ここでようやく私たちは声を上げて笑った。
「あとは、ちょっと呪いが残ったくらい、かな」
「呪い?」
「うん。でも、これはあってもなくても私的にはあんまり変わらないんだけど」
呪いと聞いて心配そうな顔になったギルさんに、慌ててフォローを入れる。
で、でも。ちょっとだけこれをここで話すのは恥ずかしい。もしかしたら、ギルさんにとってはショックなことかもしれないし。
「あ、あとで話す……」
「? わかった。大丈夫なんだな?」
「うん! それは保障する!」
出来ればもっと落ち着いた時、二人きりで話したい。そう思って少しだけ赤くなった顔を冷ます様に手でパタパタと仰いだ。
話のキリが良くなった時、リヒトが気まずげに近付いてきた。頬を人差し指で掻きつつ、ちょっとだけ照れ臭そうに。なんだろう?
「あー、と。メグ。せっかくだから今話しちまうんだけどさ……一つ、提案がある」
「提案?」
「そう。ギルにはすでに話したんだけど」
改まったように姿勢を正すリヒトを見ていたら、こっちまで緊張してきた。一体何を言い出す気なのだろう。
ドキドキしながら待っていると、リヒトは覚悟を決めたように口を開く。
「メグ。俺と勝負してくれ。命を懸けた、真剣勝負だ」
「え。ええっ!? ちょ、何を言ってるの? 私、もう前みたいに無茶な魔術は使えないんだよ?」
「わかってる。それでも、勝負してくれ。全力で。俺を殺す気で」
「む、む、無理だよ!!」
リヒトだって、私が殺意を持って誰かと戦うなんて無理だってことくらいわかってるだろうに。というか、言い出した理由がわからないんだけど!
「無理だろうがなんだろうが、俺は今からお前を攻撃する。避けなきゃ怪我するだけだからな」
「え、そんな……」
「行くぞ!!」
えええええっ!? リヒトはすぐさま右手に剣を持ち、構えた瞬間飛び掛かって来た。ぎゃーっ!!
「お、意外と避けられるな……これなら、どうだっ!」
「ひゃああっ! ちょ、待ってよ! なんでこんなっ、うわっ」
リヒトは攻撃の手を止めない。私の質問になんか答える気がないみたいに。なんなの、もうっ!
でもこんな時、真っ先に止めようとするはずのギルさんが動かない。だから、たぶん理由があるんだってことはわかる。
……リヒトのことはよくわからないけど、ギルさんのことは信じてる。いや、リヒトのことも信じてるけども。
たぶん、私のためにしてくれているんでしょ? それなら。
「みんなっ、手伝って!」
『まっかせるのよーっ! ご主人様、待ってたのよーっ!!』
あらかじめ逃がしていた精霊たちは、私が呼ぶと一瞬で集まって来てくれた。前に約束した通り、ちゃんと信じて待っていてくれたのが心に伝わってきて、じんわりと温かな気持ちになる。
「反撃くらいは、するんだからねっ!」
「そうこなきゃな!」
やけに生き生きした精霊たちと一緒に、全力でリヒトに立ち向かう。身体は疲労困憊だったけど、たぶんそれはリヒトだって同じ。
ほんと、せっかく解決したのに何やってるんだって感じ。でも、なぜだか楽しいって思う自分もいる。別に戦闘狂なんかでは決してないけど。
「これで、終わりだっ!!」
そうやって私が全力で戦っても、勝負はあっという間についてしまう。わかってたよ。敵うわけないって。
剣を振りかぶるリヒトが目の前に迫ってくるけど、私には絶対に避けられない。ああ、リヒトったら本当に強いなぁ。そう思った時。
「そこまでだ」
私の前に黒い影が立ちふさがり、刀でリヒトの剣を受け止めた。ギィンという金属音が、試合終了の合図みたいだ。
「この勝負、リヒトの勝ちだ」
ギルさんが刀を収めながらそう言うと、リヒトもようやくニッと笑いながら剣を下ろしてくれた。
寸止めしてもらえるとわかってはいたから怖くはなかったけど……張り詰めていた緊張がほぐれてふぅ、と息を吐く。
「いい加減、説明してほしいんだけどっ」
それから、腕を組んで頬を膨らませながら抗議をしてやった。説明もなしに始めるなんてずるい。
リヒトは悪い悪い、と言いながらも絶対にそう思っていないのが丸わかりだ。ギルさんも黙っててさー、仲間外れなんて酷くない?
「メグ。これで俺は、魔王を倒したことになるよな」
「え? ……魔王って、私のこと?」
リヒトはそう言いながら一歩ずつこちらに近付いて来る。そして、目の前に立って膝に手をつき、私に目を合わせた。
「そうだ。俺は現魔王よりも強いことが証明された」
「そうだけど……でも、そんなの戦わなくてもわかることじゃない」
意味がよくわからなくてさらに言い返すと、リヒトはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「いいや。ちゃんと見届け人の前で証明する必要があったからさ。いいか、メグ。そしてギル!」
リヒトは身体を起こし、親指で自分をビシッと指差している。
「今、この瞬間から。この大陸の王、魔王は……俺だ!!」
朝日をバックに宣言したリヒトが、眩しく見える。え、今、なんて……?
「俺が、魔王を引き継ぐ。だからメグ、お前は魔王にはなれない」
「え……え?」
戸惑う私の頭に、リヒトはポンと手を乗せて柔らかく微笑んだ。それって、つまり……。
「お前はさ、オルトゥスのメグでいろ。そこがお前の居場所だろ?」
どこまでも優しい目で告げたリヒトの言葉。
その意味を理解した瞬間、私の涙腺は決壊した。
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