突き刺す言葉
ノイズが入ったようなイメージが、時々頭の中に流れ込んでくる。どうやら各地で魔物の暴走が始まったみたいだ。
テレストクリフが放つ魔力は本当に禍々しい。
それを浴びた魔物たちがどんどん正気を失っていくのを見るのは……正直、すごく辛い。しかも、魔物が進化したと言われる亜人たちにも影響が出ているみたいだった。
普段から鍛えていて耐性のある人なら少し取り乱すくらいなんだけど、そうではない町の人たちの様子がおかしくなっている。
さすがに魔物ほど自我を失うわけではないけど、少し攻撃的になっているというか、どこか苛立っているというか。
ちょっとした刺激で、人同士が争い合ってもおかしくない状況だと思う。一触即発というか……。
そっか。先の戦争でも、こういうことが起こっていたんだね。
魔物が相手というだけで、そこまでの被害が出るなんておかしいって思ってたんだよ。でも、魔王の威圧とも言える暴走した魔力によって、亜人にまで影響が出ているというのなら話は別。
人同士が魔力の影響を受けて、争い合ってしまうからだ。
そして、止めようとする人たちは彼らを無暗に攻撃出来ない。いくら実力があっても、大勢の罪のない人を力で止めるには限界があるんだ。
厄介なのは攻撃的になる人だけではないということ。大きな不安に襲われる人や、正気を失って取り乱す人もいるみたいだ。
それは人から人へと伝わって、大きな恐怖に膨れ上がる。あらゆる負の感情に刺激を与えて、増幅していく。
それが、この魔力暴走の最も厄介なところなんだ。
改めて、その恐ろしさを思い知った。これは一刻も早く止めなきゃいけない。いけないんだけど……!
『レイフェルターヴ! いるというのならなぜ出てこない! 嘘吐きめが……! もう構わん。さっさと世界を一掃し、新たな世界でヤツを見付ければ良い!』
この、分からず屋ーっ!!
怒りに我を忘れたテレストクリフは私の話なんかこれっぽっちも聞きやしない。目の前で彼に気付いてもらおうと頑張るレイのことも、相変わらず一切見えていないようだ。
こんなにもレイは必死なのに。この世界に住む者を、愛する者を守ろうとそれだけを必死で考えているというのに、同じ元神とは思えない頑固者だよっ。
……っていうか、おかしくない?
どうして気付かないの。レイを愛しているんじゃないの? 会いたいんじゃないの?
『レイよ、共に新しい世界で自由に過ごすのだ。永遠の時を! 私と二人で……!』
やっぱり、おかしい。テレストクリフはどこまでも自分勝手だよ。それはもはや……。
「自分のことしか、考えていないじゃない」
フツフツと怒りが込み上げてきた。
拳を握りしめて私が呟くと、隣で必死に叫んでいたレイがぎょっとしたようにこちらを見てきた。でも、そんなのもう気にしない。
「ねぇ、テレストクリフ。あー、もう長いし、クリフって呼ぶからね」
『な、その名で呼ぶな! それは、レイだけが呼ぶことを許されているのだ!』
「それだよ、それ! もう、どうしてそんなに上から目線なの? 許されているって……貴方は、レイより偉いわけ!?」
叫ぶように告げると、クリフはキュッと眉根を寄せた。ようやくこちらの言葉を聞いてくれたようでなによりだよっ!
私はね、怒っているの。分からず屋のクリフに!
『我らの間に、貴賤はない』
「それなら余計に、クリフは自分がどれほど自分勝手かを知った方がいいと思う!」
聞いてくれるようにはなったけど、なんだこいつ、みたいな目で見られてるけどね!
ええい、めげるもんか。たぶんこの人には強気で物を言った方が効果的なんだ。喧嘩を売る感じで。
その後、怒らせて手が付けられないなんてことになったらどうしよう、っていう不安はある。それに私は喧嘩をするのがすごく苦手。
これは、賭けだ。これから私はクリフにとってものすごく嫌なヤツにならなきゃ。
不安だとか、苦手だとか言ってる場合じゃないし、下手したら状況は悪化する恐れだってある。
それでも私は、これが正解だって信じたい……!
私は震えそうになる手をギュッと握りしめ、クリフを睨みつけた。
「レイを愛しているなんて、嘘でしょ。貴方は絶対にレイを愛してなんかいない」
『こ、の……!』
特に、レイのことを話題に出すと沸点が低くなる。彼を怒らせるのはとても簡単だ。
でもさ。そうやって怒るってことは、ちょっと図星なんじゃないの? 同時に、レイへの愛が全て噓ではないとも感じる。
拗れている。クリフは、愛するということをわかっていないんだ。
「だって本当に愛していたら、今もここで叫ぶ彼の声が聞こえないわけがないもの!」
クリフの眉間のシワがさらに深くなっていく。ワナワナと唇を震わせているから、とても怒っているんだろう。
正直、とても怖い。でも、ここで畳みかける……!
「私は聞こえるよ。愛する人の声が。私を心配して、信じてくれている声が、今も聞こえる。でも貴方には聞こえていないんでしょ? その理由がわかる!?」
ほんの些細な違いだ。私がギルさんの声を聞けることと、クリフがレイの声を聞けないその差は。
「クリフは、愛する人の声を聞こうとしてないからだよ!!」
声を聞こうと思っているかどうかだ。その些細な違いが、とても大きな差になっている。
「偉そうなこと言って、全部をレイのせいにしないで! 愛するレイのために世界を綺麗にする? そうすればレイのためになる? ふざけないで。それは全部クリフの望みじゃない!」
はぁはぁと息を切らせていると、クリフが小刻みに震えていることに気付いた。怒りによるものだろうか……?
怖い。もしここで爆発させたら、現実の世界がどうなってしまうのかと思うと責任重大だ。それによってたくさんの命が奪われたらどうしよう。大切な人たちが傷付いたらどうしようって。
でも、信じる。みんなはとっても強くて頼りになるから。もしミスをしても、きっとカバーしてくれる。
『やめろ』
クリフが震える声でそう告げる。念話でも声が震えるって相当だよね。
ただ、その感情がいまいち読めない。怒っているのは間違いないと思うんだけど、それだけじゃない気もするんだよね。
「クリフがただ、レイと二人きりになりたいだけ。クリフがただ、神様になりたいだけ。それをレイも望んでいると、彼に直接聞いたことがあるの?」
『や、めろ……』
やめない。一歩、また一歩とクリフに近付いて、私はさらに言葉をかけ続ける。
「レイが羨ましいんでしょう。誰かを愛するレイが輝いて見えたんだ。だから、愛するということを知りたくなった。違う?」
レイも驚いたように目を丸くして私を見ていた。意外、かな?
でもね、これは事実。同じ身体を共有している状態だからなのか、私の魂がクリフに呑み込まれかけているからかわからないけど、だんだんわかるようになってきたの。
彼の、心の奥底にある感情が。
「でも、理解出来なかった。それを認めたくなかった。だから、そう思うことにしたんじゃない?」
『やめろっ!!』
「クリフは、自分のことしか考えられない! 愛をまだ知らない! 愛するということに憧れただけの、ただの
『やめろぉぉぉぉっ!!』
ついに、クリフを捕らえていた魔石が割れてしまった。煽った自覚はある。こうなるだろうっていう予想も。
事態は最悪かに思えるけれど、次の一手に繋げられたって確信している。
だから、きっと大丈夫。あとは……。
「クリフっ!!」
「っ!?」
……レイに、任せればいい。
大きな声で叫びながら、レイはクリフに飛びついていた。首に手を回し、ギュウギュウと抱き締めている。
絵面的には私がレイに抱き締められているみたいでなんともいえない気持ちだけど。
「見えている? 僕の声が聞こえている? ねぇ、僕はここにいる。ずっと君の近くにいるよ」
「レ、イ……?」
魔石から解放されたクリフは、自分の声で言葉を紡ぐ。私の声だけど。
いやいや、そんなこと気にしていたらキリがない。今はただ、彼らの決着を見届けなければ。
「そうだ。レイフェルターヴだ。ねぇ、テレストクリフ。僕のことを少しでも気にかけてくれているのなら、僕の言葉をちゃんと聞いてほしい。僕の願いを、知ってほしいんだ」
やっと声が届いた。
そのことに気付いたレイは、一生懸命言葉を紡いでいる。
これまでずっと伝えたくて、伝えられなかった言葉を。
クリフは、信じられないといった状態で呆然としていた。
行き場を失ったクリフの両手が、レイを抱き締め返すことも出来ずに宙で震えている。
「僕はね、この世界が愛おしいんだ。壊されたくなんてない。彼らを守るためなら、神に戻れなくてもいいんだ」
「なっ、それでは、いつか終わりが来てしまう! 私たちは永遠に一緒だと、約束したのを忘れたというのか!?」
約束? そんな約束をしていたんだ……。
でもさ。それってきっと、レイだってその約束を破るつもりはなかったはずだよ。でも、神から堕ちて……それが叶わなくなってしまっただけなんだよね?
レイは、申し訳なさそうに目を伏せた。でも言葉を止めることはなく、悲しそうに口を開く。
「覚えているよ。それに、約束を守りたいとも思ってる」
「ならっ!!」
「どちらも、叶えたいんだよ。ずっと君にそれを伝えたかった」
レイは両手でクリフの顔を挟み込んだ。距離感がなんとなく恋人のそれで、どことなく恥ずかしい気持ちになっちゃう。
「人はね、生まれ変われるんだ。記憶はなくなるけれど、魂に刻まれた何かは残る。だからね」
レイはそのままクリフとおでこをくっつけた。私とギルさんがあれをよくやるやつ。
……なんだかすごく、ギルさんに会いたくなった。
今頃、どうしているかな。魔物被害を食い止めてくれているのかな。それとも、私の近くでクリフを見張っているのかな。怪我をしていないといいな……。
「僕たちだって、何度でも出会える。人として生を終わらせて、生まれ変わろう? その度に、ずっと一緒にいるんだ。それは、永遠に一緒にいるという約束を果たせることにならないかい?」
そうしている間にも、レイはクリフに話しかけ続けている。
先ほどまでの荒れ狂ったような気配は、いつの間にか嘘のように消え去っていた。
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