sideルーン
「い、今の、何……?」
いつも通り、アニュラスで仕事をしていた時、それは突然訪れた。訪れた、というか感じたんだけど。
慌てて近くにいたグートに顔を向けると、グートもまた驚いた顔でこっちを見ていた。
「ルーン、今のって」
「うん、私も感じた。っていうか、みんな気付いたんじゃないかな。なんだろう……この、不安になる感じ」
私たちは慌ててお父さんを探すため、アニュラスのホールに走った。
駆け込んだ先のホールには、私たちと同じように困惑した人たちが集まっていて、みんなが不安げな顔を浮かべている。
それが伝染して、なんだか怖くなっていく。不安が胸いっぱいに広がって、私も泣きそうな顔になっているかもしれない。
「ルーン、大丈夫だ。しっかりしろ」
「グート……でも」
「俺たちは、いつかアニュラスを背負って立つんだろ。ここで不安に負けたらダメじゃん。俺たちがみんなを励まさないと」
グートだって顔が引きつっているくせに、無理やり笑ってそんなこと言われたら……私だって弱音なんか吐いていられない。
グッと息を呑み込んで、軽いグーパンチをグートに向けた。
「~~~っ、グートのくせにっ!」
「ははっ、その調子、その調子!」
グートはそんな私のパンチを手のひらで受け止めながら明るく笑う。グートもまた、こうしたことで緊張が少しだけ解れたみたいだった。さすが私っ。
気を取り直して、現状の把握に努めなきゃ。最初ほどの衝撃はないけど、今もじわじわと嫌な感覚が襲ってきている。
冷静になってみれば簡単なことだった。だって、こうなることは予想済みたったんだから。
「これってさ、あれだよね。あの日が来たってことでしょ」
「だな。そうとしか考えられない」
魔王の魔力暴走。
今の魔王が亡くなった後、新しい魔王が誕生する。その時、膨大な魔力に耐え切れず、暴走してしまうんだったよね。
昔にもその暴走が起きて、魔物たちが大暴れする人と魔物の大戦争があった。
私たちはそれを人からの話でしか知らないけど、その戦争を生き抜いた人たちは今もたくさん残ってる。お父さんたちの世代だから当然だよね。
「メグ……大丈夫、かな」
グートが心配そうにポツリと言った。
そう、メグこそが次期魔王。つまり、この魔力暴走はメグが引き起こしているってことなんだよね。
話を聞いた時はよくわからなかったけど……こんなにも大きな宿命を背負っているなんて知って、すごくショックを受けたよ。
だから、私は何があってもメグの友達でい続けようって思ったんだよね。最初から友達をやめるつもりなんてこれっぽっちもなかったけどっ!
「大丈夫。メグならきっと」
「……そうだな。なら、俺たちには俺たちに出来ることをしないと」
信じることしか出来ない。メグの暴走を止めるのは、私たちには出来ないことだってわかってるから。
それでも、自分たちに出来ることなんてほんのわずかだ。それがすっごく悔しいけど、やるべきことも出来ないなんてもっとダメダメだからね!
私はグートと顔を見合わせてから、未だ混乱の中にいるギルドのみんなに向けて声を張り上げた。
「みんなー、落ち着いて! きっともうすぐ
お行儀が悪いけど、ギルド内のテーブルの上にぴょんと飛び乗って目立つように両腕を上げて伝える。
おかげでみんな、ちゃんとこっちに注目してくれた。テーブルは後で拭くからねっ!
「なら、私たちが今するべきなのは心構えだよ。頭からの報告を、そんな顔で聞くつもり? 私たちは、特級ギルドアニュラスのメンバーでしょ!?」
腰に手を当てて、偉そうに言うのがポイント。みんなだって、私がこうしていつも通りに振舞っていた方が安心すると思って。
それと、まだ成人前の子どもにこんなこと言われたら、きっと火が点くでしょ? そんな思いが透けて見えるように、私はニッと歯を見せて笑ってやった。
「さすがは俺の娘だな」
「お父さ……頭っ!」
私の言葉を聞いてみんなが顔を見合わせた時、タイミングよくお父さんがやってきた。うっかりお父さんって呼びそうになっちゃったけど、今は頭として扱わないと締まらないと思って慌てて言い直す。
「くっ、お父さんと呼んでもらえないのも辛いな」
「い、今はそんな話している場合じゃないでしょっ」
だけど、お父さんの方がこんな調子だから力が抜けるよぉ。周囲で見てたギルドのみんなも思わず噴き出して笑っちゃってるし! もーっ、頭なんだからしっかりしてよねー!
「いい顔してるな、お前ら。すっかり怯えて縮こまったかと思ったぜ」
でもそれは、お父さんなりの気遣いだったのかもね。程よくみんなの肩の力が抜けているのが見てわかるから。
やっぱりお父さんの存在感は違うなぁ。私はまだまだみたい。それでも、少しは力になれていたと思うけどね!
お父さんはフッと笑った後、私が立つテーブルの横に立って表情を引き締めた。
「魔王の暴走が始まる。これまでずっと準備してきたな? 厄災ってのは、ある日突然訪れるもんだ。そして、まだこれから状況が悪化していく恐れがある。各自、役割を全うし、町や人々を守れ! あと、絶対に死ぬなよ!」
おう! という声がギルド中に響き渡った。もう、さっきまでの混乱した雰囲気はない。誰もが戦いに向けて気持ちが切り替わっている。
「ルーン、グート。お前らも持ち場につけ。暴走した魔物たちは子どもだからって容赦しちゃくれねぇ。前線には立たねぇが、いつ町で魔物に遭遇するかはわかんねぇからな。心構えはしておけよ」
みんながそれぞれ動き出したのを確認した後、お父さんは私とグートに向けてそう言った。そんなの、とっくにわかってる!
「任せてよ! ちゃんと町の人たちを誘導するから!」
「ああ。だからこっちは任せて、父さんはもう行ってくれ」
特級ギルド、アニュラスの頭がいつまでもこんなところにいたらダメだからね。私もグートも、ちゃんとわかってるんだから。
「ああ、お前たち。随分大きくなったなぁ……」
だけど、お父さんの方が離れがたいみたい。私たちをグイッと引き寄せるとワシワシと頭を乱暴に撫でてくる。ちょ、ちょっとぉ!
「もうっ、しんみりするのはやめてよっ」
「そうだぞっ、もういい加減に離れろって!」
私たちがジタバタ暴れ始めたのを見て豪快に笑ったお父さんは、ようやく手を離して歩き出した。
そして、振り返ることなく去って行く。その後ろ姿はとても頼もしくて、誇らしくなっちゃうな。
「俺たちには父さんがいるけど、オルトゥスは今、そのトップを失ったばかり、なんだよな」
……そうだったね。魔王とユージンさんは魂が繋がっているから、メグは一気に父親を二人とも喪ったってことになる。
これは、まだ限られた人しか知らない情報だ。私たちはメグから聞いていたんだけど。
別れを悲しんだりする暇もなく、この状況があるんだ。アニュラスなんかとは比較にならないくらい混乱していいたりして……。
「……ううん。オルトゥスは大丈夫だと思う。事前に心構えくらいしているんじゃないかな。私たち以上に、こうなることが予想出来ていただろうし」
心配になったけど、すぐにそう思い直した。
だって、あのギルドって同じ特級ギルドとして悔しくなるくらいすっごくヤバい人が多いんだもん! きっとこのピンチだって切り抜ける算段をつけていたはず。
「そっか。そうだよな。特級ギルド、ステルラや上級ギルドのシュトルもきっと迅速に対応してる」
ステルラにいるマイケは、もう成人だったっけ。泣き虫だったピーアも頑張ってるかな。シュトルにいるハイデマリーは……意外と肝が据わってそうだから大丈夫かな。
闘技大会の時に出会った年の近いお友達。あれからたまーにしか会ってないけど、今でも手紙でやり取りしている大切なお友達だ。
同年代の子たちが頑張っているって思うと、不思議と力が湧くよね。負けてられないって。
それは、メグも同じ。でも、あの子は本当に色んなものを背負って生きてるから……時々、すごく遠い存在のように思えちゃう。でも忘れちゃいけないって思うんだ。
色んなものを背負っているだけで、本当は普通の女の子なんだってこと。きっと誰よりもこの状況を止めたいって思ってるよね。あんなに優しいんだもん。
これで誰かが傷付いたりしたら、メグが正気に戻った時すっごく苦しむ。そんな思い、絶対にさせたくない。ううん、させない。大事な友達なんだから!
「確かに私たちは商業ギルドで、こういったことはあまり得意じゃないけど……後れを取るわけにはいかないよね!」
「ああ、そうだな。よし……行くぞ!」
それこそ、特級ギルドの名が廃るってもんよ! 私とグートは力強く頷き合ってからギルドを飛び出した。
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