スタンピード


 テレストクリフの思惑はわかった。レイの願いもわかった。ついでにダンジョンの魔物についてと、私の出生の秘密もハッキリした。


「まずは名前を伝えて、この身体が他の人に危害を加えに行かないようにしないとだよね」


 目標がハッキリすると、何をすればいいのかが見えてくるというものである。どうしたらいいのかサッパリわからなかったはずなのに、今ならわかる気がした。

 この感覚は、メグになってから何度も経験しているけど本当に不思議だよね。


 心に、従おう。


『メグ……!』

「ギル、さん!」


 その時、急にギルさんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。思わずレイに目を向けて見ると首を横に振られたので、どうやら聞こえていたのは私だけみたいだ。


 ならこれは、魂に直接語りかけているということだ。つまり、私からも伝えられるということ。


 ふと、ギルさんが怪我をしているイメージが浮かぶ。どうやら精神へのダメージが一番大きいみたい。一体どんな戦いをしているの……!?


 ううん、心配している暇があるなら早く伝えなきゃ。それがギルさんを、みんなを守ることに繋がるんだから。


 貴方を、信じているからね。


「聞いて、ギルさん」


 その身体を今、乗っ取っているのは────


「「っ、テレストクリフ!」」


 ギルさんと私の声が重なった気がする。そして次の瞬間、私を捕らえていた沼がわずかに揺らいだのがわかった。あ、ちょっとだけ身体が動かせる。


 それから数秒後、さっきよりももっと沼が揺らいで、いとも簡単に拘束が緩んでいった。それでもまだ身体に纏わりついていたから、私は慌ててその場から離れる。

 レイも手を伸ばして私を引き寄せてくれたことで、ようやく私は沼から脱出することが出来た。


 よ、よかったぁ。本当に気持ち悪かったもん。もう二度と捕まりたくはない。


「い、今は何が起きたんだろう。レイはわかる?」


 途切れ途切れながらもイメージが伝わってきたからなんとなくはわかるよ。ギルさんとリヒトがうまくやってくれたんだってことが。でも、何がどうなったのかはよくわからないや。


「そうだね。君と魂を分け合った勇者がうまく隙を作って、その間に君の番がうまく動きを止めたみたい。今は魔法石に封印されて、動きを制御されているみたいだね。たぶん、もうすぐ……」


 レイがそこまで口した直後、数メートルほど先にぼんやりと何かの輪郭が見えてくる。この心の中、というか精神の中にいる間、距離なんてさして意味はないかもしれないけど、ちょっと離れた位置に現れたことに、何かしらの意味がある気がした。


 たとえば、そう。出来ればあまり見られたくない、とか。


 何かが現れたのがわかるだけで良くは見えないんだけど、同じ空間にいるからそれが何なのかは予想がつく。


「テレストクリフ……?」

「そうみたいだね。行ってみようか」

「う、うん。でも、レイは大丈夫?」


 二人の間には気まずい何かがあるんじゃないかなって思ってそう聞いたんだけど、レイはおかしそうにクスクス笑った。


「僕はそもそも、彼と話したいとずーっと願っていたんだよ? まだ彼が僕を認識出来るかはわからないけど、もしかしたらって期待しているくらいだ」

「そうでした」

「それより、メグの方こそ大丈夫? 彼の前に行ったら、またあの手この手で身体を寄越せって言ってくると思うよ? 邪魔するなって」


 うーん、その可能性は高いと思う。というか、すでに身体は彼に乗っ取られているのに、それでもまだ言ってくるのかな?

 そんな私の疑問を察したのか、レイは難しい顔で腕を組んだ。


「確かに今、身体の所有権はクリフにある。けど、少しだけ綻びが出来ているよ。今なら頑張ればメグが取り戻せると思うけど……また奪い返されるかもしれない」

「その繰り返しになりそうだよね。私にもそんな予感はあるよ」


 出来ればすぐにでも身体を取り戻したいし、この世界を滅ぼされるのは絶対に防ぎたい。けど、物事にはタイミングというものがあると思うのだ。


 幸いにも、今はギルさんとリヒトのおかげで動きを制御されている状態だ。それなら、今のうちにここで出来ることをしておきたい。


 出来ること、それはずばり対話である。っていうかそれくらいしか出来ないし! 戦いなんて向いてないもん! すぐ負けるもん、私!


「行こう。のんびりしたって、何も始まらないし終わらない!」

「ふふ、そうだね。行こうか」


 レイは笑いながらそう言ったけど、その目はどこか不安そうに揺れているように感じた。


 二人でテレストクリフのもとに近付いていくと、あちらも私のことに気付いたようでものすごい形相で睨んできた。私の顔で。


 私って、あんな顔も出来たんだなぁ……。メグは怒った顔もまったく怖くない、なんていつも言われていたけど、あの顔はちょっと怖いと思う。憎しみや怒りって、本当に人の顔まで変えてしまうんだな。


「テレストクリフ、だね?」

『身体の盗人か。何の用だ。今さら来ても、身体は返さぬぞ』


 彼は無色透明な魔法石に身体の半分以上を取り込まれていた。口元も覆われているから喋ることも出来ないみたい。だから念話で話したのだろう。

 この空間が精神世界だからか、その声はビリビリとした不思議な響きを持っていた。


 しかも私の声なんだよね。高めでかわいらしい感じの声だからか、凄まれてもそんなに怖くない。私の身体、グッジョブ! これで声もおどろおどろしかったら震えているところだ。だって怖がりだもん、私。


 そんなわけなので、私は強気に彼の前に立つ。見た目は私の姿だから変な感じだけど、気にしてなんかいられません。


「不可抗力とはいえ、私が横からこの身体を横取りしたのは確かだと思う。でも、ここまで無事に育ったのは私のおかげでもあると思うんですけど」


 色んな人に助けられて、愛されて、たくさんの経験をして。心も身体も健やかに育ってきたと自負しています。

 まぁ、いろんなトラブルには見舞われたけども。それでも、なんとか乗り越えてきたもん。


 ここまで無事に成長した、私にも身体の持ち主としての権利はあると主張します!


『ふん、人に助けてもらえる容姿に創ったのだ。放っておいても誰かが育てることはわかっていた』


 えっ、それさえも計算済みだったんだ……!? やけに整っているもんねぇ、確かに。

 エルフという特徴だけではなくて、ほんのりピンク色の輝く髪といい、雰囲気といい、実際ものすごくかわいらしい容姿ではある。

 中身がこんなんで申し訳ないと常々思っていたから、あえてそうしたのだと知ってものすごく納得しちゃった。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。どうにかして説得しなきゃ。


『笑いに来たのか? 神ともあろう存在が、人ごときに捕らえられたこの情けない姿を』

「ううん。話をしにきたの。世界を滅ぼすのは止めてほしいから。世界を創り直そうだなんて、考えないでほしい」

『は……』


 しかし、私に交渉事は向いていなかった。


 わ、わかってたよ! でも、よく回らない頭で無理に交渉をしようと思ってもどうせうまくいかないんだから、ドストレートにいくしかないでしょっ! 時間もないことだし!


『お前、なぜそれを知っている』

「え?」


 ただ呆れられるだろうと思っていたんだけど、どうもテレストクリフの様子がおかしい。さっき以上にすごい顔で睨みつけてきたから、思わず一歩後ろに下がってしまった。


『私が世界を創り直そうとしていることを、なぜ知っている……!』

「そ、れは。聞いたから……」


 私の声を遮るように、誰に!? と叫ばれてさらに一歩下がる。


 ああ……改めてわかったよ。やっぱり見えていないんだね。ここで彼と話し始めてからそんな気はしていたけれど。


 だって、私の隣にはずっとレイが立っているというのに、何の反応も示さないんだもん。


「レイだよ。レイフェルターヴ。貴方には見えないのね? ここにいるのに」

『戯言を!!』


 ゴゥッという音とともに、ものすごい魔力の圧を感じた。心の中だというのに飛ばされそうで、慌てて両腕で顔を覆った。


 だけど、思っていた以上の衝撃はいつまでたっても襲ってこない。おそるおそる目を開けると、私を守るようにレイが前に立ち、魔力の圧を防いでくれていた。


『な、なぜ防げる……!? ただの人間の魂ごときがっ!』


 つまり、今はテレストクリフの目の前にレイが立っている。だというのに、彼の目にはレイの姿が一切見えていないようだった。


「クリフ……どうか、僕に気付いてよ。僕の意見を聞いてよ。僕は、この世界を滅ぼしたくなんか、ないのに」


 レイの背中はとても悲しそうに見えた。


 なんで? どうして? テレストクリフはレイのことを愛しているんじゃないの? だから堕ちたんじゃないの?

 それほどの愛を抱いていながら、どうしてレイのことを見付けられないのだろう。


『わかったぞ。人間の分際で、私を動揺させる気なのだな!? 我が最愛の名を出して虚偽を告げるなど……許せぬ。決して許せぬ!!』


 なんかものすごく怒ってる!? ちょ、私は嘘なんて言ってないのに!


 テレストクリフがさっき以上に魔力を放出しているけれど、私は相変わらずレイに守られているから無事だ。それがせめてもの救い……そう思っていたんだけど。


「メグ、ダメだ! この魔力は外でも放出されている! 魔力に関しては結界も意味を成していない……世界中で、魔物の暴走が始まってしまう!」


 焦ったように叫んだレイの言葉を聞いて、背筋が凍る。そ、それって。


「また、始まってしまう。魔物と人の、戦争が……!」


 そんな……! 身体の動きを止めても、魔物の暴走が始まってしまうなんて。


 それでも、一番厄介な敵となるであろう本体は動けないままだ。大丈夫。落ち着いて。

 こういう日が来た時のために、オルトゥスだけでなく他の特級ギルドや魔王城の人たちも対策を練ってくれているのだから。


 信じよう。そして、私は全力で彼を止めよう。ここからが私の戦いなんだから。

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