元神の望み
理解が追い付かなかった。言っている意味はわかるんだけど、話があまりにも私の知る世界から逸脱しすぎていたから。
「新しい、神……?」
声が震えてしまう。レイは小さく頷くと、感情のない顔で淡々と説明を続けた。
「まずクリフは、この世界の全てを破壊し、命を刈りつくすよ。そうして真っ新になった世界で、自分にとって都合の良い新たな命を生み出すんだ。そうすれば、彼はその世界の神と言えるだろうから」
「や、やばい思考すぎてついていけないんですが……?」
天地開闢ってやつ、だよね? まさしく神話だ。実際それをやろうとしているだなんて、現実味がない。
でも、じわじわと恐ろしさを感じるのは、それが出来てしまう力をこの身体が持っているとわかるからだ。
私では無理でも、テレストクリフが操るこの身体なら出来てしまう。その力があるのだから。
「いくら世界を作り直したって、神になったって……きっと同じことを繰り返すだけだろうに」
レイはとても悲しそうに目を伏せた。
それは……私も、そう思う。自分に都合の良い世界なんて、出来っこないもん。命を吹き込まれた生き物には、それぞれ意思が宿るんだから。
もしくは、魂を持たない存在を作るつもりなのかな。私が宿る前のこの身体や、ダンジョンの魔物みたいに。
……ダンジョンの、魔物? そこまで考えた時、レイがフッと悲し気に目を伏せた。
「……君の想像通りだよ。ダンジョンの魔物は、クリフが生み出したシステムだ。人の能力を底上げするために生み出された存在で、魂を持たない。オリジナルのコピーにすぎないんだ」
「コピー……? じゃ、じゃあ、倒されてもいずれまた復活するのもそういうシステムだからなの?」
「そうだね。この世界の神だった時に彼が創ったものだ。君という器も彼が手を加えたからこそ生まれてきた。完全なる彼の創ったものとは言えないけれど。そうでもなきゃ、魔王とハイエルフの間に子どもなんかほぼ出来ないよ」
……まさかここでダンジョンの魔物について知ることになろうとは。衝撃の事実過ぎませんかね?
というか、私がこの世界にいられるのもある意味テレストクリフのおかげってことじゃないか。大きな意味で生みの親というわけだ。ふ、複雑……。
「そうだったんだ……でも、魂を持たない存在であっても、コピーであっても、心は生まれたよ」
だって、この身体が望んだからこそ私の魂が呼ばれたんだもん。ダンジョンの魔物だって、微かに意思のようなものを感じる時があったし。
思えば、私と同じような存在だからこそ感じ取れたのかもしれない。他の人にはわからない、微かな意思を。
「そうみたいだね。これは新発見だよ。だからこそ、クリフのしようとしていることは……失敗する」
最初はうまくいくかもしれない。彼にとっての理想の世界で、思い通りにいくのだろう。
でも、ほんの欠片だった意思は確実に成長していき、いつかは彼の思う通りに動かなくなる。育まれた心によって、世界はそこで生きている者たちが動かすようになるんだ。
そうだよ。世界は神様のものじゃない。そこで生きている者たちのものだ。
生み出してくれたことに感謝はするし、敬う気持ちもある。でも支配は違う。絶対に違うって思う!
「でもこれは僕の推測だ。当たっているとは思うんだけどね。ごめんね。僕はこの世界の生き物たちを守ることに全力を使ってきた。だから、彼を止めるどころか思考を探る力もあんまりないんだ。今思えば、対話することこそが最も必要なことだったのかもしれない」
レイの推測は私もほぼ当たっていると思う。けど、そっか。ハイエルフの郷に別種族と子を成してはならないという掟を作ったり、膨大な魔力を分散させるために勇者という存在を連れて来たり、随分と遠回しな援助だなって思っちゃっていたけど……そういう理由だったんだ。
レイは、自分に出来る精一杯で私たちを守ってくれていたんだね。
「でもクリフは、僕の存在に一切気付いてくれないから。ううん、それは言い訳だ。僕だって、彼と向き合うのが怖くて本気で対話しようとしていなかったのだろう」
テレストクリフは神になるために全ての力を注いでいる。だから、愛したはずのレイの存在にさえ気付かないってことか。
……なんだろう、違和感がある。それが何なのか、ハッキリとはわからないけど。
「確信を持ってアドバイスが出来なくてごめん。最悪な推測だったよね。不安を煽るだけになってしまったかな?」
そこまで話した後、レイは申し訳なさそうに私の顔を覗き込んできた。
最悪な推測、か。ふふっ、そのくらいは慣れていますとも。
「大丈夫。常に最悪を想定して動くのが、オルトゥスのルールだから!」
「! ふふっ、そっか。そうだったね」
とにもかくにも、今はギルさんたちに私を攻撃しても大丈夫だってことに気付いてもらいたい。まずはそれを祈ってみよう。
どうせ今はこの拘束から抜け出すことが出来ないんだから、出来る手を一つずつ!
『もし、私が身体を乗っ取られて、暴れるようなことがあったら……ギルさんが私を止めて。殺してでも』
ふと、あの時にギルさんとした約束を思い出す。あの覚悟は、今も変わっていない。たとえ身体が死ぬことになったとしても、私はそれを後悔したりしない。
ただそれは、ギルさんの手による終わりであってほしいとは思うけどね。これは私のワガママだ。
「そうだ。あの時のことを、ギルさんが思い出してくれたら……!」
ポツリとそう呟いた瞬間、脳裏にギルさんがその刀を私に向かって振るうイメージが見えた。
あまりにも早いその攻撃に、理解が追い付かない。追い付かなかったけど……。
「私に、攻撃をしかけてくれた……?」
もしかしたら、あの時のことを同じタイミングで思い出してくれたのかもしれない。その上で、腹を括ってくれたのかも。
これが番としての繋がりだなんて都合の良い解釈かもしれないけど、信じてみる価値はあるよね。
ギルさんが攻撃を繰り出したことで、リヒトも吹っ切れたのか二人して攻撃を仕掛けるイメージが途切れ途切れに見えてくる。
うん、うん! そうだよ! それでいい! よかった、絶望的にも思えた戦況に少し追い風が吹いたかもしれない。
「伝えられたみたいだね?」
「うん。でも名前となるとイメージで伝えるわけにはいかないから難しいな……ううん、伝えてみせるよ!」
そう、愛の力で! ……なーんて、ね。
うっわ、恥ずかし。こんなこと、今しか言えないや。
すると突然、レイがお腹を抱えて笑い出した。ちょ、ちょっと! 思考を読んだの? さすがに恥ずかしいんだけどっ!
「違うよ。おかしくて笑ったんじゃない。互いに愛し合うことって素晴らしいなと思ったんだ。それと……」
相変わらず笑いながらだけど、レイが本当に馬鹿にして笑っているわけじゃないってことはわかった。
でも、微妙な心境にはなるからやめてほしい。いや、いっそ今みたいに笑ってくれた方が清々しいかもしれない。恥ずかしいけど!
でも、レイがここまで嬉しそうに声を上げて笑う姿は初めて見たな。なんだ。私たちと同じように笑えるんだ。元神様でも。
「いつの間にか、メグは僕に対して気軽に話してくれているなって」
「え? あ……」
「それが、すごく嬉しいんだ」
そ、そういえば、最初は間違いなく丁寧に敬語で話していたはずなのに。い、いつからこんな気軽に接しちゃっていたんだろう?
元とはいえ神様が相手なのに申し訳なく……いや、今レイは嬉しいって言った。こんな風に接した方が良かったってこと?
「僕は、人を愛しているからね。メグ、君のことはその中でも特に愛しているよ」
そうだった。そうだったよね。レイはこの世界に生きる者たちを愛しているからこそ、必死で長い間守ろうと戦ってくれていたんだ。
なら、今度はそんなレイにもお返ししたいな。ずっと一人で戦い続けてくれたんだもん。
「ね、レイはどうしたい?」
「え? そりゃあ、みんながこの先も幸せに暮らせるように……」
「ううん、そうじゃなくて」
言葉を途中で遮るように伝えると、レイは不思議そうに首を傾げた。こうして見ると、なんだか幼い少年のようにも見えるなぁ。
「レイ自身はどうなりたいのかなって。この先も、神様のような存在としてこの世界に生きる者たちを見守りたい? それとも……」
私には、聞く前からその答えがわかるような気がした。レイはハッとなって息を呑む。
「人と同じように生まれて、死んで。巡る魂の輪に入りたいと思っているのかな」
人を愛しているとレイは言うけれど、もしかしたら憧れているのかもしれないって思ったんだ。
愛してしまったから堕ちたのではなくて、自分も人と同じように生きてみたいって、そう願ってしまったから、堕ちたんじゃないかなって。
「……メグは、すごいね。うん……うん、そうだ。僕は人になりたい。もう、解放されたいよ……」
そう言って笑ったレイは、まるで泣いているようにも見えた。
だから私は余計に、彼のことも救いたいって思ったのだ。
それが烏滸がましいことだとしても。
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