sideギルナンディオ 後編


 外側から俺とリヒトが、内側からおそらくメグが攻撃をしているからか、ソイツはついにその場を動いた。


 ただ楽観視は出来ない。動いたということは、俺たちを無視して大量殺戮に向かう可能性もあるからだ。


 先ほどヤツは飽きたと言った。メグの心を折るために俺たちを先に殺そうと考えていたようだが、俺たちは意外としぶとい。

 相手をするよりも、先に街に向かおうといつ考えを変えてもおかしくないな。


 だが、そうとわかっていてもソイツの動きを止める決定的な一手が思いつかない。


 こんな時、メグならきっと突拍子もないことを思いつくのだろうな。だがその一見おかしなアイデアが、有効な一手となる。


 そう思った時、ふと暗い影の中で顔を真っ赤にして微笑むメグの顔が脳裏に浮かんだ。


「……待てよ?」


 それをキッカケに、俺の中に一つの考えが浮かぶ。これなら、もしかするとうまくいくかもしれない。


 俺の影は、俺自身と番以外が入ると精神が崩壊する。神相手にも効くかどうかはわからないが……試す価値はある。


 しかし同時に、その一手は危険でもあった。なぜならヤツは今、メグの身体を使っている。

 それがもし番として認識されたのなら、ヤツは影の中で自由に動くことが出来、俺は逃げ場もなく一方的にやられることになるだろう。


 まぁ、その点は無用な心配だという確信はあるがな。俺がヤツを絶対に受け入れたくないと思っているのが理由だ。


 俺はメグの魂を愛しているのであって、いくら身体がメグでも中身が違えば拒否をする。ただ、激しく拒む相手を影に入れることで、俺にかかるダメージも相当なものにはなるだろう。


 考える時間も惜しい。出来る手は全て打つ。ただそれだけだ。


「リヒト」


 ヤツに攻撃を仕掛けながら簡潔に説明をすると、リヒトは軽い舌打ちをした。己の力不足を悔やんでいるのだろう。俺にもその気持ちはよくわかる。


「それ、本当に大丈夫なのかよ……ギルがやられちまったら、さすがに俺一人で抑えらんねーぞ」

「成功させる。必ず」


 まだ、メグからの声は微かにしか届いていない。ヤツに仕掛けたその時、名前を知ることが出来ているかどうかは賭けだ。


「ま、どのみちメグがやられたら俺も死ぬことになる。メグはギルに命預けてんだろ? なら俺だって同じだし。たださ、俺はまだまだ死ぬ気はねぇからな、ギル!」


 リヒトはそれだけを言い残し、どうにかヤツを誘導するように動き始めた。

 理解が早くて頼もしい限りだ。影に取り込むには地面か壁か、どこかに触れていてもらわなければならないからな。


「は。死なせるつもりも、ない」


 すでにリヒトには届いていないだろうが、無意識に口に出して呟く。


 さて、俺もただリヒトに頼ってばかりもいられない。反対側から回り込み、ヤツを追い込むとしよう。


 勝負の分かれ目というものは、ほんの一瞬で決まる。


 リヒトが全力で剣を振ったのとほぼ同じタイミングで、俺も反対方向から刀を振るった。ヤツの頭上には影の魔術が迫っている。咄嗟に回避行動を取るなら恐らく……!


 ヤツの右のつま先が、地面に着いた。


 その瞬間、全神経を集中させてヤツを影に取り込むことに全力を注いだ。ほんのわずかでも、影に触れれば取り込める。


「これ、は……!」


 初めてヤツの顔が歪む。それによって、この一手が有効なのだということがわかった。


「あ、ああああああっ!!」

「ぐっ……!」


 強烈な不快感が俺を襲う。同時に、メグの声で聞こえてくるヤツの叫び声はなかなか心にくるものがあった。


 だが、これでようやくヤツの動きを止められた。長くは保たないが、まだ俺はどうにか動ける。


 あとは、名だ。教えてくれ、メグ……!


「がっ、は……!」


 口の中に広がる鉄の味。ああ、血を吐いたのかと気付くのに数秒を要した。


 ここまでのダメージを負うのはかなり久しぶりだな。不思議なもので、危機が迫った時ほど笑えてくる。


 荒い呼吸をしながらつい笑みを浮かべた時だった。


 ────ギル、さん!


 ……ああ、聞こえた。


 まだ小さな声だが、愛する者の声だ。一言も漏らさなかったぞ、メグ。


 思い通りに動かない身体を無理矢理起こし、足に力を込める。今にも影から逃れ、出て行こうとするヤツを目がけて思い切り踏み込んだ。


 一瞬で間合いを詰め、ヤツの胸倉を掴む。ああ、メグ。乱暴に扱ってすまないな。


「っ、テレストクリフ!」

「っ!?」


 名を呼ぶと、ビクリとその身体が一瞬だけ硬直した。

 同時に、ヤツの繰り出した黒い炎が俺の腕や腹、足に突き刺さっていく。しかしもはや痛みなど感じなかった。


 だがダメージは負う。そのせいで影の外に飛び出してしまったが……もう遅い。条件はもう、全て満たせるのだから。


 俺は再びヤツの名を呼び、先ほどよりも確実にその動きを止めてやった。


「ぐっ、こ、の……虫けらが……っ」


 俺たちが何をしようとしているのかを、本能的に察知しているのだろう。憎々しげに俺を睨んでくる。

 その顔でやられると、色々と思うところはあるが……まぁいい。


 収納から魔石を取り出し、ヤツの身体に押し付ける。


「この者テレストクリフを、繋ぎ止め捕縛せよ!!」


 ピピィが持つ特殊体質「絶対防御」の力を使った捕縛魔術。縛りたい者の名を付ければ、その威力はさらに確実なものとなる。


 無色透明な魔石が巨大化し、テレストクリフを飲み込んでいく。

 ヤツは叫びながら暴れていたが、抜け出すことも出来ずに魔石に身体の半分以上が埋まることとなった。


 それを見届けてから俺もその場を離れると、あっという間に魔石を中心に防御壁が展開された。

 魔石に埋まるテレストクリフ一人が収まる程度の、小さな範囲。だからこそより強固なものとなるだろう。


 やがて、魔石の光が収まった。小さな防御壁の中では、魔石に埋まるテレストクリフがこちらを射殺さんばかりに睨んでいる。

 口元まで埋まっているため、声を発することも出来ないようだ。


「ひとまずは、これで良し、か……?」

「……ああ」


 駆け付けて来たリヒトの声を聞き、大きなため息を吐く。まだ安心は出来ないが、これでしばらくの間、メグの身体を操るテレストクリフが誰かを傷つけずに済むだろう。


「けど、この姿が捕らわれているのを見んのは、あんまり気分良くねーな」

「……」


 それには完全同意だ。だが、あまり答える気にはなれなかった。


 久しぶりに疲れたな。簡単な魔術を使って、ひとまず身体に負った傷を止血していく。肋骨が何本かと、内臓もやられているようだが……今のうちにルドに治療を頼むべきか、少し悩む。


「すぐに治療して来いよ。俺が見張ってるからさ。出来るだけ万全な状態で戻って来てくれないと、俺が困る」


「……ふ、わかった」


 人に思考を読まれるのは微妙な心境だな。だが、リヒトの言う通りだ。ボロボロの状態で再戦は避けたい。

 願わくば、もう戦わずに済むような結果になってもらいたいとは思うのだが。何があるかはわからないからな。


『ギル、さん!』


 先ほど聞こえたメグの声を思い出す。辛そうな声音だった。きっとメグも、無茶をしたのだろう。

 俺も人のことは言えないし、今は無理をする時だ。わかってはいるが……。


「必ず、取り戻す」


 作戦のためとはいえ、身体をテレストクリフに渡したメグ。

 本当なら自分は存在しなかった、自分こそが身体を横取りしたのだと心の奥底で気にしていたな。口に出して言ったことはないが、俺には伝わっていた。


「その身体はメグのものだ。他の誰にも渡さない」


 本当は、今にもテレストクリフを殺してやりたいほど腹立たしい。殺意が漏れ出なかったのは、メグの身体だったからに他ならない。


 自分の物だと? たとえ神でも、許す気はなかった。


「……さっき止血したのにな」


 じわりと怪我をした場所から血が滲むのを感じ、気持ちを落ち着ける。


 大丈夫だ、メグなら。


 俺はいざという時に、メグをこちらに引っ張れるよう、受け止められるよう心を保て。


 そう自分に何度も言い聞かせながら、俺はオルトゥスに向かうべく影に潜った。

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