sideギルナンディオ 中編
ソイツの攻撃は、予告なく繰り出された。
だが、一度それを受けたからか俺もリヒトも難なく避けることが出来る。相手の出方さえわかれば動き方も変えられるというものだ。
ただし、攻撃をまともに食らってはならない。あれは異常だ。俺たちでさえ、一撃で重傷を負うだろう。
それほどの力をメグが内包していたのだと思うと、やりきれなさを感じる。
と同時に、メグだからこそ絶対的に安全な存在でいられたのだと改めて思い知らされた。
アレは、恐ろしいものだ。
わずかでも悪しき考えを持つ者であったら、力の使い方を必ず間違える。
メグだから。どこまでも他人を思いやるメグだからこそ、優しい力でいられたのだろう。
「ギル、名前はわかったか!?」
「いや、まだだ」
防戦しながらリヒトに問われ、簡潔に答える。こればかりはメグを信じるしかない。
そう。作戦の一つに、メグがどうにかしてあの元神の名前を教えてくれる、というものがある。
元神であるソイツが、自ら名前を明かすことはまずない。神が本当の名を知られるということは、相手に全てを明かすのと同義だからだ。
遥か昔に得た知識が事実だったら、の話ではあるが、聞いたとしても素直に教えてもらえないだろうことだけは確かだ。
メグも、本来なら身体を乗っ取られる前に伝えたかったと悔しい思いをしていたな。首にある魔術陣のせいで、情報を洩らせなかったのだから。
それはつまり、首の魔術陣さえなければ伝えられるということでもある。
いつそのタイミングが訪れるかはわからないが、チャンスがあればどんな状況であっても必ず伝える、とメグは自信満々な笑みを浮かべて言っていた。
今、メグの首にあった魔術陣はない。身体の主導権を握ったため、ソイツが魔術陣で縛る必要がなくなったからだろう。
身体に刻まれた忌々しい魔術陣がなくなったことについてだけは、良かったと思える。
あとは、メグがどうにかして俺に伝えてくれるのを待つだけではあるんだが……逆に、それがあるまでメグの安否がわからない。正直、気が気ではなかった。
身体は乗っ取られているし、本当に伝えてもらえるのかも定かではない。
だが、望みは薄いというのにきっとメグならやってくれるという妙な信頼があった。
「それまでに、隙を作る術を考えるぞ」
「っ、わかった!」
ただ待つだけでいるつもりはない。名前を知ったらすぐに封印を施せるよう、どのみちソイツの動きを一瞬でも止める方法を考えねばならないのだから。
「つっても、まるで隙がねぇ! まだ遊んでる感覚だろ、腹立つな!!」
リヒトの言う通り。ソイツには一切の隙がなかった。
その上、力をほとんど使ってはいないだろう。動きを止める、というのも足を止めるという意味では決してない。
なぜなら、ソイツは一歩も動いていないのだから。
動かしているのは右腕のみ。指先を軽く動かして自在に魔術を操っているのだ。
だから俺たちはソイツの腕を、いや……動きを完全に停止させなければならない状況だった。
いや、もしかすると動きを止めたところで意識を刈り取らない限り魔術を繰り出されてしまうかもな。
「攻撃を仕掛けたらどうだ? そうなればさすがに私も、多少は動いてやらないこともないぞ? ああ、そんな余裕もないか」
「うっせっ!!」
絶望的な戦況だ。勝てる見込みが少しもない。
こんなことは生まれて初めてだった。
物心つく頃から戦いに身を投じて来たが、いつだってわずかな勝機は見出していたというのに。
まぁ、弱音を吐くつもりはないが。
「なぁ、ギル。ちょっと疑問なんだけど、神なのに身体が必要なのか? 俺のイメージだと神様ってのは、こう……精神体っていうか、身体がなくても平気そうなんだけど。少なくとも、人と同じ身体である意味はあんのかな」
その疑問は俺も抱いていた。だが、一つだけ確かなことがある。
「それはわからないが、今のソイツには必要なのだろうことは確かだ。……もしかすると、ソイツも身体を守ろうとするんじゃないか」
「そ、れは。わかるけど……わかるけどさぁ」
リヒトが嫌そうに顔を歪める。その顔をしたいのはこちらの方だ。
だが、もはやそんなことを言っている場合ではない。
「俺がやる。お前は注意を引け」
「マジかよ。……くそっ!」
不満を漏らしながらも、リヒトは指示通りに前へ飛び出した。そのまま、攻撃をいなしつつ自分に注意が向くよう立ち回り始める。
理解が早い。それに、覚悟を決めるのも。さすがは、メグと魂を分け合った存在なだけある。
リヒトが動き回っている間に、刀を構えて一つ息を吐く。
確かにソイツの言うように、逃げ回っているだけでは何も変わらない。
ならば、こちらも攻撃しなければ。
あの身体に、メグの身体に向かって攻撃を。
そう思うのに、身体が上手く動いてくれない。
ざまぁないな。何が覚悟だ。こんなにも手が震えているくせに。
『これはね、ギルさんにしか頼めないことなんだけど』
ふと、あの時のメグの真剣な眼差しが脳裏に浮かんだ。
『もし、私が身体を乗っ取られて、暴れるようなことがあったら……ギルさんが私を止めて。殺してでも』
あの目に一切の迷いはなかった。メグだって、死は怖いはずなのに。
本当なら死にたくなどないだろうし、攻撃をされるのはどれほど恐ろしいことか。
『でも、これはやっぱり……ギルさんじゃないと、嫌だから』
死ぬのなら、俺の手で。
メグはそう言った。
「は……死ぬ気で守れよ、その身体。落ちこぼれの、元神よ」
────どうせ俺の全力をもってしても、攻撃は届かないのだろう?
自然と口角が上がる。
よくも俺に、最愛の相手へ刃を向けさせたな?
もう迷いはなかった。
ならば全力で。
これまでに何度も、何度も繰り返してきた渾身の一振り。
音を置き去りにして振った刀からは、影の刃が衝撃となって繰り出され、広がっていく。
この影は刃そのものであり、斬撃の威力を落とさない。標的に、当たるまで。
ソイツがわずかにピクリと表情を動かしたのを、俺は見逃さなかった。だが、ソイツは虫でも払うように片腕を振っただけで影の刃を叩き折る。
折られた影の刃は周囲の光に溶け、ホロホロと消えていった。俺の最大威力の攻撃は、いとも簡単に破られてしまったというわけだ。
「あまりにも脆弱。ああ、腹立たしい。私の世界には不要な物が多すぎる。やはり一粒の命も残さず排除せねば」
ソイツは呆れたように告げたが、俺はこの結果に満足だった。
第一に、メグの身体を傷付けずに済んだ。そして、ソイツもまたメグの身体が必要であり、出来れば傷を作りたくはないであろうことがわかったからだ。
さらにもう一つ。攻撃を防ぐ時、ソイツはついに腕を大きく使った。
指で魔術を行使するだけでは間に合わないということだ。ほんのわずかでも、変化を起こせた。これは大きい。
「リヒト、お前も攻撃しろ!」
「うっ、わ、わかった!」
リヒトもメグの身体に攻撃をするのに抵抗があるようだが、他ならぬ俺が先に見せたことで覚悟を決めたらしい。ようやく剣を取り出して攻撃を仕掛け始めた。
二人で攻撃を始めたことで、ソイツはついに両腕を動かす。
だが、相変わらずまだまだ余裕がある。その場から動くまでにはいたっていないしな。正直、ほんの僅かな変化があったくらいでは勝機を見出せない。
「……飽きてきたな」
「っ!?」
ソイツは、小さなため息を吐くと自分を中心にして広範囲魔術を放出した。
禍々しく黒いその魔術は、雷のような攻撃だった。
アレに触れてはならない。
瞬時にそれを察知した俺は影へ、そしてリヒトは転移をしてその場を離れる。
だが、衝撃は影の中にまでビリビリと響いた。ダメージはないが、あまり長時間は耐えられそうにはない。
この影の中にまで影響を与えるとは……。もはやなんでも有りだな。神という存在は、絶対に人の世に干渉してはならない。
ソイツを、野放しにするわけにはいかない……!
────……っ!
一瞬、脳内にか細い声が聞こえた気がした。誰の声かなど、すぐにわかる。
「メグか……!?」
出来るだけ早く外に出て、あの元神を足止めしなければならないが……今はメグの声に集中だ。
目を閉じ、意識をメグにだけ向ける。
愛しい、俺の唯一の番。
だが、その声はとても弱くて小さい。メグの魂に危険が迫っているとでもいうのかと、心臓が抉られる思いだ。
しかしそれでも、メグが必死に俺に伝えようとしているのだけはわかる。一体、メグの方では何が起きているのか……。
「ああ、忌々しい……!」
ソイツの苛立つような声が耳に入るとともに、撒き散らされていた黒い雷による攻撃の威力が弱まっているのを感じる。
もしかすると、内側でメグが頑張ってくれている、のか……? その上で声を伝えようと?
同時に二つのことをやろうとするなど、欲張りだな。メグのことだ。俺たちが押されているのを知って、何かせずにはいられなくなったのだろう。
メグらしい。そして、情けないことだ。
ならば、ここで逃げているだけではいけないな。こちらからも攻撃を仕掛け、メグがちゃんと声を届けられるようにソイツを弱らせなくては。
俺はすぐに地上に飛び出した。黒い雷をいくつもその身に受けたが、構ってなどいられない。
「リヒト!!」
俺がその名を呼ぶと、数瞬の後にリヒトが近くに転移してくる。
攻撃範囲内に来たことでリヒトもまた攻撃を食らっていたが、この程度でへばるような男ではないよな?
「弱らせる。メグが内側からも攻撃を仕掛けているようだ。このチャンスを逃すな」
「! やるじゃん、メグのやつ。これは兄として負けてらんねー!」
長期戦にするつもりはない。俺たちは再びソイツに向かって駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます