必ず
さぁ、こうしちゃいられない。私の中で何かがフツフツと音を立てているのを感じるから。
私はクロンさんから目を離し、今度はリヒトを真っ直ぐ見つめた。
「リヒト、魔王城の塔の上に転移で連れて行ってもらいたいんだけどいいかな? たぶん、もう時間がないの」
リヒトはすぐに理解してくれたけど、少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「それはいいけど、塔の上でいいのか?」
「うん。魔王城は一番安全でしょ? 働いている人たちも理解が早いだろうし、それに……暴れても、被害は最小限に抑えられる、よね」
人里離れた場所に行ってもいいんだけど、その場所にいる動物や魔物、周辺の街にどんな影響が出るかわからないから。
その点、魔王城は防御壁もあるし高度な魔道具を駆使して被害を出さないようにしてもらえる。
城下町に何か影響が出そうになったら、それこそリヒトたちがすぐに対応してくれるし、城下町の人たちは魔王至上主義だから理解してもらいやすいもん。
身体を乗っ取られたら、それも意味を成さないかもしれないけれど。
「ちゃんと考えてたんだな」
「当たり前でしょ。お願い、時間がないの」
私の中で感じていたフツフツとしたものが、次第に熱を帯びていくのを感じた。何かが込み上がってくるような、押されているような。
たぶん、身体を乗っ取ろうとしているんだよね。私を追い出そうとしているんだ。クリフトテレスが。それを強く感じる。
秒単位で余裕を失っていく私を見て、リヒトはその表情を引き締めた。
「わかった。ギルも一緒でいいな?」
リヒトの問いかけに、ギルさんは力強く頷いた。
すぐに転移するべく私はリヒトの腕を摑み、ギルさんは私の肩を抱き寄せてくれる。
心臓がバクバクと音を立てていた。
今にも溢れてしまいそうな何かを感じて、恐ろしさに足が震えてしまう。呼吸も少しずつ荒くなっていく。まるで発熱した時みたいに。
それを感じ取ってくれたのだろう、ギルさんがさらに力を込めてくれた。絶対に守ると言われているみたいで、とても心強い。
それとほぼ同時にリヒトによる転移の魔術が発動し、私たち三人は瞬きの間に魔王城の塔の上へと移動した。
塔の上に到着するや否や、ビュウと風が吹き付ける。寒く感じるのは真夜中だからだろうか。
こんなに遅い時間まで起きているなんて、家出をした時以来だよ。
「メグ、大丈夫か」
ギルさんの問いかけに、ゆるりと頷いて答える。でも正直、あんまり余裕はない。
ああ、身体が熱い……こんな感覚は初めてだ。熱を出した時は身体が重くて怠くて、頭もぼんやりする。
でも今はそれらの症状はなく、ただ体の内部がひたすら熱くて苦しいのだ。
前に魔力が溢れそうになった時とは比にならない辛さだよ。父様も、歴代の魔王たちもこんな苦しみに耐えていたのかな。
それでも抗って、意識を取られまいと頑張っていたんだ。
私だってそうしたいけど……歴代魔王たちとは違ってこの身体の肉体的耐久力はそこまで高くないんだよね。あんまり長くは保たなそう。
情けないけど、仕方ない。筋肉が付きにくい体質なのが悪い。ああ、筋肉。もっと付けたかった……!
『渡せ……』
「っ!?」
脳内に、これまでで一番大きな声が響く。まるで耳元で囁かれたかのようにリアルで、恐ろしい感覚だった。
でも、負けない。私は脳内で声の主に語り掛ける。
貴方は、クリフトテレス……? ダメだよ。身体を乗っ取っても、神には戻れないよ。戻らせない。私が望んでいないんだから。
『この身体なら、戻れる……ようやく願いが叶うのだ。寄越せ……!!』
その声はとても悲痛で、思わず感情に引っ張られそうになる。
私なんかじゃ想像も出来ないほど長い年月を、たった一つの望みを叶えるためだけに手を尽くしていたんだもんね。並々ならぬ思いがあって当然だった。
だけど、同情してはダメ。揺れてはダメ。
私は、私の望みを叶えたいんだから。ワガママなのはお互い様だ。絶対に、譲れない……!
『寄越せ……! 寄越せぇぇぇぇっ!!』
クリフトテレスの叫び声が脳内で響くと共に、ビリビリとした電撃のような感覚が全身を巡った。今までに感じたことのない衝撃に私は叫び声を上げてしまう。
それと同時に、身体から膨大な魔力が発せられた。衝撃により、近くにいたリヒトとギルさんが数メートルほど引き離されていくのを視界の端で捉える。
あの二人が、だ。それほどの衝撃だったの……?
「っ、メグ!!」
ギルさんの声が聞こえてくる。あの程度でどうにかなるとは思ってなかったけど、無事みたいで安心した。
ごめんなさい、心配させているよね。
でも、思い出してほしい。今やらなければならないことを。
忘れないでほしい。もしもの時の約束を。
『メグ。クリフはこれまでで最大の力を出している。このままでは君の魂が傷付いてしまう……!』
脳内で、今度はレイの焦ったような声が聞こえて来た。
た、魂が傷付く!? それは由々しき事態だ。
『こうなったら、一度彼に身体を渡そう』
「い、一度、身体を、渡す……?」
「っ!?」
無意識に声に出していたみたいだ。それを聞き取ったギルさんとリヒトが驚いたようにこちらを見た。私も驚いてますとも、もちろん。
で、でも、そんなことして大丈夫なの? 本当にこのまま身体を乗っ取られてもいいのかな。取り返すのが難しくないかな? 本当に取り戻せる?
いや、実際もう奪われるのも時間の問題かもしれないけど……。
乗っ取られている間、ギルさんやリヒトは、魔大陸は無事でいられるかな。これまで以上に暴走してしまわないかな。
そうなったら、魔物たちが暴走を始めて……。
そこまで考えてイヤイヤと頭をブンブン横に振った。
嫌だ、嫌だよ。大人たちに大きな心の傷跡を残した戦争が、また始まってしまうのだけは!
でも、耐えられる気がしない。最悪の事態がこんなにもあっさり訪れてしまうなんて。
どうして私はもっと耐えられないのだろう。弱い。無力だ。自分が情けなくて悔しい……!
『信じて。メグ、僕を……そして君の番と、魂を分け合った勇者を。君の仲間たちを。ちゃんと、いざという時のための対策はしてきたんだろう?』
そう、だ。こうなることはわかっていた。遅かれ早かれ私は徐々に意識を乗っ取られただろうし、全てを救う道を探そうって決めたじゃないか。
テレストクリフを説得しようって。それを今の状態で出来るとは思えない。
それなら、レイの言う通り一度身体を渡してしまえば。内側から、レイと一緒に説得出来れば。
ギルさんやリヒト、父様やお父さんたちだけじゃなく、色んな人が対策をたくさん考えてくれていたじゃないか。
私の頼みを、快く聞いてくれた。任せろって言ってくれた。
そんな人たちの心強い笑顔が次々と頭に浮かび、私は深く深呼吸をした。
そうだよ、落ち着いて。大丈夫、きっと大丈夫。
もしこのまま戻れなかったらっていう不安はあるよ。たくさんある。でも信じよう。
ギルさんを、リヒトを、レイを。それから協力してくれたたくさんの人たちを。そして、幼い頃に視た未来の私を。
幸せそうに笑っていたでしょう? 未来の私は。
あれは絶対に「私」だった。身体を乗っ取ったテレストクリフなんかじゃない。そう信じて。
「ギル、さん……! 封印を! 今から、この身体は、乗っ取られる、から!」
「な、にを……」
決意を固めた私は、すぐにギルさんに声をかけた。
ピピィさんが託してくれた封印の魔石を使うのは今だ。
それがどれほど保つかはわからないけど、各地であらゆる被害を抑えるための準備を整える時間くらいは稼げるはずだ。
「これが最善だって、思う。大丈夫……色んな可能性を考えて、作戦を練った、でしょ? 必ず、戻ってくるから……それまで、守ってくれるって、信じてるよ」
数メートル離れていても、ギルさんの目が不安に揺れているのがわかった。
怖いよね。不安だよね。私もだよ!
でも、大丈夫。私たちならきっと! どうか伝わって……!
「信じて!」
「っ、わかった……!」
大きな声で叫ぶと、ギルさんもようやく決意を固めてくれたのがわかった。
私から放たれている膨大な魔力の風の中、ギルさんがジリジリと私に近付いて来てくれる。
いくらギルさんといえど、かなりキツイはずだ。中心にいる私に近付くにつれて、ギルさんの身体や頬に切り傷が付いていく。
それでも迷わず、真っ直ぐに進んで来てくれる。むしろ、そんな傷になんか気付いてもいないかもしれない。
ただひたすら真っ直ぐに、私の方だけを見て向かって来てくれている。愛しい人が、私の下へと。
そうして目の前まで到着したギルさんは、私に手を伸ばした。力に抗うように震えながら伸ばされた手が、私の頬に触れる。
「必ず、守る。絶対に助ける……!」
「……うん。私も、必ずギルさんの下に戻るよ!」
夢の世界で、レイが急いでと呼ぶ声が聞こえてくる。頬に触れたギルさんの手を、私は目を閉じて一度ギュッと握った。
それからすぐに目を開け、断腸の思いでその手を押し返す。
「離れて!」
私の声を合図に、ギルさんは名残惜しむように私から離れていく。
そんなギルさんを胸が張り裂けそうな思いで見届けて、私は肩の力を抜いた。
いいよ、クリフトテレス。少しだけ身体を
でもね、きっとわかるはず。いくらこの身体でも神には戻れないって。
だって、心の奥底で私が拒否しているもの。どんな状況になったとしても、最後まで抗い続けてみせるんだから。
こうして私の、歴代魔王たちの、最後の戦いが始まったのだ。
────────────────
次回から最終章に突入します。
今章が短い分、少しだけ長めです。
最後までどうぞよろしくお願いします!
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