運命共同体
お父さんは自分の執務室にいた。執務室の隣に仮眠スペースがあって、自室はあるもののそこがお父さんの寝室にもなっている。そのベッドに、静かに横たわっていた。
仮眠スペースの入り口からではハッキリとわからないけど……お父さんは静かに眠っているように見える。ただ、この距離でも顔色が悪いのがわかった。
それだけでより三日後という情報の信憑性が増して、ギュッと眉が寄ってしまう。
ベッド脇にはすでにギルさんとシュリエさんが来ていた。あとはケイさんとサウラさん、かな。ニカさんはまだ人間の大陸にいるんだっけ……。
室内に足を踏み入れながらそんなことを考える。近くで見たお父さんの顔は、やっぱり青白かった。
「メグ」
ギルさんは私が一緒に来たことをとても驚いていたけれど、私の顔を見てすぐに納得したように肩の力を抜いた。たぶん、色々と私が知っていることを察したのだろう。多くを語らずに済むのはとてもありがたい。
「お待たせ! 頭領は……!?」
「みんな、集まってる!?」
それから数秒後にケイさんが執務室のドアを開けて入ってくる気配がした。その後ろからサウラさんの声も。
すぐに二人とも仮眠スペースにやってきて、サウラさんはみんなが集まっているのを確認した。私の顔を見て少しだけ驚いた様子だったけれど、特に何も聞かずに受け入れてくれている。感謝の気持ちしかないです。
「頭領を運んでくれたのは誰?」
サウラさんの質問に、シュリエさんがすぐに小さく手を上げる。
「私です。一緒に執務室で打ち合わせをしていたんですが急に身体が傾いて……意識もなかったのでこれは只事ではない、と」
「それを察知した私が、みんなに通達を送ったんだ。ちょうどメグも一緒にいてね」
シュリエさんに続き、ルド医師が簡単に私のことも説明してくれる。みんながそれぞれ頷き、一瞬で状況を把握したようだ。さすがである。
「一度、私が診てみよう。みんなは執務室の方で待っているように」
「わ、わかったわ」
ルド医師がそう告げると、みんな渋々ながら執務室の方へと移動した。まぁ、みんなでベッドを囲んでいても邪魔にしかならないもんね。出来れば側にいたいという気持ちはみんな同じなのだ。
執務室では私とサウラさんがソファに座り、他の人達はそれぞれ思い思いの場所に立っている。みんな共通しているのは、沈んだ顔で黙り込んでいるということ。
何も言えない、よね。事情も聞かないのは、みんながちゃんと理解しているからだ。
「……本当に、その時が近いんだね」
一番最初に口を開いたのはケイさんだった。それだけで何が言いたいのか誰もが察する。
「いよいよ、というところでしょうか」
「頭領に言われて、色んな準備はしていたけれど……さすがにクるものがあるわね」
シュリエさんとサウラさんが沈んだ声で立て続けに告げる。そっか。やっぱり色々と準備は進めていたんだね。なんの、って言ったらそれは……いわゆる終活ってやつだろう。
特にお父さんはオルトゥスの頭領だし、お父さんがいなくなった後のオルトゥスを誰が引き継ぐかって辺りに手続きが必要になってくる。それ以外にも、お父さんが担当していた仕事とか、かなり多いんじゃないかな。
ここ最近のお父さんがずっとオルトゥスで仕事をしていたのは、そういう身辺整理が主だったんじゃないかって思ってる。きっとみんなもそれを知ってはいたんだと思う。
それでも、こうして目の当たりにすると……やっぱり心が追い付かないよね。私だってそうだもん。
再び沈黙が流れる。けど、どうしても言わなきゃいけないことがあるので今度は私が口を開いた。
「あ、あの。ニカさんを。ニカさんをすぐに呼び戻せませんか?」
「ニカを? でも、今は人間の大陸で……え、まさか」
私の言葉を聞いて暫くは不思議そうにこちらを見ていたサウラさんだったけど、すぐに何かを察したようにハッと息を呑んだ。そのまま絶句してこちらを見つめてくるので、私はゆっくりと頷くことで答えた。
お父さんの命は、本当にあと少ししか持たないのだという意味を込めて。
正確な日を伝えることは出来ないけれど、このくらいは許されるよね。現に、特に異常はないから大丈夫だったんだと思う。
「……鉱山のドワーフに精霊で連絡をします。二日もあれば鉱山までは戻って来られると思いますが……」
「あ、じゃあ私、リヒトに頼んでみます!」
リヒトなら、ニカさんを一瞬で鉱山からオルトゥスに連れて来てもらえる。でも今頃はきっと父様も倒れているだろうから……こんな時にお願いをするのはちょっと心苦しい。
でも、どのみちリヒトには来てもらわないといけない。だって私は、最期の瞬間は父様の下にいるって決めているのだから。
「頭領がこうなっているってことは、魔王様も今は……」
「間違いなく同じ状態だと、思います……だからこそ、急がないと」
ケイさんの質問に頷き、言葉を返す。
そう、急がないといけない。ニカさんはオルトゥスの初期メンバーの一人だ。絶対に後悔するもん。そんな思いはさせたくない。
私はすぐに心の中でリヒトに呼び掛けた。テレパシーだとか念話みたいに、正確な内容を伝えることは出来ないけれど、すぐこちらに来てほしいということは伝わるはず。
それに父様が倒れているのなら、こちらの意図もリヒトはわかってくれると思う。
私の読み通り、リヒトはすぐに転移で来てくれた。ただ、気を遣ってかオルトゥスの入り口の前にいるみたいだ。今は受付に向かっているから、迎えに行かないといけないね。
「あの、リヒトが来たみたいなので……ここに連れて来てもいいですか?」
「ええ、お願いするわ。魔王様の様子も教えてもらいたいし」
サウラさんはすぐに許可を出してくれる。私は一つ頷いてすぐに執務室を出た。
パタンと後ろ手にドアを閉めてから、自分の手を見つめた。あはは、小刻みに震えてる。一人になるとやばいね。でも、心を乱されちゃダメだ。
ギュッと拳を握りしめて、受付の方に足を向ける。……リヒトは大丈夫かな。
「リヒト!」
「! メグ」
受付で私の居場所を聞いていたのだろう、リヒトは私の呼ぶ声にすぐ反応して顔を上げた。
そのまま受付担当のお姉さんに軽く頭を下げると、リヒトはすぐにこちらに駆け寄ってくれる。
「もしかして、ユージンさんも……?」
「うん。じゃあやっぱり父様も、なんだね?」
「……ああ。執務室で倒れているのをクロンが見つけた」
きっと、同じタイミングで倒れたのだろうな。二人は魂を分け合っているから。
「今、オルトゥスの重鎮メンバーが集まっているの。リヒトも来てくれる? 頼みたいこともあって……」
「ああ、ニカさんか? 迎えに行きたいんだろ」
「話が早くて助かるよ」
「そりゃあな。いずれこの日が来るってわかってたから、その時のために脳内シミュレーションしてたし。とは言っても……」
リヒトはそこで言葉を切って、黙り込む。全部言わなくてもわかるよ。実際にその時が来たらやっぱり戸惑うよね。誰もが今、同じ感情を抱いているよ。
私はギュッとリヒトの手を握る。リヒトはハッとなって顔を上げた。
「行こう?」
「……おう」
そのままリヒトの手を引いて、お父さんの執務室へと向かう。お互いの手が冷たくて震えていることには気付いていたけれど、どちらも何も言わなかった。
執務室へ戻ると、すでにルド医師が診察を終えてみんなと一緒に待っていた。
リヒトは確認を取って仮眠スペースの入り口からお父さんを見ると、すぐに戻ってくる。魔王様と同じだ、と呟いたそのひと言はみんなの耳に届いたようだった。
「……とりあえず、診察の結果を伝えようか」
そんなどんよりとした空気の中、ルド医師が穏やかな声で切り出した。こういう時のルド医師の声はみんなを落ち着かせてくれるよね。
「とはいっても、大体は察しているだろうけど。概ね予想通りだよ。頭領の魔力は今ほとんど残っていない。そのため、一気に身体に負担がかかって倒れたんだろう」
思っていた通りのことを告げられ、全員がわかってはいたもののさらに表情を暗くする。
魔族や亜人は、魔力がかなり健康に影響を与える。元々の魔力が多い個体はその分長生きすると言われているけれど、少ないからといって寿命が短いかと言われるとそれは違ったりするんだけどね。
ある一定以上の魔力量を超えると寿命が長くなるっていうくらい。
だから、私たちエルフやハイエルフ、希少種の亜人は長寿だって言われているのだ。
元々あった魔力総量が減るというのが、この大陸での老いだ。使い過ぎでの魔力枯渇は回復すれば体調不良も戻るけど、総量が減っていくと回復も出来ない。
つまり、健康に直結している魔力が無くなれば、それが寿命。この世を去ることになる、というわけ。
「寿命だよ。頭領も魔王も、天寿を全うするんだ」
ルド医師は、誰よりも優しい眼差しで微笑んだ。
そ、っか。そうだよね。天寿を全うするんだ。事故や病気、戦で亡くなるんじゃなくて、しっかり生きて、その人生を終えるってことなんだ。
それってすごいことだよね? 私だって自分の最期は寿命で終えたいって思うもん。
送り出す、という姿勢がいいのかもしれない。会えなくなるのはとても悲しいけれど、ちゃんと送り出さなきゃいけないと思える。
「ルド、それはいつなの? いつまで……」
サウラさんが聞きたいのは、いつ亡くなるのかってことだよね。ルド医師はそうだな、と言いながら顎に手を当てる。
「三日か、四日というところかな」
「そんなに、すぐなの……?」
「そうだね。頭領の場合、身体は人間だ。とっくに限界を超えているはずの肉体を全て魔力で支えていた、ということなんだよ。つまり、魔力が枯渇した瞬間に……もう身体が耐えられなくなる」
ルド医師の冷静な言葉だけが響き、他のみんなが絶句する。でも私だけが知っていた情報をルド医師の見立てで共有してもらえて、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「だから、魔王様も急に倒れたんすね……」
「ああ、そうだろうね。頭領と魔王は運命共同体だから」
「理由がわかって安心しました。いや、安心は出来ないんすけど……」
リヒトの質問に、ルド医師が頷きながら答えた。
龍の亜人である父様は本当なら魔力がなくなってもしばらくは生きていられる。というか、亜人や魔族は少しずつ弱っていくのだそうだ。こうして急に体調を崩したのはお父さんの身体が人間だからってことだね。
それがわかっていなかったから、クロンさんは急に父様が倒れたことでかなり気が動転したらしい。だからリヒトも焦ってたんだね。
「話はわかりました。まず、一度魔王城に戻ってこのことを伝えてきます。その後、ニカさんを迎えに行ってここに戻って来るんで。たぶん二日後くらいになります」
「ああ、助かるよ。魔王城も慌ただしくなっているだろうに、こんな時に来てもらって悪かったね」
「いえ。こんな時だからこそ、動くんですよ」
リヒトはルド医師と軽く話をすると、今度はその場から転移をして姿を消した。
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