苦み
目を覚ますと、どこか心がスッキリとしているのを感じた。たぶん、やっと私のやるべきことが明確になったからだと思う。
乗っ取られるのを阻止するのに、ひたすら耐えるしかないって思ってた。でも、それがいつまで続くのか、本当に終わりが来るのかって……すごく不安だったんだよね。
でも、今回はレイがその不安に明確な答えを出してくれたのだ。自分のがテレストクリフと話をするまでの間、耐えてほしいって。
レイは私が彼らの存在に気付いたことをとても喜んでいた。希望だって。その理由がちょっとわかった気がする。
つまり、レイが直接テレストクリフと会話をするためには、次期魔王に存在を認知してもらう必要があったんじゃないかな。どんな理屈かはわからないけど。
そして今回、私が気付いた。だから希望を見出したんだ。
全部が推測でしかないんだけどね。でもこういう時の勘は当たるから、そういうことなんだと思う。
「ちゃんと話を聞いてくれるといいけど……」
問題はそこだ。愛する人の言葉なら耳を貸すとは思うけど……同意してもらえるのかなって。
ほら、私の祖父でもあるシェルさんを思い出せばわかるでしょ。彼はなんとなくシェルさんとタイプが似ている気がするんだよね。ただの勘だけど。
で、シェルさんはとっても頑固だから、素直に話を聞き入れない。耳は貸しても、結局は自分の目的を諦めないタイプだ。
テレストクリフにも同じような匂いを感じるというか、そんな気がするのだ。その予想は外れていてほしいところではある。
「……愛した人と一緒にいたくて、長い間ずーっともがき続けているのかな」
そう思うとやっぱり胸が痛む。同情もしてしまう。わかってるよ、だからって身体を渡す気なんてない。
私だって、大好きな人とずっと一緒にいたいもん。その気持ちがわかるからこそ、こっちだって譲れない。でもそうなると、一つだけ疑問が残る。
レイの望みは何なのだろう? 人を愛しているから、きっとこの世界の平和を望んでくれているとは思うんだけど、そうじゃなくて。レイ自身に望みはないのかな?
今度会えた時には聞いてみたいけれど、なんとなくはぐらかされる気もする。でも、レイが望んだ結末が彼自身にとっても幸せであることを願わずにはいられなかった。
「ああ、メグ。もう起きたんだね」
ベッドから下りてルド医師の下へ向かうと、少し驚いたように言われてしまった。あれ? 結構たくさん寝たような気がしたんだけど。
そう思って聞いてみると、ほんの三十分ほどしか経ってないことを知った。わ、本当にちょっとだった!
「もういいのかい?」
「はい! ちょっとの時間だったけど、なんだかすごくスッキリしたので大丈夫です!」
「ふむ。……うん、確かに随分と顔色が良くなってるね。良い睡眠が取れたみたいだ」
ルド医師が私の顔をジッと見た後、フワリと笑ってそう言った。そして、せっかくだから一緒にコーヒーでもどうだい? とお誘いしてくれる。おぉ、それは嬉しい。
「でも、お仕事の邪魔に……」
「ならないよ。言うと思ったけれどね。正直、私はこういう機会でもない限り休憩を取り忘れるからちょうどいいんだ」
「それはダメですね! なら、一緒に休憩しましょう!」
「はは、そうしよう」
ルド医師は朗らかに笑いつつ席を立ち、コーヒーを淹れに行ってくれた。
ただ座って待っているのもなんなので、カップを用意するのをちょこっとお手伝い。それと、前に街で買った美味しいチョコを出しちゃう。ルド医師にはいつもお世話になっているからおすそ分けである。
「いいのかな? ここのお菓子はなかなか手に入らないとメアリーラが言っていたけれど」
「良く知ってますね! でもいいんです。お菓子は大事にとっておくものじゃなくて、食べるものなので。それにルド医師にはいつもお世話になってますから」
「そうかい? なら、みんなに睨まれるのも嫌だから内緒でいただくことにしようかな」
ルド医師との会話はすごく心地好い。穏やかで、すごく安心出来るから。内容もいつだって平和で、まるでぽかぽかとした陽だまりの中にいるみたい。
カップを両手で持ち、淹れてもらったコーヒーをジッと眺める。真っ黒な水面には、眉間にシワを寄せた私の顔が映っている。
……実は、ブラックコーヒーを飲むのは初めてだったりして。前世では美味しく飲んでいたと思うんだけど、今はなんだかあの苦さに耐えられるかちょっと自信がない。
そんな私の心情を察知したのか、ルド医師がクスクス笑いながら砂糖とミルクのポットを差し出してくれる。
「無理してブラックを飲むことはないんだよ?」
「そ、それはわかっているんですけど、一口くらいは試してみようかなって。お、大人になりましたし!」
「ふふっ、ではいいことを教えてあげよう。すでに大人のメアリーラは、今のメグと同じようなことを毎回言っているよ。そしていつも、一口飲んだ後にすぐ砂糖をドバドバ入れるんだ。今回は大丈夫な気がするっていつも言うんだよ」
「あははっ、でも今回は大丈夫かもって気持ち、ちょっとわかります」
メアリーラさんへの仲間意識がグッと強まった。でも毎回試すだなんて、メアリーラさんかわいい。気持ちはわかるから私も同じことをする気がしないでもないけど。
とにかく、味覚が変わっている自覚はあるもののせっかくなのでブラックで一口飲んでみよう。コーヒーの香りは大好きだから、いけるかもしれないし……。
「い、いただきます……!」
意を決して黒い液体をそっと口に含む。その瞬間、コーヒーの香ばしい香りが鼻に抜けていき、苦みとちょっとの酸味が口内に広がった。
「~~~っ! お、お砂糖とミルク入れますぅ!!」
「あははは! 期待を裏切らない反応だ」
私が涙目になっているのを見て、ルド医師が声を上げて笑った。なんか、珍しい姿を見た。状況が状況だけに微妙な気持ち……。いいの、私は大人になってもみんなに笑いを提供するエルフ……。
そうして和やかなコーヒータイムを過ごしていると、急に、そう。本当に突然ルド医師の顔色がサッと変わった。
ルド医師はオルトゥス中に透明な魔力の糸を張り巡らせている。その糸を感知することは難しく、みんな知らない間にその糸に触れていることになる、ある意味最強な能力だ。
だからたまにこうして急に反応を示すことがあるんだよね。何か異変が起きたとか、急患がいたとかで。
「何かありましたか?」
「あ、ああ。ちょっと急用が出来たみたいだ」
だけど、ここまで動揺したのは見たことがないかも。普段はどれほどの急患がいても、冷静にテキパキ準備をして医務室を出て行くから。
私もそういう時はルド医師を引き留めたりはせず、そのまま見送るんだけど……その余裕のなさでピンときた。ピンと来てしまったのだ。
「……お父さんに、何かあったんですね」
「っ! ……わかるのかい?」
やっぱり。驚いた顔でこちらを振り向くルド医師に、私は曖昧に苦笑を浮かべることしか出来ない。
だって、神様からの口止めをされていなかったとしてもこんなこと言えないよ。
お父さんの寿命があと三日しかない、だなんて。
「私もついて行っていいですか? あ、邪魔になるなら……」
「いや、来てくれると嬉しい。きっと頭領だって私みたいな地味な男だけより、かわいい娘がいた方が喜ぶ」
ルド医師も冗談めかしてフッと笑う。ああ、やっぱり色々と察しているんだな。
きっと、重鎮メンバーは一斉に集まるんじゃないかな。ルド医師が全員に通達している、そんな気がした。
「じゃあ行こうか」
「はい」
私があまりにも冷静だからかな、ルド医師からは戸惑ったような雰囲気が伝わってくる。だけど、それもあってルド医師にもいつも通りの冷静さが戻っている気がした。
別に、私も冷静ってわけじゃない。油断すると泣きそうだし、心臓は痛いほどズキズキしてる。レイに言われて知ってはいたけど、実感があったわけじゃないから。
でもきっと、お父さんの顔を見たら嫌でも実感するんだと思う。数日前の元気な姿ではないんだろうなって思うから。
笑顔でいたい。悲しい顔を、きっとお父さんは望まないもん。
コーヒーの苦みのように、なかなか消えそうにないモヤモヤを胸に、私はルド医師の後に続いて医務室を出た。
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